第85話 そうだ、風雲タケちゃんランドに行こう⑪

「…………」


 緑川に謝って、それで仲直りという計画プランを描いていた青木が、唐突なツッコミに反応を返せないで固まる中、赤川が周囲を見回しておどけたように言う。


「しっかし、大勢居過ぎて……誰が敵で、誰が味方か分かんねーな、オイ」


 確かに。


 青木たちの周りは百人以上の人数が入り乱れての大乱戦の真っ最中だ。赤川が戸惑うのも無理はない。そんな中を青木は真っ直ぐ前を向き、緑川の方へと視線を向ける。何かを決意した表情だ。


「とりあえず、近くに行って、もう一回謝ってくる。誠意が足りなかったのかもしれん……!」


「いや、違うから。それはもういいから」


 どうやら、謝罪のやり直しを考えていたようだ。不用意に戦場に突っ込んで行こうとする青木の肩を掴んで止め、そこで赤川は改めて気が付いたように目付きを鋭くする。


「……っていうか、ヤベーのいるじゃん。見た事あるぞ、アレ」


 赤川の視線の先には歩く人体模型のようなモンスターたちの姿がある。


 それは既に青木も気が付いていたことだ。同意するように頷く。


「モンスターランクA級、モンスター脅威度は……不明だったか。確か、モンスターの名前は……」


「――ドッペルゲンガーだ、青木。ほら、俺が無理言って巨乳アイドルに【変身シェイプチェンジ】させた奴」


「あぁ、あれか。携帯の画像が粗過ぎて残念な結果になった奴な……」


 青木たちは動く人体模型たちの正体を知っていた。


 それは日本探索者協会が毎週のように更新しているモンスター情報の全てを把握していたからではない。


 彼らは件のモンスターに実際に会っており、尚且つ、実際に触れ合ったりしていたが為にその存在をちゃんと記憶していたのである。


「しかし、そう考えるとスゲーなモンスター動物園……」


「ただの面白おかしい施設だと思っていたが、実益があるとは……」


 そう、彼らは初日に入ったモンスター動物園でモンスターと触れ合える触れ合いコーナーでドッペルゲンガーと触れあっていたのだ。


 その為、ドッペルゲンガーの情報や特徴等をしっかりと覚えていたのである。恐るべきは、風雲タケちゃんランドのモンスター動物園である!


「変わりたい相手に変化して、変化した相手を殺して成り代わるんだったか」


「更には吸血鬼みたいに血を相手に送り込んで、ドッペルゲンガーを増やす習性もあると書いてあったな。放っておけば気付かぬ内に全てがドッペルゲンガーに入れ替わっているとも、説明ボードに記載されていた」

 

「そうか……。という事は、これだけの人たちが……」


 ドッペルゲンガーは全部で四十人以上はいるだろうか。それだけの人数がドッペルゲンガーに取って代わられてしまっていたということになる。心の奥底がぎゅっと締め付けられた気分となり、それと共にどうしようもなく熱い気持ちが心の奥底から沸々と湧いてくる。青木と赤川は取って代わられた人々の冥福を祈ると共に、それをいとも容易く行ったモンスターに対して強い怒りを覚えていたのであった。


「許せないな……」


「あぁ」


 取って代わられてしまった彼らもダンジョンを潜るにあたって、そういう覚悟はしてきたことだろう。


 だが、死後に到ってまでモンスターによってその名誉が貶められるのはあまりに不憫である。


 それは、まさに死者への冒涜であり、このドッペルゲンガーというモンスターがA級というモンスターランクを付けられる理由でもあった。


 体の内より迸る自然な怒りに身を任せ、青木は肩に担いでいた長大な剣を自然と構える。それは剣というよりも角材に近く、より正確に言うならば五角柱とも呼ぶべき代物であった。当然のように切っ先は無く、その代わりに剣の芯とも言うべき中央部に丸い穴が開いている。普通であれば、それは剣の強度を落とす事に繋がるのであろうが、それを補う程には太い。斬るというよりは、ぶっ叩くのに適した武器なのかもしれない。


「俺が奥の奴をやる。……あれが一番強そうだ」


「大丈夫か? ランクAだぜ? モンスター脅威度はまだ決まってないっぽいけど……」


「モンスターランクA級というのは、ダンジョンマスター視点によるものだとモンスター動物園に書いてあっただろ?」


「コストが高い程、強いモンスターだとも書いてあったな」


「強いにも様々なものがある。そして、ドッペルゲンガーは直接的に強いタイプじゃない。特殊系だ」


 ダンジョンマスターのみに明かされるモンスターランクは、モンスターの直接的な強さというよりも、その稀少性や特殊能力による格付けに近い。例えば、存在定義猫シュレディンガーのミケなどは、その特殊能力、存在定義の書き換えだけでSSS級ランクのモンスターに定義されている。だが、実際の戦闘能力肉弾戦は然程でもなかったりする。


 そういう意味で言えば、確かにドッペルゲンガーも直接的に戦闘能力が高いタイプでは無いだろう。厄介なのは隠密性と増産性に優れているという能力であって、言うなればゴキブリのような強さなのだ。それは、決してチーターやライオンのような強さではない。


「なら、俺でも対処は出来るはず」


「スゲー自信……。なら、青木に任せるわ。俺は周囲のドッペルゲンガーを倒す……いつまでも死んだ人間を冒涜させてるわけにはいかないからよ」


 赤川が腰に佩いていた剣を抜く。すかさず、その動きに対応したのは敵意を剥き出しにしたドッペルゲンガーたちだ。新宿狩りの面々はどちらに付くべきなのか迷っている節がある。出足は鈍い。


 そして、赤川はぽんっと青木の肩を叩くなり、ドッペルゲンガーたちが多く屯している場所に向かって走り出す。


 どうやら、しっかりやれよ、という赤川なりの激励らしい。その不器用な励ましに薄く笑みを零しながら青木は進む。


 一方の赤川は、早速の大乱戦だ。


 大勢のドッペルゲンガーたちに取り囲まれぬよう、素早く移動を繰り返しながら伸びてくる相手の腕の腱を切ったり、指先を落としたりと、徹底的に相手に踏み込まぬよう、踏み込まれぬようにと立ち回っていく。


 だが、流石に多勢に無勢か。


 ドッペルゲンガーに致命傷を与えられずにいたのも災いして、やがて赤川は壁際に追い詰められていた。


「赤川君!」


 それを助けようと、風間たちが動こうとするが、まだ新宿狩りに拘っている連中がいるのか、風間たちの前に立ち塞がる人間がいる。それの対処に戸惑って風間たちの足が止まる。


「なんていうのかねぇ……」


 二週間前の赤川であったのであれば、この状況――恐怖に足が竦み、ろくに動けぬままにドッペルゲンガーたちに群がられて終わっていた事だろう。


 だが、赤川は自分でも驚く程に落ち着いていた。


「手数ならデスツリーの方が多かったし、引き出しなら小鈴ちゃんの方がとんでもなく多かった。そして、餞別に第一席と立ち合った経験から言うと……」


 身の毛もよだつような恐怖感に、心臓が止まりかねない圧迫感。あれを感じた後では、この程度の危機など危機には入らないだろう。赤川は周囲に向かって腕を振り回すようにして広げると――。


「ヌルいんだよねぇ……――破ぁッ!」


 赤川の気合が周囲に伝播し、不可視の力が放射状に飛んだかと思うと、集っていたドッペルゲンガーが一気に吹き飛ぶ。その瞬間に赤川は吹き飛んだ、あるいは動きを止めたドッペルゲンガーの急所に向かって、剣を鋭く突き込んでいた。三振りで三殺――。一転して攻勢に出た赤川に向かって、ドッペルゲンガーはその肉と骨だらけの手を伸ばすが、その腕がすぐに輪切りになって地に落ちる。先程とは質の違う動きにドッペルゲンガーが目を見張る中、赤川の蹴りがドッペルゲンガーの腹を打ち、更には不可視の力が腹の内部で破裂し、ドッペルゲンガーを腹の内部から破壊する。


 茶色く濁った色をした贓物が派手に飛び散る中で、赤川は側面から噛みついてこようとしてきたドッペルゲンガーの攻撃をくるりと回転することで躱しながら、剥き出しになっている頸椎に向けて、持っている剣の柄を思い切り叩き付けていた。その一撃を受けたドッペルゲンガーは一瞬で白目を剥き、地面へと突っ込むダイブする


「見た目はキモいが、良く考えてみりゃ弱点が丸出しなわけだから、そこを狙えば良いんだよな」


 正面から掛かってきた三体のドッペルゲンガーを素早く切り伏せながら、赤川は更に不可視の力で二体のドッペルゲンガーを吹き飛ばす。追い詰められたように見えて、全く追い詰められていない。それが、赤川が二週間の訓練の中で磨いてきたものであると気付いた時には、赤川の足元には十数体のドッペルゲンガーの死体が転がっていた。


「ははは……、強くなってるじゃん、俺」


 そう言って赤川は剣を構えると、次なる獲物を求めて辺りを睥睨するのであった。


 ★


「青木! 浦部さんが……! 浦部さんが……!」


 浦部だったモノを目の前にした青木に縋り付くようにして駆け寄る緑川を抱き留めながら、青木はその緑川の頭を軽くポンポンと撫でると、緑川を庇うようにしてその男の目の前に立つ。


 外皮の所々は既に剥げ落ち、筋肉と骨のみで構成された肉体が否が応にも無い不気味さを漂わせるが、その骨格や筋肉の付き具合は確かに、青木の知る浦部の面影があった。


 湧き上がる怒りを静かに抑えながら、青木は切っ先のない大剣をドッペルゲンガーに向かって突き付ける。


「お前が浦部さんを殺したのか?」


「だとしたら、どうする?」


「正義感を振り翳すつもりはないが、お前たちドッペルゲンガーは人間とは相容れない存在だ。……当然、滅ぼす」


「ほう、我々の種族を知るとは……それに、そこまで有名という事は我々意外にも地上で暴れた仲間がいたようだな。良き哉良き哉」


「そんなものはいない。俺がドッペルゲンガーを見たのは動物園だったからな。……お前たちは客寄せパンダのように見世物にされて晒されていたよ。人間の娯楽の対象さ。良かったな」


 青木の告げた言葉は真実だ。


 だが、それは確実に浦部のドッペルゲンガーの心証を悪くし、その怒りを強くする。


「我々が見世物に? 馬鹿も休み休み言えよ、小僧」


「安心しろ、ドッペルゲンガーはそれだけ弱いってことさ。生存競争に敗れて、滅べよ化け物モンスター


「ククク……。――馬鹿がっ!」


 浦部もどきが一瞬で表情を般若のように変えて襲い掛かってくる。


 不意打ちにも近しい一撃であったが、青木はその一撃を大剣を器用に操って苦も無く弾く。


 そのあまりにあっさりとした捌き方に疑念を覚えたのか、一瞬だけ目を見開いた浦部もどきは今度は軽くステップを踏み始める。その足運びに、緑川は見覚えがあった。


「あれは、風間さんのステップ!?」


「ククク、俺たちはドッペルゲンガーだぜ? このぐらいの模倣、簡単なものさ」


 素早いステップワークで青木の間合いを崩そうと、近付いたり、遠のいたりを繰り返すが、青木はまるで大樹のようにどっしりと構え、微動だにしない。いや、それどころか、大剣を構えるのに疲れたのか、その大剣の先端部分を地面へと下してしまったではないか。これは好機とばかりに不用意に近付いた浦部もどきだったが――……。


 背筋も凍るような轟音で振り上げられた大剣が浦部もどきの胸筋を引き裂く。


「グゲッ⁉」


 蛙の潰れたような悲鳴を残して、浦部もどきは慌てて後退。


 地面には濁った茶色の血がぼたぼたと垂れ落ち、青木は長大な大剣を流麗に操って、再度構える。あれだけの筋力があるのであれば、剣を地面に着けて休んでいるフリをしていたのもわざとだと分かることだろう。


「て……、テメェ、わざと剣先を地面に……」


「こんなのに引っ掛かる方がどうかしてる」


 心の中で、小鈴ちゃんには全く通じなかったしな、と思いながら、青木はまるでバトンでも回すように軽やかに大剣を振り回しつつ、浦部もどきとの距離を詰めていく。


 だが、それを見て引き下がる浦部もどきではない。浦部もどきの全身が鋼を思わせる鉄色へと変色していき、素早く振り下ろした青木の一撃を、甲高い金属音を響かせて耐えたのである。


「浦部さんの【金剛力】か!」


「正解」


 ニタリと笑みを浮かべる浦部もどきは、反動で体が泳ぐ青木との間合いを詰めようとして、その眼前に青木の片手が翳されていることを知る。


「何のつもり――」


 だが、浦部もどきの言葉が完成するよりも早く、青木の掌から蒼い閃光が放たれる。それは質量を持って浦部もどきに迫り、彼の頭を弾き飛ばした。至近距離で拳銃でも撃たれればそうなるだろうか。浦部の首が胴体から伸びきり、上体が大きく反らされる。だが、それでも浦部もどきは死なない。額を赤熱化しつつも上体を戻し、青木に掴み掛かろうとするも体に三度衝撃が走り、結局後退せざるを得なかった。


 蒼い閃光の三連射。


 それは、あざみとの張り合いの中で紐だの、蛇だのと呼ばれたのと同じ蒼龍炎だ。どうやら細部に拘らなければ、それなりに使えるようにはなるようである。

 

 そして、無敵と思われた【金剛力】のスキルにも意外な弱点があることに、浦部もどきは気付き始めていた。


(強くなるし、硬くなるが、重くなって遅くなるせいか、このスキルは飛び道具に滅法弱い……)


 思えば、緑川のこやし玉を避けれなかったのもそうだ。なまじ攻撃力と防御力に目がいくだけに忘れがちだが、このスキルはあくまで接近戦で真価を発揮する。常に使っていても良いが、弱点があることは認識すべきであろう。


「ちぃ……」


 更に追撃とばかりに【蒼龍炎・未完成】が襲い掛かってくるのを、無様に後方に転がりながら避ける浦部もどき。情けない姿だが、走って逃げるよりもこちらの方が早いのだから仕方がない。


 だが、そうして時間を稼いだかいはあったようだ。


「ふぅぅぅ~~~……」


 骨と肉だけだった体に血管が浮き出て皮膚が貼り付き、毛が生えていく。それは、あたかも映像を逆再生しているかのような、どことなくユーモラスな光景であった。


 だが、その逆再生が終わった時には、その穏やかな気持ちもささくれだっていたことだろう。


「なかなか良い体じゃないか……!」


 そこには、青木の目の前で青木そっくりの体と声を持つ男がいたのだ。目の前で自分そっくりの男が自分のように振る舞う――これ程不快なものもないだろう。それが、更に悪意を持っているのなら尚更だ。


「なるほど、【白雷】に【蒼炎】ね。良いスキルを持っているな。どれ、試してみるか……」


 青木の手に白いいかずちがバリリと走った瞬間に、青木は自分の身体に雷を纏わせるイメージを固める。瞬間的な雷の武装が青木の内部で起動し、彼の周囲を稲妻が駆け巡る。


「【白雷】――」


「【神鳴速しんめいそく】――」


 青木の体が人間の限界を超えた速度で動く。その青木の残像を穿つのは白色の雷だ。不規則に走った雷は近くの地面を穿ち、轟音と共に近くにいた新宿狩りの人間を吹き飛ばす。吹き飛んだ人間は細かな痙攣をしながら、受け身も取れずに地面へと叩き付けられたのを見るに、破壊力だけでなく感電もするのだろう。


 それを素早く避けた青木の力も特筆すべきものだ。


 バリバリと全身から細かな稲妻を放ちながら、凡そ人間とは思えない機動で青木もどきの横手に回ると、その巨大な剣を思い切り叩き付ける。だが――。


「硬い――!」


「誰もこの状態で【金剛力】が使えないとは言ってないんだよなぁ……!」


 重い手応えに金属同士が打ち合わされるような音が響き、青木の一撃は青木もどきの左腕を多少傷付けただけに留まった。そして、恐ろしいことに青木もどきは――……。


「こうか? 【神鳴速】……!」


 青木が使った技をそのまま模倣してみせる。全身からパリパリと白い電流が弾け飛び、青木もどきは自分の感覚がより全身に行き渡るのを感じた。


「なるほど、【白雷】の力を応用しているのか。全身に電気信号を増幅、あるいはショートカットする為の中継装置を仕込んでいるからこそ出来る運動能力の高速化。だから、雷すらも避けられる……!」


 青木が【神鳴速】と名付けた技は正確にはスキルではない。スキルの【白雷】を応用して生み出した青木の独自オリジナル技術だ。それは、人体の各所に電気信号の中継装置を設置することによって、脳からの電気信号ではなく、その中継装置からの電気信号で人体を動かしてしまおうという試みであった。その中継装置の役割を【白雷】スキルに実施してもらい、青木はスキルにイメージを注ぎ込むだけで即座に体の全部位を同時加速出来るというとんでもない技術であったのである。


 言うなれば、人体の構造の最適化とでも言おうか。


 しかし、それだけ強力な技術であるだけに、当然のように危険リスクが存在する。


「くっ……!」


 人間の出せる速度を越えた動きを行うのである。当然のように、肉体に掛かる負荷が大きく、自身の体にダメージを負う諸刃の剣であったのだ。青木が片膝を付いて【神鳴速】を解除する中で、青木もどきは笑いを堪えられぬとばかりに口角を吊り上げる。


「おいおいおい、参ったなぁ! この【神鳴速】って技術は【金剛力】のスキルと相性が良すぎるぞ!」


 肉体の頑健化は出来るものの、動きが遅くなるのがネックだった【金剛力】。逆に、動きは早くなるものの肉体に掛かる負荷が尋常じゃない【神鳴速】。その二つを同時に使ったらどうか。それは、即ち互いの弱点を打ち消し合い、恐ろしいまでの相乗効果シナジーを得ることが出来るのである。


「ははは、悪いな、新宿ダンジョンの英雄! 俺の為に良い技術を開発してくれてよぉ! ひゃははは!」


 喧しい笑い声を残しながら、全身に雷を纏った青木もどきが駆ける。


 その動きは、青木に比べれば格段に遅かったものの、【金剛力】を使っているとは思えない程に早い。一足飛びで青木の懐に入ると、左手を鷹の爪のように開いた状態で青木の顔面を狙って突きを放つ。


「絶対無敵の【金剛力】と、超速度の【神鳴速】が合わさった俺はよぉ――」


 それを大剣を使って払う青木。金属同士がぶつかった不協和音が響く中で、青木もどきは腰を捻って今度は右の拳を青木の腹部目掛けて突き入れる。鷹爪が丁度目晦ましとなって、その攻撃の初動が見えなかった青木は、対応に遅れるものの何とか大剣の柄を使って、その拳を打ち落とす。


「――無敵よ! 無敵!」


 【金剛力】の厄介なところはカウンターで一撃を決めても相手が怯まないことだろう。青木の視線が上に集中したところを狙って、青木もどきは右足を大きく前に出して、青木の足を踏み抜こうとしてくる。それをつい、と足を横に移動させて透かさせる青木。だが、青木もどきは気にした素振りも見せずに――。


「無敵の俺に勝てるわけがねぇんだよ! 英雄よ、地に落ちやがれ!」


 ――右拳を上方へと向け、右肘を前に。踏み出した足の勢いを利用するようにして、青木もどきは体全体を使って頂心肘を放つ。二度の回避を強要された青木には、それを回避するだけの余裕は無く、その頂心肘は青木の胸を深々と貫く――……はずだった。


「何ぃ!?」


 超至近距離で青木は大剣を振るい、その刃を青木もどきの腕の外側に引っ掛けて


 交差するように立ち位置を入れ替えた青木と青木もどき。


 恐らく、二週間前の青木であったのであれば死んでいたであろう状況。


 だが、この二週間で覚えた事はしっかりと青木の中で花を咲かせ、実を付けていたのである。いや、寝る時や食事時でさえも修行という環境に身を置いていたのだ。これぐらい出来て当然なのかもしれない。


「ふざけるな! 俺は無敵だぞ!」


 振り向き様に放たれた青木もどきの上段回し蹴りを大剣で受け流す。


 デスツリーに間断なく襲われていた時の方が、攻撃密度は高かった。青木は丁寧に青木もどきの攻撃を捌いていく。


「無敵の俺の攻撃を防ぐんじゃねぇ!」


 黒岩に教わった攻撃の捌き方、躱し方、流し方、全てが目から鱗の話であった。ただ攻撃を防げば良いというものではない。相手の攻撃を受けている時には、既に次の攻撃を予想してあらかじめ優位になる位置取りや、捌き方を選択しておくべきだと聞いた時には鳥肌ものであった。


 それを拙いながらも実行していく。


「遅いのか! 俺の攻撃が遅いのか! なら、これでどうだ!」


 青木もどきが【金剛力】を解除して、【神鳴速】のみに切り替えて青木に打ち掛かってくる。一気に攻撃密度が増し、その攻撃の姿を捉えるのさえ難しくなってくる中で、青木は薄い気配を頼りに全てを大剣で弾き返していく。


「ば、馬鹿な! 見えているというのか! 雷すら躱す速度の攻撃が見えているとでも!」


 見えてはいない。


 ただ、攻撃の気配を感じ取って対応しているだけだ。


 それに、気配を掴むのはルーシーとの特訓で大分得意になっていた。今なら目を瞑っていたって、青木もどきの攻撃を捌く自信が青木にはあった。


「認めん! 認めんぞ! 俺は最強なんだ! なのに――何故当たらん!」


「俺たちもそう言った時があったな。小鈴あの人が言うには工夫が足りないんだそうだ」


 青木もどきが高速で迫ってくるのに合わせて、青木は大剣で石畳を割り切りながら思い切り振り上げる。次の瞬間には割れた石畳の破片が、青木もどきの体に無数に穴を穿つ。


「うげぇ……」


「早いってことは、それだけカウンターを食らった場合の威力も増すってことだ。そして、この程度の攻撃は工夫の内に入らないようだから、軽く対処しなきゃ駄目だぞ」


「ふざ……、ふざける……、くそう……、【金剛力】……」


「――破ッ!」


 青木もどきが【金剛力】を使って防御を固める中で青木は不可視の力を使って、青木もどきを空中へと打ち上げる。突然のことに驚く青木もどきだが、空中に浮きあがってしまっては足の踏ん張りも効かず、何らかの行動を起こすことも出来ない。


 そんな青木もどきに向かって、青木は大剣を両手で支え持つと、その剣身に添わせるようにして自分の頭を近付ける。思い起こすのは、あざみと張り合うようにして行っていた蝋燭の炎を自在に操る訓練だ。あれは別に蝋燭の炎でなくても……それこそスキルを対象にしても……しっかりとしたイメージがあれば、とんでもないものが生み出せるのは実証済みだ。むしろ、一からイメージするよりもスキルがあった方がイメージしやすいという利点もある。


 そして、その集大成として青木が、今、新たな技を生み出す。


「【蒼炎】を弾丸に、【白雷】を電磁誘導に、そしてこの穴開き大剣を砲に――」


 この大剣は元から穴開きだったわけではない。大竹丸が餞別だといって、大剣の中心部に神通力ですぱっと穴を開けたのだ。最初は戸惑った青木だったが、ここに来てようやく何に使うべきなのか分かった気がする。


 そして、常識を投げ捨てる。


 炎は鉄じゃないんだから、電磁誘導は効かないと考えるのは浅い。【蒼炎】のスキルはモンスターを高温で焼き尽くすが、術者の意志ひとつで味方を温めることだって出来る。だから、ただの高温の炎というわけではない。恐らくは、空気中、もしくはダンジョン内での特殊な物質が燃焼することによって、炎色反応を起こしているのだ――と妄想する。その物質は尽きることなくその場にあり続け、だから消そうという意志を持たない限り、【蒼炎】は燃え続けるのだと仮定。その蒼炎をとにかく小さく圧縮、固定していくことで、蒼炎の元になる謎の粒子も圧縮固定されていくことになる。炎色反応を起こすからには、その謎の粒子はアルカリ金属やアルカリ土類金属などの金属的性質を持つと考え、それが小さく凝固されることによって、電磁誘導を受け付ける――と屁理屈をこねる。


 妄想を実現する力神通力にはこの屁理屈が大事で、これを世界の常識だと、とことんまで信じ込める力が求められる。そして、その妄想イメージが確定した時、奇跡は起こるのだ。


「は……、はは……っ! 俺の【金剛力】は無敵だ! どんな攻撃だって貫けやしねぇ!」


「それは、お前の力じゃない。浦部さんの力だ」


 青木の大剣の周りから細かな稲妻がバチバチと放電し、その大剣の中心部に備えられたから蒼白い光が我慢出来ないとばかりに漏れ出てくる。そして、避ける術のない青木もどきに照準が合った瞬間、青木は意志を以て引き金を引く。


「――【蒼き魂の慟哭シェリキング・オブ・ブルーソウル】、発射ファイア!」


 ダンジョン内が一瞬にして白い閃光に包まれた。それは雷雲が空で光るのと同じ明るさで地上で明滅したに等しい。そして耳を劈く轟音があらゆる生物の動きを強制的に竦ませる。緑川が、熊田が、赤川が、風間が、新宿狩り狩りの面々が、新宿狩りの面々が、ドッペルゲンガーたちが、思わず凍り付く中で青白く太い光線が空中に飛んでいた青木もどきの姿を捉える。


「こ、【金剛――」


 果たして、彼は【金剛力】のスキルをきちんと使えたのであろうか。


 いや、例え使えていたとしても、そんなものは関係無かったことだろう。突き進む青白い光は一瞬で青木もどきの体を蒸発させ、そのままの勢いでダンジョンの壁へと当たり、その壁を融解して突き進んだのだ。一瞬で三枚もの壁を融かした後には、蒼白い光はその軌跡にチロチロと熾火を残して消失する。


「……あの世で浦部さんに詫びてこい」


 そう言って、青木は放熱する大剣を冷ますようにぶぅんと強く振るうのであった。

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