第88話 北へ行くよ、らんららん②
「着きましたよ~、大鬼様~。航空自衛隊、根室分屯基地にようこそ~」
肩をゆさゆさと揺すられて
「何じゃ、ヘリじゃとあっという間じゃな」
「そうですか? 三時間以上は掛かりましたけど……」
そう言って、大竹丸の腰に付けていた
現状、何がどうなっているかと言うと、大竹丸が公認探索者第一席の特権を利用し、北海道行きのヘリコプターを用意するように政府側に通達。政府側はすぐさまそれを受理し、立川駐屯地にて
ちなみに甲斐二尉は北部方面隊ダンジョン対策部攻略一課に用事があるらしく、同乗という形で付いてきたのであった。
そんなこんなで輸送ヘリから降りて、欠伸を噛み殺しつつ伸びをする大竹丸。そんな彼女が軽く柔軟体操をしていると、ふらふらとした足取りのまま、ヘリから降りてくる男がいる。
「良くあんな騒音の中で眠れますね……こほっ……」
耳がおかしくなったとばかりに右耳を押さえながら現れたのは如月景である。フードで隠された表情は下半分しか分からないが、口元を歪めていることから大分閉口しているのだろう。フラフラと歩くと、やがて力尽きたのかコンクリートの上へとへたり込んでしまう。
「あぁ、駄目だ……。ヘリをいつ切り刻んでしまうかと思うと、まるで気が休まらなかった。何て旅だ……ゴホゴホ……」
その特異な能力故に抱える闇も深そうである。
「あぁ! 駄目ですよ! 如月さん! ヘリの発着場で座り込んじゃ!
そう言って甲斐二尉は走り去ってしまう。
即断即決。悪く言えば、猪突猛進か。
そんな彼女の後ろ姿を眺めながら、大竹丸はポツリと零す。
「しかし、景が飛行機が苦手とは知らなんだ」
「いや、違うから……。そうじゃないから……これは自分の力に……げほげほ……」
だが、景の小さな声では大竹丸の耳に入らなかったらしい。彼女はそうかそうかと納得したように頷くのであった。
★
「何じゃ、辺泥姉妹は根室におらぬのか」
「彼女たちが攻略したのは確かに根室ダンジョンなんですが、元々は釧路の方――摩周湖の周辺に住んでいるらしいんですよね」
甲斐二尉の用意した休憩室は殺風景な部屋であった。折り畳み式のスチール机とスチール椅子が用意され、調度品に至っては設置すらされていない。空き部屋に机と椅子を運び込み、急遽用意されたであろう感じを微塵も隠さない素敵な状況に大竹丸は陸自と空自で確執があったりするのだろうか、と詮無きことを考える。
ちなみに事実は、ヘリ輸送後に公認探索者が休憩するという予定が無かったので、急遽部屋を用意したというだけである。大竹丸の穿った考えなど微塵も掠っていない。
「北海道の地名を色々と出されても知らん。もうちと分かり易く言うてはくれぬか」
北海道は遠い地であると思っていた大竹丸。当然のように北海道の地理に関しては疎い。むしろ、現役の学生である景の方が知っているぐらいである。
「景は北海道には詳しいのかのう?」
「少なくとも今出た地名ぐらいは分かりますよ……摩周湖って透明度世界一を競うぐらいに綺麗な湖なんでしょう? こほこほ……」
「ほほう。それは見るのが楽しみじゃな。それで? その湖は此処から近いのかのう?」
「いえ、遠いです」
甲斐二尉にぴしゃりと言われ、大竹丸は暫し目を泳がせた後でその視線を景に留める。
「北海道は色々とスケールがデカいんです……。遠くなるのも当たり前と考えた方が良いですよ……、コホコホ……」
「行った事無い場所じゃと転移も使えんしのう。参ったのう。いや、じゃが、(恋の)障害は多ければ多い程燃えるというものか? ……のう?」
「はぁ、そうですね(この人は何を言っているんだろう)……コホコホ……」
大竹丸の同意を促す言葉に曖昧に頷く景。とりあえず、その場を濁した感じだが、それがより大竹丸の勘違いを助長していることに気が付かない。
「とりあえず、レンタカーでも借りた方が良いですよ。如月くん、免許は?」
「一応あります……コホ……」
運転中に車をバラバラにしそうで怖くて完全なペーパードライバーです、とは伝えられない如月景である。むしろ、伝えたのなら頭のおかしい人に思われそうで冗談でも口に出せない感じだ。
「大鬼様は勿論無いですよね?」
「無いのう。何じゃ? 今すぐに試験とかで取れるものじゃったら取るぞ?」
「すぐに取れないものなので……。如月くん、悪いけど大鬼様を連れてドライブをお願い出来ますか?」
景はそれを聞いて深々とため息をつく。大竹丸のことを苦手としているのは勿論だが、ペーパードライバーであることも彼の憂鬱を加速させている。運転中にハンドルが取れてしまうようなコメディのようなことが起きないよう祈るばかりである。
「分かりました……コホ……」
「では、お願いします。私はちょっと別件で行かないといけませんので」
「そういえば、そんな事を言っておったのう」
甲斐二尉の言葉に思い出したとばかりに相槌を打つ大竹丸。甲斐の表情を見るに切羽詰まった
「機密じゃったら言わぬで良いが、何か
「緊急事態というか、合同訓練のようなものですね。北部方面隊の実力確認と意見交換、有用な人材がいれば
「同じ組織とはいえ、無理な勧誘は軋轢を生むのではないかのう?」
大竹丸は危惧するが、甲斐は自信ありげにふっふっふと笑う。
「その辺は大丈夫です。勧誘する際には絶対に納得して貰える理由がありますから」
「ほう。まぁ、お主がそこまで言うのであれば、何かしらの策があるのじゃろう。よきに計らえ、といったところか」
「はい。ですので、こちらについては御心配なく」
甲斐に笑顔でそう言われては、これ以上掘り下げることも出来ないか。大竹丸は景の体調の回復を待って、航空自衛隊根室分屯基地を後にするのであった。
★
根室から車で東へ――。
国道に沿って走っていくとやはり緑が多く、建物と建物の間の距離が長く感じられる。そんな景色を目に収めながら、大竹丸は車の後部座席で涼やかに鼻歌などを歌う。それを聞く景は珍しくフードを下ろして血走った目でハンドルを握っていた。
「安全運転……安全運転……コホコホ……」
「? 別に事故を起こしても良いぞ。それぐらいでは死なぬからのう」
「損害賠償とか色々あるでしょう!? なんでそんなに呑気に構えていられるんですか! ゴホッ! ゲホッ!」
「ちゅーか、御主は気負い過ぎじゃろ? 広い道路に長閑な風景、車の数も少ないし、空にはカラスが編隊で穏やかに飛んでおるし、ドライブには最適なのに何をそんなに焦れておる?」
「慣れてないんですよ、運転……! それだけで色々と察して下さい……! ゴホゴホッ!」
「ふむ。それじゃったら、あまり話し掛けぬ方が良いかのう。――む? 後ろからでっかいトラックが来ておるようじゃぞ?」
大竹丸のその言葉に慌ててバックミラーを確認する景。すると確かに、十トントラックに見える大型のトラックが三台も連なって迫ってくるのが見えた。景は思わず車載カメラの位置を確認してしまう。
「こっちは法定速度で走っているんだ……刺激しないでくれよ……ゴホゴホ……」
安全運転を心掛ける景。
だが、その運転は時によっては、ちんたらと走っているように取られかねない。大型トラック三台はぴたりと景が運転する車の後ろに付けるが、対向車が来ていない事を確認するなり、景の車をすぐさま追い抜いて行く。その辺、実に運転に慣れている様子だ。景とは雲泥の差である。
「ふぅ、何とか行ってくれた……こほ……」
「何じゃ。抜かれたから抜き返さんのか」
「何でそんな危険な事をしなきゃいけないんですか!? ゴホゴホッ! 駄目だ……一席と話していると喉がすぐに潰れてしまう……ケホケホッ!」
ぐんぐんと車間距離が開いていくトラックの背面を眺めながら、大竹丸は少し残念そうだ。そんな表情をバックミラー越しに見ながら、ゴーカート場じゃないんだから、と景は心の中だけで愚痴を零す。
やがてトラックの姿も見えなくなり、ようやく落ち着いて運転が出来ると景が呑気に構えていると、ふと違和感に気付く。
「一席、あれ……あの鳥、カラスって言いましたよね? けほ……」
「そうじゃな。妾のスーパータケちゃんアイじゃとそう見えるのう」
思わず、スーパータケちゃんアイって何だよとツッコミたくなるのを我慢して、景は続ける。
「カラスって渡り鳥じゃないですよね? それなのに、あんな見事な編隊飛行を組めるものなんですか? こほこほ……」
「ふむ。その疑問に対する答えは簡単じゃな。――『知らん』じゃ」
雁や白鳥のような渡り鳥は飛行時のエネルギーの節約の為にV字型などに編隊を組んで飛ぶ事が知られている。それによって、前を飛ぶ者を風避けにして普通に飛ぶ場合の七割近くも飛行距離が伸びるのだという。この辺り、長距離を移動する渡り鳥なりの知恵といったところだろう。
では、カラスはどうなのかというと、そういった編隊で飛ぶ事はほぼ無い。そもそもカラスは渡り鳥でない為にそういった長距離飛行の為の隊列を組む必要がないのだ。なので、景がカラスが編隊飛行を行っていることに違和感を覚えたのは正しいのである。
「まぁ、とりあえずは珍しい現象としておけば良いのではないか?」
「一席の呑気さにはある種尊敬の念を抱きますね……こほこほ……」
「照れるのう」
勿論、嫌味なのだが大竹丸には通じない。
調子が狂うとばかりに顰めっ面になる景は、先程のカラスの編隊が若干姿を大きくしていることに気が付いた。どうやら、こちらに近付いて来ているらしい。こちらも釧路方面に向かっているのだから、互いに距離を縮め合っているのだろう。その時の景はそう思った為に気にも留めなかった。
だが、カラスの姿が徐々に鮮明になるにつれ、違和感が大きくなっていく。
「一席、俺の勘違いかもしれないですけど……カラスってあんなに大きかったんですっけ? ケホ……」
「北海道は雄大じゃからのう。カラスも大きくなるんじゃろ。田舎の虫がデカイのと一緒じゃ」
「いや、そのレベルの大きさじゃなくて……何か人型に見えるんですけど……ケホケホ……」
「それはカラスじゃないのう。人がパラグライダーか何かで飛んでるんじゃないかのう」
呑気にそんな事を言いながら、大竹丸も景が見ている先を確認する。そこには、頭がカラスで、胴体は人、そして背中からは翼を生やす集団が忙しなく翼を動かして空を飛んでいる姿が見えた。
彼らは一糸乱れぬ編隊飛行で大竹丸たちに向かって迫ってくる。
『居たぞ! 鬼だ! 招かれざる者ぞ! これ以上近付けさせるな! 追い払え!』
「…………」
「何か、カァカァ言ってますけど、上手く聞き取れないな……こほ……」
「おかしいのう……。連中は本州にしかおらぬはずなんじゃが……」
「あの鳥人間は一席の関係者だったりします……? けほ……」
「いや、直接の面識は無い。じゃが、存在は知っておる。あれらは役小角に連なる者じゃろうて」
「エンノオヅヌ……? 何です、それ……こほ……」
「元は修験の祖とも言えるが、有り体に言ってしまえば、天狗じゃ、天狗。大天狗の親玉ぞ。故に、あれらは烏ではなく、……
「……はぁ? ……ゲホゴホッ!」
大竹丸のあまりにも突飛もない答えに、景は怒り出すよりも先に呆れた声と咳を吐き出すのであった。
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