第142話 鬼、疑惑の答えを得んとす。

 大道寺を名乗る男の家は文字通り豪邸であった。

 広い庭に二階建ての大きな屋敷。

 庭の池には錦鯉が泳いでおり、休憩所として藤棚が作られている辺り、何となくだが資産家というイメージがある。

 そんな大道寺家の門の前にジープが着くと、洒落た意匠の入った鉄格子の扉が自動で開く。

 そんな門を潜って何台も高そうな車が停められている車庫に辿り着くと、大竹丸たちは大道寺に恭しく手を取られて車を降りていた。

 その際に大竹丸の目が半眼になったのは言うまでもない。


「どこまで気障なんじゃ、お主」


「さぁ、こちらに! まずは屋敷を案内しようじゃないか!」


「そして、聞いておらんし」


 暑苦しいスマイルで歯を光らせる大道寺に続いて、大竹丸たちも諦めたのか、渋々と後に続く。

 大道寺に仕える云々といった話はまるで興味がないが、ここで働いているという女たちが無理矢理働かされているというのであれば、助けるのは吝かではない。

 大竹丸たちはそれを見極めるために案内されているようなものだ。

 ついでに食事と寝る所にもあり付ければ最高だ。

 そんな下心を密かに抱きながらも、大竹丸たちは大道寺に案内されるのであった。


 ★


「「「お帰りなさいませ、御主人様!」」」


 屋敷の中に入ると、メイドの格好をした大勢の女性に迎えられる。

 その様子に目を白黒とさせていると、大道寺が大仰に頷いた。


「今、帰ったよ! ハニーたち! そして、彼女たちは新しい仲間だ! 歓迎してくれたまえ!」


「いや、別に新しい仲間ではないからの?」


「ははは、照れちゃって! 可愛い仔猫ちゃんだ!」


「だから、違うと言うとろうに!」


「とりあえず、彼女たちには湯浴みと着替えを! そして、晩餐の準備だ!」


「「「はい、ご主人様!」」」


 大竹丸たちが戸惑っている間に、大勢のメイドたちは囲うようにして大竹丸たちを導いていく。

 どうやら浴場へと案内されているようだ。

 周囲を囲むように案内するメイドの数は五人。

 そのいずれもがニコニコと非常に機嫌が良さそうである。

 どうやら、あの男に虐待されているというわけではないらしい。

 浴場に案内されている間に、大竹丸は周囲のメイドに聞き込みを行う。


「お主らは、あの大道寺という男とはどういう関係なのだ?」


「御主人様ですか?」


「無理矢理この場所に留め置かれているのではないか?」


「そんな事ないですよ~。良くしてもらってます〜」


 あはは、と笑う女。

 その表情に嘘は無いようで、表情が暗くなることはなかった。


「御主人様は、この辺では知らない人はいない程の探索者なんですよ~。私たちは皆、モンスターや暴漢に襲われそうになったところを御主人様に救われたんです!」


「だから、皆、御主人様には感謝しかないんですよ! ね!」


「中には御家族を亡くされた方もおられるんですけど、御主人様が心の傷が癒えるまでいつまでもここにいてくれて良いって言ってくれて……。私たちはそんな御主人様の好意に甘えさせてもらっている形なんです」


「ほう、なるほど……」


 本人は勇者だなんだと言っていたが、勇者ではなくボランティアといったところか。

 だが、あの態度は無いだろうと大竹丸は思ってしまう。


「しかし、彼奴は自分の王国がなんだと言っておったが、あれは何じゃ?」


「照れ隠しです。御主人様は本当は物凄くシャイなので……」


「あぁいうキャラを演じてないと、女の子とまともに話せないんだよね~」


「その証拠に御主人様に迫っても、顔真っ赤にして慌てるばかりで全然手を出してこないしねー!」


「そんなトコがまた可愛いんだけど~!」


「ねー!」


「なんともはや……。彼奴が哀れに思えてきたのう……」


「まぁ、マスターが危惧するような事が無くて良かったじゃないですか」


 嬢を背負ったままの状態のアスカが能天気な声を上げる。

 大道寺という男に対する嫌疑は薄まったが、それとは別に気になる事もある。


「ふむ、大道寺という男については分かった。しかし、妾たちを襲ったあのバイクの集団は何じゃ? この辺で流行っておるのか?」


「あ、貴女たち、あいつらに襲われたの!?」


 大竹丸が零した言葉に、メイドたちの気配が変わる。

 狼狽え、大竹丸たちを見る目に憐憫が浮かぶ。

 だが、大竹丸がケロリとしているのを見て、自分たちが勘違いをしていると理解したのだろう。

 その表情が次第に弛緩していく。


「大丈夫なの? 酷いことされなかった?」


「酷いことのう? 何かされたか? アスカ?」


「グルグル回りを回っていただけですね。尻尾で叩いてやろうかと思いました」


「尻尾?」


「尻尾です」


 アスカは自信満々に言うが、メイドたちには意味が通じなかったのだろう。しきりに首を傾げるばかりだ。そんな中、か細い声がアスカの背から響く。


「いいから……。とにかく休ませて……。死ぬ……」


 アスカに背負われた嬢のか細い声が聞こえ、大竹丸は浴場へと急ぐのであった。


 ★


 浴場で身を清めて、用意されていた衣装に着替えたら――……見事なメイドが三人完成である!


「何でじゃ! おかしいじゃろ!」


 自分のひらひらの衣装を指で摘まみながら、大竹丸は怒る。

 クラシックのメイド衣装ではなく、どうやらコスプレ用のものであったようだ。

 生地もどこか安っぽい。


「ようやく水分が摂れた……。干上がって死ぬかと思った……」


 その横で嬢は助かったと胸を撫で下ろす。

 なお、彼女は自分の格好は良く見えないらしく無関心である。


「嬢先輩、水分不足だったんですか? だったら、今度、浴びる用の水も用意しないといけないですね」


 そして、合うサイズのメイド服が無かったのか、ぱっつんぱっつんの色々と際どい格好のアスカが嬢を心配する。

 むしろ、アスカの際どい格好の方が心配です――と近くで見ているメイドは思ったが言わない。何となく敗北感を覚えるからである。

 そんな中で大道寺主催の晩餐が饗される。

 大広間で全員でテーブルを囲み、パーティー形式での晩餐。

 とはいえ、そのテーブルに乗っているものは質素である。

 新鮮な海鮮による豪華なディナーを期待していた大竹丸たちは目に見えてガッカリしていた。

 それを慮ってか、大道寺がコホンとひとつ咳払いをする。


「いやぁ、すまないね! 本当であれば、新鮮なマグロやしらす、後はアジフライなんかを振る舞いたいところなんだが! モンスターたちが現れる世の中になってしまって、沖にまで船を出すような船乗りが減ってしまってね! ははは!」


 どうやら現在では新鮮な魚介類というのは高価な代物となってしまったようだ。

 おのれ、モンスターめと大竹丸は内心で歯軋りする。


「まぁ、確かに、段々と食料の調達が難しくなってきてますよね。こちらに来るに連れてコンビニやスーパーといったお店も閉まっていましたし」


 アスカがそんな事を言いながら、根菜の煮物をおかずに御飯をかき込む。

 甘じょっぱい味付けは肉じゃがに近いのだろうか。

 なかなか御飯に合うとばかりに、箸が止まらない。


「モンスターが道路を破壊しているせいで輸送が滞っているのに加えて、一部の市民が暴徒となり、店の食糧を強奪している事も関係しているようでね! 僕はそういうのは出来る限り止めているんだが、何分手が回らなくてね! ははは!」


 あくまでお気楽そうに言う大道寺ではあるが、その実情はかなり追い詰められているのだろう。

 その言葉に先程までの勢いがない。


「DPで賄うのもなかなか限界があってね! 彼女たちには苦労ばかり掛けてしまっているよ……いや、ははは! 暗くなるのはやめよう! 暗くなっていても良い事なんて何もないからね!」


「まぁ、そうじゃのう」


 驚くべき前向き思考ポジティブシンキングだと思いながらも、大竹丸も御飯を食べる。

 なるほど。質素ではあるが決して不味くはない。

 野菜中心の料理ではあったが、大竹丸の箸も止まることはなかった。


「ところで、君たちは何故女の子たちだけで旅をしていたんだい? 込み入った話でなければ聞かせて欲しいな! 何なら、僕の力を貸す事が出来るかもしれないからね!」


「ふむ。理由は簡単じゃよ。ぶん殴りたい奴がおるから、ぶん殴りに行く。それだけじゃ」


「…………。豪快だねぇ! あっははは!」


 一瞬、固まった大道寺が膝を叩いて大爆笑する。

 どうやら、大竹丸の言葉を冗談と受け取ったらしい。

 大道寺が一頻り笑い転げている間に、嬢が淡々と「御馳走様」と告げる。


「ははは――……は?」


 嬢の目の前には箸だけが残されていた。

 それ以外には何も無い。

 食器も箸置きも料理もガラスのコップも、全てが嬢の目の前から消えていたのである。

 それに気付いたメイドたちが何人も大きく口を開けている。


「嬢、食器を食うのはマナー違反じゃぞ」


「美味しそうでつい。……失敗した死にたい」


「箸は残っているからセーフですよ、先輩!」


「後輩に慰められた。……死にたい」


「どうフォローすれば良いんですか、この人!?」


 アスカが切れる隣で黙々と食事をする大竹丸。

 そんな三人の様子を恐々と眺めていた大道寺であったが、何やら慌ただしい足音が近づいてくるのを聞いて、視線をそちらに向ける。


「御主人様、大変です! ペロとチビが吠えています!」


「何! それは大変だ! よし、今行くよ!」


「……ペロとチビ?」


 慌てて立ち上がる大道寺の背に向けて疑問の声を発するが、大道寺は答えずにさっさと広間を辞してしまう。

 その代わりに大広間にいたメイドの一人が大竹丸の疑問に答えてくれた。


「ペロとチビは御主人様が飼われているワンちゃんです。すっごい可愛いんですよ~」


「でも、ペロとチビが吠えていたって……。怖いわね……」


「怖い? 何でじゃ?」


 大竹丸が素直に尋ねるとメイドたちは少しだけ顔色を悪くして答える。


「ペロちゃんとチビちゃんは、モンスターが寄ってくると吠えて皆に知らせてくれるんです。だから……」


 皆まで言わなくとも分かる。

 どうやら、この大道寺邸に招かれざる者たちが近付いて来ているようだ。

 メイドの言葉を受けて大竹丸たちは立ち上がる。

 三人が同時に立ち上がったのに疑問を持ったのか、メイドの一人が恐る恐るといった様子で大竹丸たちに水を向けていた。


「あの……、どちらへ?」


「ふむ、厠じゃ」


「そこはお花摘みって言ってよ。……死にたい」


「あぁ、うん。私も唐突にお花摘みに行きたくなっちゃったんです。あははは……」


「はぁ……」


 メイドたちの不審げな視線を受けながらも、大竹丸たちは何やら不自然な態度で大広間を辞していく。

 やがて、メイドたちに声が届かなくなった頃合いで、ひっそりと言葉を漏らす。


「彼奴には無用の疑いをかけてもうたからな。借りは返さねばなるまい」


「食器食べちゃった分は働いて返すよ。……手応えのあるモンスターだといいなぁ」


「一宿一飯の恩義に報いねば、武人として名が廃ります」


 三者三様。


 だが、思う事は全て同じのようだ。

 彼女たちはゆっくりと歩を進め――……。


 ――そして、トイレに辿り着いた。


「玄関は何処じゃ!?」


「何で、私、コイツの後を歩いていたんだろ。……死にたい」


「…………」


 思う事は同じであってもチームワークはバラバラなのだなぁと、改めてアスカは思うのであった。

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