第九章、鬼と愉快な仲間たち紀行。
第141話 鬼、どうしてこうなったと思わんとす。
「さぁ、もうすぐで着くからね! 道が悪いのも我慢してね!」
浅黒い肌にやたらと顔が暑苦しい筋肉質な偉丈夫が、やたらと白い歯を光らせながら、どうにもくどい感じで少女たちに言葉を送る。
言葉を送られたのは黒のジャージの上下を身に付け、腰に立派な刀を佩いた黒髪の美少女と、チャイナドレスを着た、出る所は出ているナイスバディの女性。そして、その女性に背負われるようにして言葉少なに顔を下げ続けるポニーテールの少女であった。
荒れ果てた道路をジープの車体が跳ねるように進む。
その震動に思わず顔を顰めながら、黒ジャージの少女はこの状況を改めて考えてみて、思わずポツリと零すのであった。
「ふむ、どうしてこうなった……?」
★
黒ジャージの少女こと大竹丸の当初の計画では、チャイナドレスを着た女性であるアスカに天舞竜へと戻ってもらい、その背に乗って瞬く間に大阪へと辿り着く予定であったはずだ。
だが、その計画を土蜘蛛である
曰く――、
「蜘蛛の糸が張り巡らせられない場所なんか死んでも行きたくない。……むしろ、死にたい」
――とのこと。
普段であれば、大竹丸はその言葉を聞くなり百鬼夜行帳の中へ嬢を戻したことだろう。
だが、現在は神通力が上手く使用出来ない状態であり、尚且つ嬢にその状態を知られるわけにもいかないことから、百鬼夜行帳の中に戻すことを断念せざるを得なかった。
結果、大竹丸は空中からの大阪行きを諦め、地上からの大阪行きへと切り替えたのである。
ところが、現在、日本国内ではモンスターが大量発生している状況であり、公共の交通機関は軒並み運転を見合わせていた。当然のように電車やバスを利用することは不可能。
さて、ここで大竹丸たちはどうしたかというと、まさかの徒歩での大阪行きという奇行を選んだのである。
のんびり歩きながら、襲い掛かってくるモンスターをバッタバッタと討伐しながら東京から南下し、現在は神奈川県の三崎口付近をウロウロしている――そんな状況が現状であった。
「ふむ。この辺は平時であれば魚介類が美味いらしいのう」
「魚ですか! いいですねぇ! こう日本酒を引っ掛けながら食べるのが美味しいんですよねぇ……!」
「そうじゃのう。妾もドクぺを引っ掛けながらやるのが好きなんじゃよなぁ――って、おい! 味覚障害を疑うような目で見るでない!」
「疑ってないです! 確信しています!」
「尚悪いわ!」
「……ちょっと。……何でも良いから静かにして。……そして死ね」
「というか、嬢さん、何でこんな状態になっちゃったんですか? 今朝、歩き始めた時は元気だったですよね?」
「なんじゃ、土蜘蛛の生態を知らんのか? 土蜘蛛は普段穴倉や土の中の涼しい部分で過ごして、鉱石やら宝石やらを主食としておるのじゃ。じゃから、こうして日光に照らされながら歩き続けると干からびて弱るのよ」
ついでに言えば土蜘蛛は視力が弱く、蜘蛛の糸を周囲に張り巡らせることで周囲の状況を把握するといった特性がある。
その為、蜘蛛の巣を全域に張り巡らせられない屋外では余計な緊張感や神経を使い、消耗が早いといったデメリットも抱えているのだ。
そうして疲労し切った嬢を背負うアスカは大竹丸の言葉を理解したのか、コクリと頷く。
「なるほど。石ばかり食べているから見た目と違って、こんなに重いのですね!」
「……おい。……アンタの頭を齧ってやろうか?」
「いやはははは、勿論、冗談ですよ! 嬢先輩!」
アスカの目が泳ぎまくっているが、大竹丸は見ないことにして歩を進める。
左手側に海を臨みながら歩いているだけあって、火照った肌に潮風が心地良い。
海岸線だけに目を向けるのであれば、それなりに気持ちの良い光景だったのだが、残念ながらこの海岸線の道路の上でもモンスターと人間の死闘が繰り広げられたようだ。
アスファルトの所々が破壊され、捩じ切れたガードレールが道の真ん中に無造作に転がっている始末。そんな瓦礫の山をひょいひょいと避けながら進むと、やがて次の町並みが見えてくる。
「腹も減ってきたし、今夜はあの町にでも厄介になるとするかのう……」
「美味しい海鮮が出ると良いですねぇ!」
「……高い宝石とかだと嬉しいけど、別に海鮮でも構わない。……死ぬかも」
「むぅ。嬢が本格的にマズイのう。仕方ない。少し急ぐか――……む?」
大竹丸がこれは本格的にマズイかもしれないと思い始めた時、それは起こった。
爆音を轟かせながら近付いてくる単車の集団。
それが、大竹丸たちのすぐ脇を駆け抜けたかと思えば、今度は大竹丸たちを取り囲むようにして周囲をぐるぐると回り始める。
まるで自分がメリーゴーランドにでもなった気分になりながら、大竹丸はその目を細めていた。
「なんじゃ……?」
「お、めっちゃ可愛い女の子たちじゃん! どうよ! 俺たちと遊ばねぇ!」
単車に乗っていた金髪の若者がそんな風に声を掛けるが、大竹丸は柳に風といった様子でにべもなく答える。
「ふむ。悪いが先を急ぐ旅でな。お主等と遊んでおる暇は無いのじゃ」
「オヌシラだってよ! なんだそれ! 時代劇かよ! ギャハハハ!」
「つか、いつも通り攫っちまおうぜ! どうせ、こんな所うろついてたらモンスターの餌食になっちまうんだ! それだったら俺たちが美味しく頂いちまった方が有効活用って奴だろ!」
「あの胸の大きい女は俺に最初にヤらせろよ! お前らはそっちの小せぇのをくれてやるからよ!」
「じゃあ、俺はあのジャージの女を貰うぜ! ヒャッハー! 狩りの時間だー!」
けたたましい笑い声を響かせながら、男たちはバイクのアクセルを握り込み、大竹丸たちの周囲を勢いよく回り始める。
此処に来て、大竹丸にもようやく彼らの正体が分かり始めた。
「なるほど! 混乱に乗じて動いた賊か!」
「ゾク? 確かに俺たちは族だけどよぉ!」
「へっ、モンスター共も恐れて近付けねぇ暴走族、横須賀幽走會とは俺らのことよ!」
「テメェら、頭は狙うなよ! 骨の一、二本は構わねぇけどな! 死んじまったら反応が楽しめねぇからよぉ!」
まるで獲物を狙う肉食獣のようにグルグルと回るバイクの集団。
それを冷めた目で見ながら大竹丸は、一体どうしてくれようかと考えを巡らせていた。
相手はこちらに危害を加える気で襲い掛かってくるのだから、多少は痛い目を見せなければならないだろうが、一方的に攻撃し過ぎると過剰防衛として今度こそ全国的に
さて、力の加減が難しいぞと考えていた折に、一本の矢が囲いを食い破るように飛来して、地面にびぃぃんっと突き刺さった。
その警告ともとれるような攻撃に、横須賀幽走會を名乗った男たちの顔が強張る。
「ちっ! コイツは……!」
「自警団の連中か!」
「どうする!?」
「女は惜しいが、後ろから撃たれたら溜まったもんじゃねぇ! 逃げんぞ!」
横須賀幽走會を名乗った彼らの撤退は実に素早かった。
方針を決めたのなら、後は一目散。
町の方から走ってきた一台の軍用ジープが大竹丸のもとに辿り着く頃には、その後ろ姿は豆粒のようになっていたのだから、その逃げ足は見事と言って良いだろう。
むしろ、どうやって懲らしめてやろうかと考えていた大竹丸は、その見事な退きっぷりに毒気を抜かれてしまった程である。
「大丈夫かい!」
そして、大竹丸のすぐ近くに止まったジープから浅黒い肌にやたらと顔が暑苦しい筋肉質な偉丈夫が下りてきて、大竹丸たちにそう尋ねたのであった。
★
「いやあ! 私が気付いていち早く駆けつけて良かったよ!」
「まぁ、あの程度の連中じゃったら、別に妾たちだけでもどうにでもしたのじゃがな」
「ふっ、強がりを言っちゃって、可愛らしい仔猫ちゃんだ!」
「…………」
大竹丸の背を何とも言えない薄ら寒いものが走る。
ジープから下りてきた肌の浅黒い男は大道寺と名乗ると、またバイクの連中が襲ってきてはいけないと言って、半ば強制的にジープに大竹丸たちを乗せると、そのジープを発進させていた。
恐らく、本人は善意でやっているのだろうが、別段その善意を必要としない大竹丸としては余計なお世話でしかない。
「しかし、こんなモンスターが蔓延る危険な状況の中、女の子たちだけで旅だなんて無謀も良いとこだぞ!」
そして、とにかくこの大道寺は大竹丸たちをか弱いと決めつけて掛かっているようだ。
曰く、モンスターは子供や女の肉を好む(根拠はない。大道寺の妄想である)と言ったり、件の横須賀幽走會のような連中がそこら中におり、女の子はすぐに襲われてしまう(東京から南下してきたが、襲われそうになったのは今回が初めてである)など、とにかく女の子が出歩くことは感心しないことだと、何度も何度もクドイぐらいに大道寺は言ってくるのである。
顔もクドければ話もクドイとあって、とにかく大竹丸は心の中でうんざりとしながらも、大道寺の言葉に適当に言葉を返し続けるしかない。
とりあえず、本人は善意のつもりのようなので、悪し様にあしらうのも憚られたからだ。
一方的とも思える会話は続く。
「僕はね! 治安が乱れた世の中でも、女の子が平和に暮らしていけるように、こうして立ち上がった一人なんだよ! ネットでは勇者だ、なんだって持て囃されているけどね! ははは!」
「ほーん」
「だから、安心していいよ! 君たち女の子の安全は僕が守るから!」
「ほーん」
「とりあえずは、今から僕の王国に君たちを送るから! まずはそこで着替えて、汚れを落として、他の女の子たち同様に僕のために仕えてくれると嬉しいな!」
「ほーん――……はぁ!?」
流石に無視できない内容だったらしく、大竹丸が抗議の声を上げるも大道寺は……。
「ははは、照れない照れない! 照れた君も勿論可愛いけどね!」
「頭沸いとるのか、お主……」
どうやら何を言っても自分に都合の良いように解釈する男らしく、大竹丸の抗議の声も通じない。
いっそのこと、ジープから飛び降りて逃げるかとも思ったが、嬢の体調が悪い事を思い出し、無理は出来ないと大竹丸は行動に移ることはなかった。
それに、この大道寺という男の言葉を信じれば、この男の王国とやらには、この男に軟禁された数多くの女性たちがいるのかもしれない。
それを考えた時、彼女たちの現状を確認して救出する必要があるのならば救出することも考えた方が良いのではないか――……そこまで考えた大竹丸はジープの助手席で大人しく両腕を組み、自分の目的が当初の予定と随分とズレていることに気付いて、
「ふむ、どうしてこうなった……?」
そう、人知れぬ呟きを漏らすのであった。
★
ひた、ひたひた、ひたひた……。
男が歩く。
海水を頭から被ったように全身を磯臭くし、男が歩く。
乾いたアスファルトには男の足の形がはっきりと描かれ、男が靴を履いていないことが簡単に分かる。
裸足の男に目的はない。
あるとすれば、それは本能のようなものだ。
音がする。
けたたましいバイクのエンジン音。
男には、その音が男を呼んでいるように聞こえた。
だから、男は向かう。
磯臭い全身を省みることもなく――、
全身から滲み出るような腐臭を隠すこともなく――。
男はゆっくりと音に近付いていくのであった。
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