第144話 鬼、姦しくせんとす。

 夜の帳の中、変貌した若者たちの襲来は意外な程あっさりと終わった。

 襲い掛かってきた若者たちを何とか剣鉈で斬って捨てた大道寺は、不気味に静まり返る庭の中でゆっくりと状況を確認する。


「終わったのか……?」


 襲撃が突然であったのもそうだが、終わったのも突然であった印象だ。

 それもそのはず、大道寺が二体のモンスターを相手に苦戦している間に八体のモンスターはひっそりと大竹丸たちが処理してしまっているのである。

 襲撃が突然終わったように感じられたのは、当然の事だろう。

 そして、違和感はそれだけではない。


「モンスターが光になって消えない……?」


 通常であれば、倒されたモンスターは光となってその場で消えるはずだ。

 世界がダンジョン化した事で、『モンスター討伐後の光の粒子』現象は全国の至る所で確認されている。

 だが、大道寺が戦った相手は消えなかった。

 それを不審に思って、暗闇の中で目を凝らすと、屋敷の灯りの下で見た死体の顔は、どこかで見た事のある顔であった。


「彼は……、昼間の……?」


「あの、御主人様? 光となって消えないという事は、この方はモンスターではないのでは?」


「分からん! だが、私達を襲ってきたのは確かだ! その点では正当防衛と言えるだろうが……これは殺人罪に問われてもおかしくないのか……? いや、それ以前に……」


 大道寺は断末魔を上げたような形相で死後硬直する相手の瞼を閉じる。


「……私は彼らと彼らの家族にとても申し訳の無い事をしてしまったのかもしれない……」


 知らなかった事とはいえ、モンスターの襲撃と間違えて人を斬ってしまったという、嫌な感触が手の中に残る。

 だが、彼を絶望に落とすのも人なら、そんな彼を救い出さんとするのも、また人である。


「そんな! 御主人様がいなかったら、今頃は私達がその人のようになっていたのかもしれないのです! 御主人様は悪くない! 御主人様は悪くないのです!」


 大道寺の近くにいたメイドたちが、震える声で近付き、大道寺をそう慰め、背中を擦る。その光景はまるで大道寺が泣いているようでもあり、逆にメイドが泣いてるようでもあり――、


 そんな複雑な光景を大道寺邸の屋根の上で確認していた大竹丸たちは、どこかポカンした表情を見せていた。


「何じゃ? 何やら重いテーマによる話し合いが始まったようじゃぞ?」


「大竹丸。言われた通りに町の方も捜索した。……どうする?」


「どうするって事は、居たんじゃろ? じゃったら、排除じゃ排除」


「良いの? あの色男は悲しんでいるようだけど? ……はぁ、死にたい」


「殺した者に同情する事は悪い事とは言わぬ。じゃが、時と場合を見誤れば、取り返しの付かぬ事となる。今は時間を惜しむ時じゃ。小事に囚われて大事を見逃してはならぬじゃろ」


 大竹丸は昼間に自分達を囲んだバイクに乗った青年たちの事を思い出す。

 その時は、生意気ではあったが確かに彼らには自分自身の意志があり、生きているように見えた。

 だが、今夜出会った彼らは、まるで獲物に襲い掛かる獣のようであり、意思のない死者のようにも見えた。

 彼らがどうしてそうなってしまったのかは定かではない。

 だが、何かしら、彼らを変貌させてしまった要因があるはずだと大竹丸は考えたのである。

 そして、その要因は、ダンジョン……あるいは、モンスターにあるのではないかと大竹丸は予測していたのである。


 何せ、今までの日本で、こうして人が人を襲うなどといった話はなかったのだから、ダンジョンに関係する事柄が、こうして人を変えてしまったのだろうと予想するのは当然だろう。極自然な成り行きで、大竹丸はダンジョン関連の事象を疑う。


「彼奴等の行動は、ほぼモンスターの行動原理に近い。となれば、モンスターが原因でと考えるのが一番妥当じゃろう。そこまで分かれば、注視せねばならぬのは『原因』であると簡単に思いつくはずじゃ」


「そんな原因がいるんですね? でしたら、私が捕まえてきましょうか?」


 ひと仕事を終えて屋根の上にまであがってきたアスカが言うが、既に原因は嬢によって捕捉済みだ。その必要はない。


「無用じゃ。嬢が既に捕まえておるからのう」


「町中全てに糸を張ったから見逃しはない。そして、今、くびり殺した。一匹消えたから、多分ソイツが本命だと思う。他はそこの庭に転がっているのと同じダミー? 分からない。……はぁ、超悪役的気分」


「そうかのう? どちらかと言うと正義の味方ではないかのう?」


「人を殺す正義の味方なんて、気狂いサイコパスも良い所。悪い事をしている自覚のない悪党こそタチが悪い。……死んだら?」


「フン、妾は鬼じゃからな。真っ当な正義の味方としてやっていくつもりは端から無いのじゃよ。……おっと、それよりも早く戻らねば、濃い顔の男も戻ってくるではないか」


「メイドたちには、随分とトイレの長い奴だと思われてる。……死にたい」


「それは、確かに妾も死にたくなるのう……」


 一体トイレで長時間何をやっていたのか――そんな勘繰りを入れられては沽券に関わるとばかりに大竹丸は表情を歪めるのであった。


 ★


 翌日、朝早くに大道寺邸に泊まった客人三名は屋敷を後にした。

 大道寺は、女性三人だけの旅は危険だとして、最後まで大竹丸たちを慰留しようとしたのだが、彼女たちは『やることがある』の一点張りで、半ば強行して屋敷を去っていった形だ。

 大道寺邸では午前は夜半の騒ぎの後片付けを行い、午後は死者を近くの寺に埋葬する予定であったのだが、午前も半ばの頃合いになって大道寺邸に訪問者が現れた。


 それは、この町の自警団の顔役ともいうべき男で、何やら神妙な顔付きをして大道寺との面会を求めてきた。

 大道寺は地域でも一番の腕利きの探索者ではあるが、どこかの組織に属しているわけではない。

 だから、こうして時折、地域の団体から協力を求められたりすることもしばしばあった。大道寺は今回もその件のひとつだろうと思い、男を応接室に通したのだが、どうやらその当ては外れたようだ。

 男は言う。


「町中でゾンビ騒ぎが起きたのだが、それを解決したのはお前か?」


 と――。


 全く身に覚えのない話だったので、大道寺が詳しく話を聞いてみると、どうやら大道寺邸で起こっていた事と似たような事が街の方でも起こっていたらしい。

 夜中に出歩いていたカップルが被害に遭い、意思疎通の出来ない男に噛みつかれたが最後、正気を失ったかのように周囲の人間に襲い掛かって来ようとしたところで――何故か動きが止まり、そのまま事切れたのだという。

 おかげさまで被害は最小限に収まったのだが、何が原因で、何故収まったのかが、全く分からないらしいのだ。

 なので、もしかしたら地域で一番の探索者である大道寺であるなら、何か知っているのかもしれないと一縷の望みをかけて男は聞きに来たらしい。

 だが、残念ながら大道寺にも心当たりは無かった。


「確かに、そのゾンビ? らしき相手はウチにもやってきた! その相手をして殲滅もしている! 死者の家族には済まない事をしたとも思っている……。だが、町中で起きたゾンビ騒ぎの話を聞いたのは初めてだ! 私が何かをしたというわけではないからな!」


「そうか。いや、俺たちも分かってはいるんだ。解決した手口から大道寺さんのやり方って感じじゃないのは分かっていたし、とりあえずの確認だよ」


「そうか……!」


「しかし、だとすると不思議な話だな。一体、誰が何をやったのか……。この町にはゾンビを相手にして勝てそうな人間なんて大道寺さんぐらいしかいないし……。それに、昨日は通りすがりの探索者が泊まったなんて話も無かったし……」


 大道寺は男の言葉に一瞬だけ顔を強張らせたが、その動きを悟らせぬようにごく自然に振る舞う。


「まぁ、不思議な事もあったという事で良いじゃないか! 今は何でもかんでも科学で解明出来るような時代じゃなくなったんだ! たまにはファンタジーな出来事があっても良いだろう!」


「はは……。まぁ、結論も出ないし、そう思うのしかないかもな……」


 自警団の男がそんな言葉を残して帰っていくのを見送りながら、大道寺は途中で思いついたひらめきを確認するように、ぽつりと零すのであった。


「まさか、な……」


 ★


「うむ、今日も良い天気じゃ! 空気が美味い!」


「土暮らしの身にとってはこの磯臭さが拷問過ぎる。……死ぬ」


「あ、嬢さん、また干乾びそうになってます? 今、海水を汲んで掛けて……」


「私を磯臭さで殺す気? ……死にたい」


「えぇ……? でも、ペットボトルの真水はもう使い切っちゃいましたよ?」


「なら、次の自販機で買えば良い。……大竹丸に払わせて」


「好き勝手言いよるのう……」


 女三人寄れば姦しいとは言うが、それは妖怪、物の怪の類でも一緒らしい。

 わいわいきゃあきゃあと喋りながら、海岸線沿いをずっと西に向かって進んで行く。

 彼女たちの目指す先は大阪だが、このまま海岸線を進んで行けば、一度鈴鹿山にも立ち寄る事が出来るだろうか。

 そんな未来の予定を立てながらも、大竹丸はずっと気になっていた事を嬢たちに聞いてみることにした。


「のう、嬢」


「何、大竹丸。……死ぬ気になった?」


「何で、妾が死ぬんじゃ……。そうではなくてのう。ずっと思っておったのじゃが」


「? ……何?」


「今回、必〇シリーズに拘っておったが、何故三○シリーズにしなかったのじゃ? 丁度三人じゃし、そっちの方が良かったじゃろ?」


「? ……え?」


「三○……? マスター、何ですかそれ?」


「何で、必〇シリーズを知ってて、三○が斬るシリーズを知らんのじゃ!?」


 時代劇が好きなら、その辺りも見ているのかと話題を振ってみた大竹丸だったが、どうやら派手に空振りしてしまったようだ。

 プンスコと怒りながら、勝手に一人で海岸線をスタスタと歩いて行ってしまう大竹丸。

 確かに、その姿は三匹が〇るシリーズの終わりを彷彿とさせるものではあったので、最終的には再現出来て良かったのではないだろうか。

 まぁ、大竹丸は納得しないかもしれないが……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る