第47話 鬼、皆を鍛えんとす。

 世間が大竹丸のダンジョン攻略騒ぎに騒然としている中、当の大竹丸はというと風雲タケちゃんランドの最終調整と称して選ばれし精鋭(?)たちに特訓を行っていた。しかも、各特訓の教官としてついて回るという……ウザ……いや、徹底振り。最初は余裕の表情であった精鋭たちもその特訓が三日も続くと流石に死んだような目になってくる。


 だが十日も期間が過ぎると、今度は逆にその表情には余裕が生まれようとしていた。


 ★


 風雲タケちゃんランド三十四階層――。


「それでは小鈴よ、特訓の集大成じゃ。やってみよ」


「うん、やってみる!」


 そういう小鈴の両手には今までのピッケルとは違う武器が握られていた。黒い刀身に稲妻のような赤い線が入った刃物――そう聞くとナイフのようなものを想像するかもしれないが、その刀身は鉤のように湾曲している。呪われた鎌カースシックルというのが、その武器の名である。小鈴が武器選択チケットにて手に入れた新しい武器だ。


「おーい、ノワールよ! 出番じゃぞー!」


『はいはい。タケ姐さんは人使いが荒いんだから……。ボクはタケ姐さんと違って分身出来ないんだからね……。それじゃ、召喚っと』


 周囲をコンクリートで固めたような五十メートル四方の広い空間。その空間内はダンジョンを意識してか妙に薄暗い。そんな空間の中心に黒い靄が徐々に集ったかと思うと青白い肌の美形の人影が姿を形作る。


「飯ィィィ……」


『モンスター脅威度C級の劣化吸血鬼レッサーヴァンパイアだよー。噛まれないように気を付けてねー』


「では小鈴よ、やってみよ!」


「うん! 見ててねタケちゃん!」


 姿勢を低くし、小鈴が二刀を構えて一気に劣化吸血鬼に肉薄する――。


 ★


 風雲タケちゃんランド二十一階層――。


『ふごっ、あの小さいメスめぇ……。何処に行ったふごっ……』


 暗闇が所々に点在する土の洞窟の中、オークリーダーは鼻をふごふごと鳴らしながら、オーク語でそんな文句を漏らす。彼と一緒にいたオークソルジャー三人は不意の遭遇戦で、いつの間にか全滅してしまっていた。


 ――そう、


『姿は捉えられたふごっ、後はどこにいるかふごっ』


 キョロキョロと相手の姿を探すが、オークリーダーには相手の姿が全く見つからない。見間違えたかと思い始めた時分で、後ろから腕が回され、オークリーダーの首がかっ切られる。


『ふごっ!? ふぐっ!』


 血が喉を通ってせり上がってくるのを我慢して、オークリーダーは太い腕を周囲に向かって振り回す。どうやら筋肉が厚すぎて致命傷にまで至らなかったようだ。


 だが、オークリーダーの腕が何かを捉える事はなかった。まるで形の無い幽霊ゴーストを相手にしている気持ちになりながらも、オークリーダーは口に溜まった血を吐き出す。


『ふごっ……ガハッ! くそ、俺を嬲るつもりかふごっ! だが、ただでやられはせんぞふごっ! 道連れにしてや――』


 だが、全てを言うよりも早くオークリーダーの背中に肉厚のナイフが刺さる。それだけではない。足の腱が切られ、伸ばした腕の動脈が切られ、両目が切り裂かれる。


『ぐああぁぁぁ! どこだ! どこにいる! 卑怯者めふごーっ!』


 全身血達磨になりながら暴れるオークリーダーのすぐ近くで、見当違いの攻撃をひょいひょいと避けながら、全身黒ずくめでありながら、ちょっと露出が多めの忍者衣装……防具選択チケットにて手に入れた新たな装備千代女の忍装束だ……に身を包んだルーシーは困ったような表情を見せる。


(防具とタケさんのおかげで隠形はもの凄ーく上達したけど、攻撃力が微妙かなー。DPで何か買った方が良いかも?)


 そんな事を考えながら、ルーシーはオークリーダーが光の柱になるまで切り刻むのであった。


 ★


 カポーンと鹿威しが鳴る中で、和室の中で座禅を組んでいたあざみがゆっくりと目を見開く。


「掴めたかのう?」


 部屋の隅で携帯ゲーム機を手にしていた大竹丸が視線も上げずに聞くと、あざみはこくりと頷いてその片手を上に向ける。そこには何もない……いや、その掌の先の空間が徐々に歪んでいく光景が見えた。


「ぐぐぐ……っ!」


 だが、その歪みもすぐに収まってしまう。


「ふぅ……。今はこれが精一杯……」


 たったそれだけの事だというのに、あざみの額には大粒の汗が幾つも浮かんでいる。それだけの集中力を使ったということか。


「ふむ、まだまだ拙いがの基礎は出来るようになってきたようじゃな」


「覚えたスキルとコレを用いて、何とか出来るようになると嬉しい」


「その為にはもっと鍛えねばならんのう。今のところ、その程度の力では微風も起こせんからのう」


「小鈴はこれを……?」


「そうじゃな。物心つく頃からずっと使っておるのう。まぁ、山を登って此処までくるのが面倒そうじゃったから、追い風を吹かせられれば良いぐらいの気持ちで教えたのじゃが、色々と応用しておるようじゃ。なかなか卓越してきておる」


「そう。……なら、私も負けない」


 あざみはそう言って僅かではあるが、笑みを浮かべるのであった。


 ★


 風雲タケちゃんランド二十七階層――。


「右! 左! 右! 右! 上! そして下ぁ! や、やった……!」


「ほい、隙ありじゃ」


「痛ぁっ!? って何するんですか、タケちゃんさん!?」


 モンスター脅威度C級のデスツリー……木の枝をまるで鞭のようにして全方位の攻撃してくるモンスターだ……の攻撃を何とかチケット交換で手に入れた白銀の盾プラチナシールドで受け流しきった黒岩はいきなり後頭部に大竹丸のチョップを食らって驚いたように振り返る。


 だが、大竹丸は真顔で黒岩を見つめると――。


「御主の修行が順調だと何かムカつくんじゃ!」


 ――等と吐き捨てる。


 いやいやそれは無いでしょうと思いながらも、黒岩は射程圏内に入らない限り攻撃してこないデスツリーから離れながらも自分の盾の傷を気にする。


「そんな事言われましても! 僕だって皆を守るために必死なんですから手は抜けないでしょう!? それに――」


「手を抜いていたらもっと怒り狂うわい! ……それになんじゃ?」


「タケちゃんさんは知らないかもしれないですけど、今、ネットではタケちゃんさんを始めとして、田村さんや加藤さんや柊さんの密かなファンクラブが出来つつあるんですよ?」


「なんじゃと!?」


 小鈴のファンクラブには入りたいぞ、と思いながら大竹丸は驚く。自分のファンクラブに関しては全く興味がないのが大竹丸クオリティだ。


「そんなのが出来ちゃって、田村さんとかに傷のひとつでも付けちゃったら、僕がファンの皆に殺されるじゃないですか!? そりゃ必死にもなりますよ!」


 どうやら黒岩には黒岩の必死になる理由があったらしい。訴えかけるように大竹丸に近付く黒岩を、大竹丸はぺいっと蹴りひとつでデスツリーの射程圏内に押し戻す。


「うわー! 上! 下! 左! 右! 上ー!」


 ガンガンガンガンと盾を叩いてくるデスツリーの鋭い枝を何とか反らし続けながら、黒岩は何とか理不尽な仕打ちに耐えていた。それに対する大竹丸の態度は辛辣だ。


「ならもっと必死にやらぬか! あと百セットミスなくやらねば、妾は帰さぬからなーっ!」


「ひぃっ、鬼~~~!」


「鬼じゃ! バカもーん!」


 小鈴のことを持ち出された以上は本気モードになってしまう大竹丸であったりする。


 ★


 風雲タケちゃんランド四十二階層――。


 鬱蒼と繁る植物の枝葉を鉈剣で切り払いながら柴田は周囲の視界を確保。特に問題ないと確認してから、改めて後ろを振り向く。


「前方クリア。そっちは?」


「甲斐、異常なし」


「渡辺も問題なしだ」


 柴田は後ろに続く、東部方面隊ダンジョン対策部攻略一課のエース様と、元龍道館の空手チャンプが自分の後ろにいる光景に半眼を向け――。


「この状況、何か違くないか?」


「ん? 何がです?」


 ――そう言っていた。


 甲斐が思わず素で尋ねてくるが、柴田は気にせずに続ける。


「俺たちは手っ取り早く強くなる為に、風雲タケちゃんランドとやらに来たにも関わらず、やっていることが鬼ごっこってところがだよ! おかしいだろ!」


 そう、柴田たちが移動しているのは、熱帯雨林を模したような鬱蒼としたジャングルだ。罠有り、モンスター有りの中を常に神経を張り詰めながら行動し、この森の何処かにいるらしい大竹丸を探し続けているのである。


 故に、柴田は愚痴を漏らしたかったようだ。柴田としては安全な室内で実戦で使える技か何かを教えてもらえるものだろうと想像していただけに、少し予想と違ったのだろう。


 だが、そもそも……。


「私は風雲タケちゃんランドの視察に来ていますので、強くなるのは二の次ですし……」


「俺は手合わせに来たはずなのに、何故か巻き込まれたんだが……。これで強くなれるのか?」


 甲斐も渡辺も全然目的が違っていたので、柴田の気持ちは二人には届かなかった。


 そんな彼らは行動を共にしながら、ついと視線を森のある一点に集中させる。緑が一層濃い空間の中に妙な違和感がある。それは徐々にはっきりとした特異点へと変わっていった。


「……俺たちは一週間前にはアレに気付けなかったわけか?」


「うーん。実戦に程近い探索を繰り返すことで感覚が研ぎ澄まされたんですかね? 普段は気付かない部分にも気付くようになった気がします」


「技を磨くだけでなく、こういう修行方法もあるということか。勉強になる」


 各々が感想を漏らす先には、緑色のジャージを着て木の葉になりきっているつもりらしい大竹丸の姿があった。樹上で四肢を着き、背を反らせ、片足を上げる独特のポーズを取っている。どうやら本人はコノハムシのつもりで擬態しているらしい。


「問題はここからだ」


「見つけるまでは出来ています。……が、とにかく逃げ足が早い」


「直線的に追うと罠もあるからな。どうする? 囲むか?」


 柴田たちは大竹丸に聞こえないように小声で相談を始める。大竹丸はまだその相談風景に気付いていないのか動く様子はない。


「その前に周囲をちゃんと確認しよう。なんとなくだが、俺はあの辺に罠があるように見える」


「奇遇ですね。私もそこにあるように見えています」


 柴田と甲斐の視線の先には草の生い茂った地面があり、一見すると何の変哲も無いように見える。だが、十日もの間に研ぎ澄まされた彼らの感性には何かしら引っ掛かるものがあったらしい。自衛官らしい鋭い目付きでその場所を睨む。


「俺たちも罠に慣れたということか。どうやら何処に罠があるか分かるようになってきたようだな。……手合わせをしに来ただけでこんな事になっているのは解せないが」


「というか、そういう方向で強くなるのはありなのか? いや、隊に戻った時助かるんだが……」


「私は討伐以外にも仕事が増えそうで嫌なんですけど……。報告をなんとか誤魔化せないでしょうか……」


「俺は探索者としてやっていくのには助かるんだろうな。……まぁ、手合わせしに来ただけなんだが」


 手合わせについてをスルーされているのが悔しいのか、やたらと手合わせを強調してくる渡辺。彼は自分が巻き込まれただけだと言いたいのかもしれない。だが、ここで彼に抜けられるわけにもいかないので自衛官二人はスルーを続ける。


「では、三方向よりそれぞれ罠に気を付けて迫るということでどうでしょう?」


「速度から言ったら甲斐が一番早いだろ。俺と渡辺さんで逃げる方向を限定するから、不意をついて捕まえるってのはどうだ?」


「私は良いですけど、渡辺さんは?」


「俺は構わん。というより勝率が高いならそれに賭けるべきだ」


 そして、さっさと終わらせて手合わせを、と渡辺は考えているのかもしれない。


 だが、柴田はその言葉に感心したかのように頷く。


「流石、元チャンプは勝負勘が違うな。んじゃ、甲斐よ頼むぜ」


「はい、任されました」


 柴田と甲斐は同じ二尉なのでタメ口でも良いのだが、流石に年齢差がそれを躊躇わせるのか。甲斐は柴田に対して丁寧な口調で接する。


 いや、その原因は年齢だけではない。


 甲斐が驚いたのは、柴田の全体的な能力の高さにあった。班長としての統率力の高さ、咄嗟の判断力や機転が導き出されるまでの早さ、そしてひとつの戦術に固執しない柔軟性に、個人としての武の力……、全てが高水準でかなり穴の少ない人物に彼女には見えたのだ。それが、彼女に柴田に対する敬意を生み出していたのである。


(彼を東部方面隊に引き抜けませんかね? 異動の希望とか無いか、ちょっと後で聞いてみましょうか?)


 そんな事を考えて鬼ごっこをしていたからだろうか。結局、三人は大竹丸を捕まえるのに一時間もの時間を要したのであった。

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