第175話 鬼、神とならんとす。

「ゴリラなんぞ、戦闘の役にも立たぬと思うて、百鬼夜行帳から出しもせんかったが……。最後の最後で相手の気を引くのに役立つとは、世の中何が起こるか分からぬものじゃな」


 白と黒の世界の最後の一欠片が砕け散り、世界が色を取り戻す中で、大竹丸は拳を振り抜いた姿勢のままに、重力に引かれて落ちていく。


 大竹丸の目の前には一撃を受けて、尚、微笑を崩さない――いや、それどころか益々笑みを深める神の姿があった。


 神はくぐもった笑い声を上げながら、だが、やがてその笑い声も明瞭に聞こえるようになり、そして最後には一頻り笑い終えた後で、朗々と響く声で言葉を紡ぎ出す。


「見事!」


 その様子には、まだまだ余裕があり、幾らでも再戦出来そうな雰囲気があったが、神はその光の体を弾けさせると、最初のダンジョンマスターである肉の体へと戻っていた。


 その光景を見て、大竹丸は神に戦う意思が無い事を確信する。


「今回は私の負けだ! というわけで約束通り、神の座は君に譲るとしよう!」


「要らぬわ。面倒臭い……」


 神が大竹丸と一緒に落下をしながら告げるが、大竹丸はその言葉を速攻で拒否する。


 それなりの立場には、それなりの責任が伴う事を大竹丸も知っているのだろう。


 それが、神ともなれば相応のものになるだろうとも予測がつく。


「そもそも、この世界は神を心の拠り所としておる者もおるが、の存在なんぞ誰も望んではおらぬよ!」


「導く者、護る者がおらねば、それは無秩序の世界へと歩み出すのではないのかい?」


「人間はそこまで馬鹿でも無いんじゃよ」


 大竹丸の言葉に神が何事かを考え、そしてひとつ頷く。


「では、干渉しない神として、今後は頑張ってくれたまえ!」


「話、聞いておったか? 神にはならんと言うておろうに……」


「というか、私が神を辞めたいのだ」


「は?」


 神の突然の言葉に、大竹丸の脳は一瞬思考を止める。


 そんな大竹丸の様子には構わずに、神は訥々と続けていた。


「今回、大竹丸と戦ってみて分かった! 私は別に神になりたくてなったわけではない。他者と競い合ったり、他者と切磋琢磨するのが好きであって、頂点に居座り続ける事が好きなわけではないのだ! 誰よりも上に行きたかったからこそ、神になってしまっただけで、神としてふんぞり返りたかったわけではないのだよ!」


「じゃからと言って、妾に神を押し付けるな! 妾じゃって、のんびりダンジョン運営して、ゆったりスローライフをしたいんじゃからな!」


「神なら、アレだぞ? ダンジョンの難易度とかダンジョンの所在とか、ダンジョンの数とか、その辺、色々と干渉出来るぞ?」


「そんなのは、玉藻前に相談した所でも、どうにも出来るじゃろ! アヤツが作った代物じゃと言っておったからな!」


「えぇい! 良いから、さっさと神の座に着け! 私もいい加減自由の身になりたいんだ!」


「意見が通らないからって逆ギレするのは、神としてどうなんじゃ⁉」


「私、もう神じゃないもーん」


「餓鬼か! 御主は!」


 子供のような二人の口喧嘩は、彼らが地上に降り立つまで続くのであった……。


 ★


「――というわけで、新しく神になってしまったのじゃが、妾はどうしたら良いのじゃろうな?」


「いや、知らないよ! タケちゃんのやりたいようにやれば良いんじゃないの?」


 地上に着いた瞬間に、神は大竹丸に完全なる世界の真理を授けて、何処かへと行ってしまった。


 本人曰く、「色々な次元を旅して、色々な物や生物と関わりたい」と言っていたので、もう無理難題を吹っ掛けて生物の生存競争に関わる事もないだろう。


 ダンジョンデュエルは大竹丸があっさりとダンジョンコアを探し出して破壊し、風雲タケちゃんランドの勝利に終わった。


 その結果、世界中にモンスターが蔓延るような状況は終わりを告げたのだが、依然としてダンジョンは世の中に残り続けている。


 これは、大竹丸がダンジョン運営によって資金を稼いでいる為……というよりは、この状況を終わらせても良いものか悩んでいるというのが正しいだろう。


 ダンジョンという摩訶不思議な環境が出来た事で、人生が変わってしまった者もいるし、ダンジョンの為に色々と投げうって、命を懸けた者たちもいる事だろう。


 そんな人々の思いを考えると、大竹丸だけの意見でいきなりダンジョンを閉鎖して、元の地球の状況に戻しますというわけにはいかないのであった。


「ダンジョンを失くして、元の世界に戻そうというのはなかなかに難しいのかもしれぬな……」


 自分の家の縁側に腰掛けて、毒ペを嗜んでいた大竹丸がポツリと言うのを聞いて、切った羊羹を持ってきた小鈴が慌てたように声を上げる。


「いや、それ、困るよ! 私、ダンジョン推薦で大学決まったのに! ダンジョン無くなっちゃったら、ただの小娘だよ! ダンジョン廃止反対! ダンジョン廃止反対!」


「いや、とはいえじゃ……。ダンジョンを放っておくと、色々と危険な事も多いじゃろ? 無理にアタックして死ぬ人間も多いじゃろうし……。そうなると、何とか出来る妾が何で何もしなかったんだ? と責められる展開になるじゃろう?」


 プリプリの羊羹を竹で出来た爪楊枝で刺して口元に運びながら、大竹丸は甘味に舌鼓を打つ。


 毒ペと羊羹の組み合わせは果たしてどうなのだろうかとは思うが、大竹丸的には有りらしい。


 美味そうに頬張る。


「でも、ほら、折角、探索者の制度とかも作ってもらったんだし、もうちょっとだけでも続けて良いんじゃない? いきなり廃止は色々と困る人が出てくると思うな」


「まぁ、様々な方面に迷惑は掛けておるからのう。それが支払いペイ出来るまではダンジョンを残しておこうかのう……」


 というわけで、どうやらこの世界にはダンジョンが残る事になったらしい。


 それが、良い事なのか、悪い事なのかは判断に困る所ではある。


「大体、ダンジョン失くしちゃったら、アスカさんたちとも、もう会えなくなっちゃうんだよ? タケちゃんの一存で決めて良い事じゃないでしょ?」


「そんな事言ってものう」


「あ、何か、私のこと噂してました?」


 大竹丸が困った顔をしていると、ひょいと庭の片隅からアスカが顔を出す。


 いや、アスカだけではない。


 嬢や葛葉、それにミケや不死鳥、不死王までいる。


 その姿を見て、大竹丸がこめかみを押さえてみせていた。


「御主等、また百鬼夜行帳の中から抜け出したのか……」


 大竹丸が言う通り、葛葉が次元を渡る術を身に付けたせいで、既に百鬼夜行帳は妖怪たちを縛り付けるだけの効力を失っていた。


 そう、葛葉に頼めば、いつでもどこでも好きな所に出現出来るのだ。


 そんな彼らは、やたらとデカイハンバーガーなどを食べながら、大竹丸が座っていた縁側へと座り込む。大所帯の完成である。


「というか、何じゃ、そのハンバーガーは……」


「ジムに奢ってもらった。……アメリカまで送ったお駄賃」


 嬢が答えるが、その答えに納得のいかない表情を大竹丸はみせる。


「送ったのは、葛葉じゃろうに……。何で御主たちまで貰っとるんじゃ……」


「ついでだって、ジムさん言ってましたよ」


「妾も送っていけば良かった!」


「神様なのに、ちっちゃな事を気にするよねぇ、タケちゃんって。……皆さん、何か飲み物要ります?」


 小鈴の言葉に皆が思い思いの注文を告げる中、大竹丸は大きくため息を吐き出してから、晴れ渡る空を見上げる。


 考えるのは、これからの神としての自分の在り方だ。


 確かに、ハンバーガーを奢られなかったからと憤慨している場合ではない。


「うーむ。小さい事を気にせずに、大きい事を気にするとなれば、汚れてしまった地球の大気を綺麗にしたり、砂漠化が進んだ土壌とかを変えねばならぬのかのう……」


「馬鹿なの、大竹丸。……そんな事する必要ない」


 嬢の言葉に驚いて視線を向ければ、彼女は明後日の方向を向きながら、麦茶を啜っていた。


 どうやら、小鈴から調達したらしい。


 感情の読めない表情のままに啜る。


「ズズッ……。この星の環境を壊したのは、この星の者たちなんだから、後始末はやった奴にやらせる。……甘やかしていたら、いつまで経っても成長しない」


「それも真理かのう……」


 かつての人間は、無知の恐怖を拭い去る為に、神秘や未知を科学技術という暴力を以て追い払った。


 その結果、世界からは闇が払われ、夜も明るく輝く空間が広がり、自然と共にあった妖怪たちは世界の片隅に追いやられたのだ。


 だが、その武器であったはずの科学技術を振り回し過ぎた結果、自然は減少し、人は自分たちが住む星を徐々に破壊しているのが現状だ。


 そんな状況の中で、神が仏心を出して星の環境を回復すれば、星の環境を壊した張本人たちは反省もせずに、同じサイクルを繰り返す事だろう。


 嬢が指摘したのは、そういう事だ。


 だから、壊した環境の立て直しは、人の手によって成すべきだと嬢は言いたいに違いない。


「まぁ、神様になったからといって、マスターが何かをする必要は無いって事です」


 アスカも嬢に追随するようにして、そう言う。


「それに、もし、現状でどうにもならない状況になってしまっても、ダンジョンがあります! DPを貯めれば、地球の環境を改善できるような代物ぐらい買えるようになりますよ! きっと!」


「自己中の人間たちがそんな事に貯めたDPを使うかニャー……?」


 アスカの気楽な発言にミケが懐疑的な声を上げ、大竹丸も少しばかり疑ってしまったが……。


「まぁ、これからの人類の行く末をのんびりと見定めてみるのも神の務めなのかもしれぬなぁ……」


 そう呟いて、期待とも、諦観にも見える笑みを浮かべるのであった。


【完】


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 ここまで、お読み頂きありがとうございました。

 本作は、これにて完結とさせて頂きたいと思います。

 そもそも、本作はプロット無し、思い付きで開始したせいで、着地点自体も結構アバウトでして、毎週「今回、どうしよう?」と頭を悩ませる日々でした……。

 神と戦う事は当初から想定はしていましたが、その後のギミックは特に用意していなかったので、この辺が終点で良いのかなと思い、終わらせたいと思います。

 長い間お付き合い頂きありがとうございました。

 また、機会があれば次作でお会い致しましょう。

 では。

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現代に生きる鬼、ダンジョンを攻略す。 ぽち @kamitubata

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