第26話 鬼、一次探索者資格試験を受けんとす。⑤

 ★


 順番無視をした少女……大竹丸の記録は正式採用されて多方面で物議を醸し出したりするのだが、それは今は置いておこう。


 さて、攻撃力試験の続きだが……。


「っしゃーーーーっ! こんにゃろーっ!」


 ルーシーの渾身のストレートがサンドバッグに突き刺さり、91pt。ちなみに男子平均が80ptほどなので女子としては破格の数値だ。


「どうだー!」


 ガッツポーズも男らしい。実は中身は男なのではと大竹丸が思い始めたほどである。だが体つきは頗る女の子らしい。混乱する大竹丸であった。


「次は私。ぐふふ、見ててね、だーりん」


「妾はだーりんではないのだが……」


 むしろ、ダーリンっぽいのはルーシーではないのかと小一時間言いたいぐらいである。


 そんな中、あざみの番となる。彼女は拳でも蹴りでもなく肩口からのタックルでサンドバッグに突っ込む。


 ――76pt。


 まずまずの成績だ。


「私にしては上手くいった方」


「体重が衝撃に乗るからのう。考えたのう」


「ダーリンに誉められた……!」


「ダーリンではないと言うに……」


「はいはいはいー! 次は私だよ! タケちゃん見ててね!」


「うむ、頑張るのじゃ」


 小鈴は肩をぶんぶんと回すとそのままの勢いで拳をサンドバッグに叩き付ける。その際に一際強い風が吹いたので、ルーシーとあざみは驚いて周囲を見渡す。だが、ここは体育館であり屋内だ。風など吹こうはずもない。


(小鈴め、神通力を使っておるな)


 眉ひとつ動かさず大竹丸はそう見てとる。そもそもこの試験の注意事項に『神通力は使ってはいけない』とは一言も記載されていないので反則ではないのだが、それでもこんな分かりやすいところで分かりやすい風を起こすのは如何なものかと大竹丸は考える。


(神通力は秘するもの。金を貰えば教えはするが基本は秘術の類じゃ。おいそれと周りにひけらかすものでもあるまい……とひと昔前の妾であったのなら思っていたはずじゃが)


 ところがどっこい。今はもう魔法が日常になりつつある魔法革命の時代だ。むしろ、神通力を日常的に使っていくことで、魔法とは違うがこんな力もありますよというアピールになるのではと大竹丸は考えていた。


 そう、大竹丸は神通力レッスンの見返りに金を得る商売にまだ見切りをつけていなかったのだ!


(ふふふ、神通力をこれ見よがしにアピールし、神通力レッスンツアーなんぞも企画してみたりして、ゆくゆくは札束の風呂に浸かってみたいものじゃな! 呵々!)


 やはり三百年生きて俗世に染まり切っていた鬼の考えることは、俗物と何ら変わりが無かった。高潔な魂も純粋な夢もなく、ただあるのは欲望のみなのか。彼女にはその内天罰が下るのかもしれない。


「やったー! 百二十二ポイントだー!」


「すげぇ!」


「小鈴ちゃん、ゴリラ過ぎ」


「ゴリラじゃないもん!」


 122ptは男子のアスリート並になるのだが、そこに小鈴は気付いているのかどうか。


 あざみ以外はまずまずの成績を収めた彼女たちは意気軒昂に次の測定に向かう。


 尚、百メートル走で転んでしまった奥村は膝の怪我が痛かったのか72ptとあまり奮わずに終わっている。


 ★


 さて続いての測定種目は跳躍力測定なのだが……。


「ふむ、届いてしまったな」


 大竹丸は軽々と体育館の天井にタッチ。そのまま指のピンチ力だけでぶら下がるという離れ業を見せた後、悠々と着地していた。またも驚異の身体能力を見せつける結果となったことに周りも乾いた笑いしか出てこない。


 そして、ルーシー、あざみ、小鈴もそれぞれに記録を測定。やはり神通力を用いている小鈴がトップの記録で他はルーシーが男子平均を上回る健闘ぶり。あざみ自体は着ぐるみが行動を阻害したのか、記録は奮わなかった。


 続いての測定種目である反復横飛び。そこでまた事件が起きる。


「タケちゃんが凄いのは分かっていたけど……」


「ふむ、凄まじいの……」


「あざみは昔っからこれだけは得意なんだよな……」


 大竹丸には及ばないものの、柊あざみが圧倒的な記録を打ち立てて、今までの負け分を取り返す巧みな取り戻しナイスリカバーを見せた。


「昔、忍者に憧れて凄く練習した過去が活きた」


 そして今はペペぺポップ様の使徒らしい。相変わらず謎な少女である。


 そして視力検査、聴力検査では特に問題も起きずに(ランドルト環を最後まで読んでしまう人間はそれなりにいた為、大竹丸が目立つことは無かった)、少女たちは最終種目を迎えることとなる。それが地獄の三千メートル持久走であった。


 ★


「今回の三千メートル持久走ではこれを背負って走って貰います」


 校庭に作られたトラックの内側に死んだ顔をした人々が大勢いた為、勘の鋭い者は何となく嫌な予感がしていたことだろう。そうして測定員に渡されたのは、重さ十キロはありそうな大きな背嚢であった。


「探索者である以上、武器防具の装備をすることは必須です。その重さを加えた上でスタミナがどれくらいあるのかを測るのが、この種目の趣旨となります」


 何せ、武器、防具を装備することにより攻撃力や防御力のステータスが上がるのだから、レベル制でステータスが上がらない分、装備を付けることは現状まず必須事項なのだ。そして、その装備をしてどこまで動けるのかというのは確かに重要なポイントではあった。


「う、重いかも……」


「これ、結構くるなぁ……」


「私、完走は無理かも……」


 背嚢を背負った女子高生たち三人は次々と弱音を吐き出す。ここまで頑張ってきた彼女たちだが、大人でも厳しそうな測定種目を前にして尻込みをしているようだ。一方の大竹丸は平気な顔で背嚢を背負って動き回ってみせる。


「ふむ。誤差じゃな」


「「「凄すぎる……」」」


「では、準備が出来た方、スタートラインについて下さい」


 測定員の言葉に従って、ぞろぞろと移動する探索者志望の者たち。一部を除いて、その顔にはちゃんとゴール出来るのだろうかという不安が見て取れた。そんな不安を余所にスターターは片腕を掲げ、スターターピストルを鳴らす。乾いた音の合図で一斉に走り出す者たちの中、一人だけ走り出さない者がいた。


 大竹丸である。


「あのー、走らないんですか?」


 思わず測定員もそう声を掛ける。


「妾の今までの記録なら走らんでも合格は可能じゃろ」


「えーと、まぁ、そうかもしれないですね……」


 測定員の女性は手元のタブレット型端末を操作して大竹丸の記録を確認する。その結果は目を疑うほど圧倒的であり、一種目を抜いたとしても合格出来るであろうことは確実であった。だが、それをはっきりと伝えるわけにもいかず、測定員は言葉を濁す。


「じゃから、妾は皆を励まして走ろうと思ってな」


 そう言って大竹丸は非常にゆっくりとしたペースで走り出す。どうやらここまで頑張った面々を励ましつつ走るようだ。そんな後ろ姿を見て、測定員の女性は「はぁ」と嘆息を吐き出す。


「これは記録について突っ込みが来るでしょうから補足が必要ですね。何と書いたら良いものか……」


 好意的に書くべきか、それとも否定的に書くべきか。測定員はそんなことに頭を悩ませる。そんな測定員の様子をちらりと確認してから、大竹丸はひっそりと笑みを浮かべていた。


(すまんな。少しだけ意識を逸らさせて貰ったぞ)


 その瞬間を待っていたとばかりに大竹丸は口の中で呪を唱え、即座に神通力を発動する。すると――。


「んんん?」


「あれ? 急に背中の重みが……」


「これなら私でも走れる?」


 小鈴たちの背中の背嚢リュックサックが途端に軽くなる。


(まぁ、成人男子に混じって頑張る女学生へのちょっとした配慮ハンデのようなものじゃよ。ついでにこれからパンケーキを食べに行くのじゃからな。お通夜みたいな雰囲気にはしたくないのじゃ。すまんのう)


 少しずるいかもしれないが、その分、大竹丸も最後尾を走る者たちをきちんと励まして走った。その結果かどうかは分からないが、大竹丸と一緒に走った組では脱落者を出すことはなく、全員が完走することが出来たのである。


 ★


 かくして、一次試験は終わり、一週間後にはその結果が各々の家に届く。試験者の内容は悲喜こもごもであったが、大竹丸の元には……。


「九十二点で一次試験突破じゃな。まぁ、当然じゃろう」


「八十六点で私も突破したよー! 次は三日後に実地試験だって! 頑張ろー!」


 当然のように一次試験突破の通知が届いていたのであった。

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