第4話 鬼、痛恨のミスをす。
「いてっ」
「え?」
「切れない、ダッテ……?」
三者三様。その時抱いた思いは互いに違えども、僅かばかりに硬直したのは皆同じであった。そして、誰よりも早く硬直から復帰したのは何を隠そう
「馬鹿な! 馬鹿な! 馬鹿な! ボクちんのレベルは千二百オーバーなんだゾ! それが何で小娘の首ひとつ落とせないんだヨ! これじゃあダンジョンギミックを捨てて、ボクちんたちの強さに拘った主殿に申し訳が……」
「悪いが、こんなナマクラでは切れるものも切れぬじゃろうて」
「何ィ~!?」
殺人道化師が視線を向けると、そこには刃が潰された大鎌が大竹丸の首に掛かっている光景があった。
「あぁ……? んん……?」
混乱する殺人道化師。確かにあれだけ刃の丸まった鎌であれば切れる筈もない、と思わず納得しかけてしまうが、それは無いと殺人道化師の理性が止める。
(あの鎌はつい先程までは何の異常もなかっタ! いきなりこうなるわけがナイ……!)
この時点で惑う心を表に出さなかった殺人道化師は見事であったと言えよう。だが、その違和感を感じ取ったのであれば『直ぐ様そこから逃げるべき』であったのだ。この相手は道理の通じる相手ではないのだから。
「ふむ。奇術を見せて貰おうかと思ったが、むしろ妾が奇術のようなものを見せてしまったな。ならば、妾も御主の流儀に則ってしっかりとお代を払って貰わねばならんのう」
刹那、殺人道化師の視界が反転する。
頭頂部が地面を、顎が天井を向き、彼は何が起きたのか全く理解が出来ない。だが、次の大竹丸の言葉で自分が一体どうなったのかを知ることになる。
「こんなものをもぎって何が楽しいんじゃ? 性格暗いぞ、御主?」
大竹丸は刹那で
――自分の首がもぎられた。
それを理解した瞬間、殺人道化師の視界の片隅で首から血を噴いて倒れ込む黒タイツ姿の自分の身体が映り込む。理解をしてしまえば、後は早い。殺人道化師の口内にじわりと鉄の味が広がり、部屋の中の暗さが徐々に引いていく。
「ふむ、暗がりはコヤツの力であったか」
「まさカ……、まさカ……、まさカ……! このボクを一撃でだなんて嘘デショ……! 君たちは一体……? だが、悲しいかな、ヨヨヨ……。ボクちんは四天王の中でも一番の下っ端……。この門を例え通れたとしても、結論は変わらないのサ……。お前たちはボクちん以上の絶望に巡り合い……、そして苦しんで死ヌ……! あぁ、楽しみだヨ……! 君たちがどんな絶望に苛まレ……、後悔を抱いて死んでいくのかと思うト……、心が踊ル……!」
「なんじゃ、元気じゃのう。それに喧嘩を売っておるのなら、最初から……」
「タケちゃん! 後ろ!」
不満そうな表情を見せた大竹丸の背後に、倒れた筈の道化師の胴体が音もなく立ち上がる。
その胴体の左手には曲芸で使うような投擲用のナイフが握られており、そのナイフの刃は黒ずんだ色の液体に
「!」
「ヴァーカ! ボクちんは元々身体のパーツをヴァラヴァラに動かせるんだヨ! 鎌だけがキミの首に掛かったのも、それが理由サァ! 頭が分離したぐらいでボクちんが死ぬかヨォ! ヒャハハハ! 見事に騙されやがって! じゃあネ! バイビー!」
「なんじゃ、モンスターというのも案外阿呆じゃのう」
絶体絶命のピンチだというのにも関わらず、大竹丸は
「……ア゛?」
その態度に殺人道化師の苛立った声が漏れるが、大竹丸が態度を崩すことはなかった。
「自分の頭をもぎる動きすら察知出来なかったというに、敵の前で長口上……。今度はナイフが奪われたことに気付きもせぬとは、阿呆でなくて何だと言うのじゃ? ふむ、間抜けか?」
「あ? あぁ……? ナイフが無い……? ナンデ! ナイフが無いんだヨッ! だったら――」
「予備のナイフか? それとも、隠し持っていたナイフかのう? まぁ、それも既に処理済みじゃがな」
カラカラと乾いた音を立てて、複数のナイフが床に転がる。殺人道化師は目の前の少女に得体のしれなさを覚えて思わず言葉を詰まらせる。
「細工は終わりかのう。では、御主がどこまでバラバラになっても生きていられるか試してみようか。何、塵になっても生きていられるようであれば、見逃してやらんでもないぞ。さて、妾を楽しませてみせよ」
無邪気に、そして見惚れるような美しい表情で大竹丸は
だからこそ、殺人道化師は彼女に恐怖を覚えた。Sランクダンジョンの高レベルモンスターである自分が怯えるなどあり得ない話だと思いながらも、身体の震えは誤魔化せない。だからこそ、その思考に至ることは至極簡単であった。
「駄目だヨ、主殿……。コイツは一番迎え入れちゃいけない奴だヨ……。もうボクちんには、コイツを止められないヨ……。だから、だから、せめて道連れニ……!」
殺人道化師の頭が、身体が、腕が突如として眩い光を放ち出す。あっ、と思った時にはもう遅い。大竹丸の姿は轟音と共に現れた爆炎の中へと完全に消え失せていた。
「タケちゃ――ふわぁっ!?」
小鈴の足元でも鎌を持っていたらしい道化師の右腕が転がっており、それが派手に爆発する。金色に輝く光が小鈴の肌を溶かす熱量で差し迫るよりも早く、小鈴の右腕が勝手に意志を持って動き出す。いや、正確には右手に持っていた小通連が、というべきか。
――――斬ッ!
剣閃一閃。
小鈴の目の前で光が断ち斬られ、彼女を避けるようにして爆風が通り過ぎていくのを見送りながら、小鈴は乾いた喉を湿らせるかのように唾を飲み込んでいた。
「だ、大迫力……」
大竹丸に刀を借りていなかったら、恐らく死んでいたであろう恐怖を覚えながら、小鈴はハタと気付いて室内の中央へと目を向ける。
先程の大爆発は小鈴の足元だけでなく、大竹丸の至近距離でも起こっていた。もしや、それに巻き込まれたのではないかと思うと、背筋を薄ら寒いものが走る。
「タケちゃん!」
「ぐあぁぁぁっ!? や、やってくれたのぅ!」
未だに黒煙が
だが、無傷というわけでもないのだろう。
やたらと取り乱した「あ゛ーっ!」だの、「ぐぬーっ!」だのといった叫び声が聞こえる。これはもしや、大きな傷でも負ったのかと動揺する小鈴を前にして、ようやく大竹丸が姿を現す。
「だ、大丈夫!? 怪我とかしてないよね!?」
「怪我……? するわけないじゃろ!」
「でも、ぐあーだとか、ぐぬーだとか言ってたじゃない! 本当に大丈夫なの!?」
あぁ、それかと大竹丸は掌をポンと打つ。
「やられたのは、妾ではない……コヤツじゃ!」
大竹丸が小鈴の目の前で摘まんで見せたのは黒ジャージの生地であった。よくよく見てみれば、その生地が所々黒ずんでいるのが分かる。
「汚す気は無かったのじゃが、汚されたので叫んでおった!」
「紛らわしいよ!」
だが、結局何事もなくて良かったと、小鈴はひっそりと息を吐く。そんな小鈴の様子を気にする事もなく、大竹丸は目を皿のようにして床に何かが落ちてはいないかと確認し始めた。その様子は必死すぎて子供が見たら泣くレベルである。
「
「ゲームじゃないんだから、そんな都合良く落ちてないと思うなぁ!」
「見つけたぁ!」
「えぇっ!?」
だが、小鈴の予想に反して、『何か』は落ちているのであった。
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