第45話 鬼、肉は何でこんなに御飯に合うか考えんとす。

 さて、権力者に突然の呼び出しを受けた場合、貴方ならどうするか。それはもう一にも二にもなくヘコヘコしながら呼び出しに応じるか。それとも『お前の方から来い!』とイキってしまうか。大竹丸の場合は勿論というか何というか前者でも後者でも無かった。


「おぉー! 新ちゃん!」


「大鬼様、お久し振りです」


「固いのう、新ちゃんは! タケちゃんでえぇというのに!」


 松阪駅より車に揺られること五分。美味い松阪牛を食べさせてくれることで知られる老舗の割烹旅館の一室で大竹丸は旧友と再会したかのように、内閣総理大臣である伊勢新一郎と固い握手を交わす。


 その様子を見ながら、太田と甲斐がボディーガード然として伊勢の後ろに控え、急遽大竹丸のお守り役として抜擢された小鈴が大竹丸の後ろに控える。


 尚、ダンジョン探索者資格試験についてはダンジョンを出た時点で終わり――。合否の通知は後日に資格者証と共に郵送されてくるようだ。案外呆気ないものだが、資格試験というものはどれもそういったものらしい。受験者たちは文句を言うでもなく、三々五々解散していった。


 柴田班の面々も御多分に洩れず解散したわけだが、そこは割りと社交的なルーシー。黒岩や柴田とも連絡先を交換していたようである。ちなみに、あざみはそっち方面には全くの無力である。そこは人間コミュ力の差であろうか。ダンジョン適正は頭抜けいるのだが、人間誰しも得意不得意があるものだ。


 尚、小鈴と大竹丸は総理との会合こちらの件で急かされた為に、柴田たちとろくに挨拶も出来ずに別れてしまっていた。まぁ、またダンジョンの何処かで会えるだろうぐらいに大竹丸あたりは考えているのかもしれない。


「しかし、呼び出しといてぇなんだが、大鬼様は、オイラのこともちゃんと覚えていてくれたんだなぁ。ちと感動しちまったぜ」


「新ちゃんは特別じゃよ。何せ議員秘書時代から知っとるからのう。……あの時は熱かったのう」


 しみじみと語る大竹丸。


 伊勢も満更でも無いようで頭を掻いていた。


「いやぁ、若気の至りって奴さ。あの時は必死だったが、今考えてみると何て向こう見ずな野郎だったんだって肝が冷えらぁな」


「呵呵! 違いない!」


 伊勢新一郎の議員秘書時代。彼は秘書として付いていた議員から造反し、見事にその議員を蹴落として議席を確保している。その時にウグイス嬢から議員秘書までの雑用をこなす人員として雇ったのが大竹丸である。特に地元の有力者と利権の関係でズブズブだった前議員からの陰湿な嫌がらせは多く……そもそも地元の利権に関するマネーゲームにしか興味のない議員に日本の未来は任せて置けないと奮起したのが造反の理由である……数々の無理難題を伊勢の知恵と大竹丸の神通力で乗り切ったのは、彼らの友情を深めるのに一役買ったことであろう。


 故に、大竹丸は他の議員とは違い、伊勢を十把一絡げには扱わないのである。良い思い出という奴だ。


「って、違うな。今日は思い出話に花を咲かせに来たんじゃねぇや。というか、腹減ってねぇか? 松阪牛のすき焼き頼んでんだが一緒に食うかい? そっちの田村の嬢ちゃんも遠慮せずによ。奢るぜ」


「お、なんじゃ気前が良いのう。では御相伴に預かろうかのう。小鈴もそんなとこにおらんでこっちに来い。一緒に食べようではないか」


「えっ、いいのかなぁ……?」


「構わねぇって。大鬼様も良いって言ってるんだ。そこに座んな。あぁ、すまねぇが太田くん、追加注文頼めるかい? ついでに太田くんと甲斐くんも好きなものを頼むといい」


「いや――……」


 太田が一瞬断ろうという素振りを見せるが、甲斐が勢い良く首を横に振ったのを見て考えを改める。


「――では、御相伴に預からせて頂きます」


「おうよ。まぁ、どのみち経費で落ちるからな。多少高くても構わねぇぜ」


「経費でじゃと? 国民の血税でただ飯とは新ちゃんも偉くなったもんじゃ」


 その視線に若干責めるものが含まれていた為、伊勢は慌てて両手を振る。


「違うって! こりゃ必要な先行投資って奴だ!」


「なんじゃと?」


「まぁ、その辺は飯でも食いながら話そうじゃないかい」


 そう言って伊勢は意味深な笑みを浮かべるのであった。


 ★


「つまり、なんじゃ? 妾に国専属の探索者になって欲しいと?」


「まぁ、平たく言うとそうなるわな」


 ぐびりと冷酒を呑みながら――とはいえ、まるで酔った気配はないが――伊勢は真剣な表情を見せていた。内容が内容だ。酔ってポカをするわけにもいかなかった。


「時代は既に新たなステージに入っているのさ。それに気付いた国々は自分たちこそがアドバンテージを持とうと躍起になってダンジョンを攻略している。それこそ、ダンジョンが宝の山だとでも言うかのようにな。WDSUが設立されたのだってそういう背景があってのことだ。自国の軍隊だけじゃ競争に打ち勝てない。なら、国民からも有志を募ろうってなぁ。その為の基準をWDSUに作らせたのが流れさ」


「ほーん。なるほどのう」


 松阪牛のすき焼きが美味しすぎて、肉と御飯って何でこんなに合うんじゃろと話し半分に聞いていた大竹丸はなんとなく理解する。


 現在ダンジョンは各国の国際競争の舞台となっており、そこに優秀な探索者が必要なのだろう。そして、伊勢と面識のある大竹丸に白羽の矢が立ったと、そういう状況らしい。


「大鬼様の活躍は電話をもらった時から予想していたし、国の内外から専属探索者への依頼が殺到するとは考えていた。けどそれ以上に、大鬼様は今日まさにダンジョンを攻略しちまったからなぁ。多分、早いのだと明日から来るぜ?」


「んむんむ。来る? 何がじゃ? しかし、この肉美味うんまいのう……」


「いやだから、国内国外問わずの勧誘オファーがだよ。だから、オイラがに会って大鬼様に誠意を見せに来たんじゃないか。勿論、国家公認探索者になってくれた時の特典も考えているぜ。コイツを見てくれ。オイラや各大臣、各代表が知恵を絞って考えた内容だ」


 高級そうな鞄から取り出した紙を伊勢は自ら大竹丸に渡しにくる。これが誠意というものなのだろうか。


「ふむ、ほうほう……。凄いのう。至れり尽くせりの内容じゃのう。もぐもぐ」


 ダンジョン関連商品の売買に関する税金の免除から、ダンジョン内の商売に対する免状。各種ダンジョン関連施設の無料優待、もしくは割り引き優待の特権。更には年度内の活躍に応じた賞与の受給や保険の適用まで記載されている。明らかに大竹丸に優位な内容がてんこ盛りだ。


「こりゃ随分盛ったのう。国家公認探索者制度こんなものを発表して国民に批判は受けんのか?」


「国民の批判は覚悟の上だったが、どうやらその辺は杞憂に終わりそうだ」


「ふむ?」


「さっき秘書に聞いたが大鬼様の活躍がネットで恐ろしいスピードで拡散されているらしくってな。むしろ、地球に新たな英雄が生まれたぐらいの勢いらしい。そんな存在の海外流出を防ぐ為だと言えば国民も納得してくれるんじゃないか……と睨んでいる」


「ふむ、英雄のう。まるで実感が無いんじゃが」


「まぁ、周りが騒いでいても大鬼様はマイペースだからなぁ。田村の嬢ちゃんも苦労するだろ?」


「はい、タケちゃんには毎回苦労しています!」


「うむ! 申し訳ない!」


 明るく謝られては強くも言えないのか、小鈴は不満げに口を結ぶしかない。そんな様子に笑みを見せながら伊勢は冷酒を一杯。美味そうに喉を潤す。


「だが、本当に大鬼様は今の日本政府に必要な人材なんだ。ダンジョン産素材の研究開発の為に大量確保して欲しいって言ったら応えられるだろう?」


「まぁ、DPは割りとある方じゃしな。出すものさえ出してくれるなら考えんでもないのう」


 大竹丸の言葉に、ニヤリと伊勢は笑みを深める。そして続ける。


「探索者が謎の失踪を遂げる危険なダンジョンを調査して欲しいって言ったらどうするよ?」


「勿論、貰える物さえ貰えれば動くぞ」


「そんな存在を一企業の契約探索者や米、中なんぞの公的機関に掻っ攫われるわけにはいかんのよ! 日本こっちの損失が大き過ぎらぁ!」


「なるほどのう。つまり、このオイシイ条件と共に妾にそのような雑事をやらせようという魂胆か」


 ぎくり……と伊勢はならなかった。これだけの情報を出せば、大竹丸ならその程度は思い当たるだろうと思っていたからだ。そして、その条件に気付いてなお大竹丸なら――。


「分かった。えぇぞ。引き受けよう」


 ――そう言ってくれると思っていたとばかりに笑みを深める伊勢だったが……。


「ただし、ひとつ条件があるがのう」


 その言葉に伊勢は鳩が豆鉄砲を食ったような顔を見せる。珍しく伊勢が笑顔という名の鉄面皮を脱いだ瞬間である。


「条件? なんでぇ、それは?」


「妾が作った風雲タケちゃんランドの税金をタダに出来んかのう?」


「風雲タケちゃんランド?」


「言うたじゃろ。ダンジョンで商売がしたいと」


「ダンジョンで商売ってぇのはダンジョン産の代物を必要な研究機関とかに売るって話でぇなく……?」


「違うのう。元S級ダンジョンをそのまま改装した冒険者育成アクティビティが風雲タケちゃんランドじゃ!」


「「え、S級ダンジョン!? それを改装!?」」


 その言葉に太田と甲斐が思わず声を漏らす。そして、伊勢は目を丸くして驚いていた。初耳だったからである。


「おいおい! オイラはそんな事聞いてねぇぞ!」


「説明する前に電話を切られたんじゃがなぁ……」


「そうだったかい? 覚えがねぇなぁ……」


 実際は大竹丸がダンジョンで商売がしたい(風雲タケちゃんランド)と言ったのを、ダンジョンで商売がしたい(DP産のアイテムを売る)と捉えてしまったが故の勘違いなのだが、何分なにぶんひと月前の会話である為に伊勢は明確には覚えていないようだ。覚えが御座いませんという奴だろう。


「ちと、その件については初耳だったから、すまんが持ち帰らせて協議させて貰えねぇかい?」


「えぇぞ。……そうじゃ、何じゃったら体験していくかのう?」


「――は?」


「じゃから風雲タケちゃんランドじゃよ! 妾が作った自慢のアクティビティじゃからな! 是非とも体験していくと良いぞ!」


「いや、オイラは……」


 と断りかけたところで、実際にどんな施設なのか知らないのは問題じゃないか、という思いが湧き上がる。特に、この大鬼様は常識の外の存在なのだ。きちんと体験しておく事は非常に大大切だと思われた。そして、チラッと太田と甲斐に視線を向けると太田がコクリと頷く。


「総理の護衛に『スキル持ち』は一人は必要ですが、どちらか一人だけでしたら体験しに行くことも可能かと」


「そうかい? んじゃ、後で報告が欲しいからどっちかに行って欲しいんだが……どっちが行く?」


「でしたら、自分が立候補します」


 そう言って顔を上げたのは甲斐だ。東部方面隊ダンジョン対策部攻略一課のエース。その肩書きを持つ者が、鬼の作ったアクティビティにどこまで通じるのか挑もうというのだろう。その目はどこか玩具を前にした子供のように輝いていた。


「それじゃあ、甲斐くんお願いな。大鬼様もお手柔らかに頼むぜ?」


「大丈夫じゃよ。そこで小鈴も鍛え直すつもりじゃしな。無理をするつもりは無いぞ」


「えぇっ! 私もやるの!?」


「当たり前じゃ! 妾が国家公認探索者となったら、その仲間として色眼鏡で見られるんじゃぞ! 不甲斐ない姿は見せられんじゃろうが!」


「分かったよー……。でも、それならルーシーちゃんもあざみちゃんも道連みちづ――呼んで良いよね?」


「えぇぞ。ついでにクロと柴田殿も呼べるなら呼んでやれ。全員まとめて鍛え直してやるわ! 呵呵!」


 御機嫌に笑う大竹丸。だが、その表情に小鈴は不安しか覚えないのであった。

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