第101話 越後の昇りリュウ③
最初にダンジョン発見の報がもたらされて二年の月日が経ちつつある昨今、世間一般では『全国各地のほとんどのダンジョンが発見されたであろう』という認識が持たれつつあった。
事実、最近は新規ダンジョン発見のニュースもなく、ダンジョン関連の話題も落ち着いている。それは世間一般が急遽湧いたダンジョンに慣れてきたという意味合いもあるだろうが、実際にほとんどのダンジョンが把握されているということもあるのだろう。
そんな中、新潟県ではその存在を知られるダンジョンとして、三つのダンジョンが存在していた。
ひとつは、長尾絶、小島沙耶が攻略したとされる春日山ダンジョン。
そして、もうひとつは
そして、最後のひとつが新潟県西蒲原郡にある
★
「いや、これ、イヤヒコとは読めなくないですか?」
彌彦神社の境内の端に仮設のテントが設置され、そこが臨時の撮影所兼スタッフ控室として利用されていた。
その近くには地面にパックリと割れた大穴が開いており、そこがダンジョンへと続く入り口となっているらしい。
ロケ班が潜った際には、中は広大なフィールド型ダンジョンとなっているらしく、一面に森林地帯が広がっていたという情報が得られている。
そんなダンジョンの入り口を目の前にしながら、周藤隆治は自身の探索者用装備に身を包みつつ、軽口を叩いていた。
ダンジョン探索をなめているわけではないが、仕事の前にマネージャーやスタッフたちと軽口を叩き合って気分を上げていくのは、彼の調整法のひとつなのだ。それで仕事が上手くいくのなら、と隆治の担当マネージャーも付き合う。
「まぁね。だから、探索者の間ではヤヒコとか、ヤヒコダンジョンとか呼ばれているらしいわよ。むしろ、それが定着しつつあるみたい」
「ふーん。それ大丈夫ですか? ゲストさんにその話が伝わっていなかったりしたら、今頃イヤヒコダンジョンを探して迷っていたりして……」
「いやぁ、流石に地図も送っておいたから迷子はないでしょ~」
隆治の担当マネージャーが肩を竦め、隆治もそれはないかと笑みを零す。やがて、隆治の予想通り、撮影現場にようやく今回のゲストが到着する。重役出勤のようなものだが、今回のゲストは現役の女子高生であり、半日分の授業に出てからの到着となったため遅れての到着であった。
頭頂部で結んだ癖の無い黒髪を風に揺らしながら、白の胴着と黒の袴を穿いた姿は正しく大和撫子を体現する少女。
だが、その腰には一本の武骨な木刀がぶら下がっており、なんとも少女の雰囲気とは一致しない。
日本政府公認探索者第六席、
そして、その背後に付き添うようにして、前髪で目元を覆った女性がタンクトップにジーンズ姿といったラフな格好で現れる。恐らくは汚れても良いような格好ということなのだろうが、それにしても薄着過ぎるのは如何ともし難い。恐らくはモンスターから一撃も食らう気が無いからこその格好なのだろうが、それが過信ではないことを祈るのみだ。
彼女こそが長尾絶が師匠と呼んで憚らない武神、
沙耶は腰の後ろに小太刀二刀を挿しており、本日はその武器で戦うようだ。
現場に遅れて入った二人は、とりあえず手当たり次第に挨拶を行っていた。
現場のスタッフも丁寧な態度に少々驚きつつも、初々しさを感じるのか、和やかな雰囲気となっている。
隆治も現場の空気を悪くしたくはないので、自ら近付いて彼女たちに声を掛ける。
「やぁ、こんにちは。今日はよろしくお願いします」
「あ、周藤隆治」
「よろしく」
「こちらこそ」
だが、絶に手を握り返されて、隆治が驚く。その手は、女子高生の手にしてはあまりに堅く、そして分厚く感じたからであった。
こういう手をしている者は鍛えている者だと、隆治は本能的に理解する。
小学生の頃に習い事として合気道を習っていた時の記憶が思わず甦る。あの時の師範の手も今と同じようなゴツゴツした手だったという記憶があったからだ。
「…………」
その時のことを思い出し、隆治はまじまじと絶の手を握る。
「いつまで姫の手を握っているんですか」
どこか呆れたように沙耶に言われて、隆治は慌ててその手を離していた。一歩間違えれば事案となってしまう案件である。
「いやぁ、凄い手だと思って」
「それでもあれだけ握っていたらセクハラですよ。しかも、相手は現役女子高生ですからね」
「あはは、申し訳ない」
「申し訳ないと思うのなら――」
今まで黙っていた絶が一歩前に出る。ずずぃっと詰め寄ってくる態度に隆治も思わず一歩を後退っていた。
「――サインくれない?」
「良いけど……もしかして俺のファン?」
公認探索者第六席が自分のファンだとしたら大変名誉なことだと思いながら聞くと、
「お母さんが欲しいらしい。私は時代劇以外あまりテレビは見ない」
「ははは、それじゃあ今度は俺も時代劇に出れるように頑張ってみるよ」
そういえば、大河ドラマのオファーがあったなぁと考えながら、隆治はマネージャーに頼んで色紙とペンを用意させるのであった。
★
とりあえず、全員が揃ったところで今回の撮影の詳細が説明される。
今回、主役は隆治であり、隆治の探索者としての活動風景をドキュメンタリー風に撮影していくらしい。絶たちはテレビに映らないが、撮影のために雑魚モンスターの間引きやいざという時の隆治の護衛をお願いするとのことであった。
「でも、折角、第六席が来てくれているんですから、カメラで撮った方が良くないですか? その方が探索者を目指す人たちも興味を示すと思うんですけど」
「ボクもそう言ったんだけどねぇ。本人が出演NGでね」
「私は目立つために探索者となったわけじゃない。人々の心から少しでも不安を取り除きたいと考えた結果、探索者となった。だから、テレビに出ろと言われても困る」
「そうそう。私たちはゲストではありますが、裏方だと思って頂ければ」
絶の頑なな態度をフォローするように沙耶がとりなす。それでは、ゲストの意味が無いんだよなぁとディレクターが困り顔だが、絶はとりつくしまもないようだ。頑なな態度を崩そうとはしない。ディレクターも諦めて進める。
「まぁ、気が変わったら、ということで……」
「というか、第六席以外にも沢山雇ったんだね?」
隆治が驚いたのは他にも地元の探索者パーティーを護衛兼露払いとして、二パーティーも雇っていたことだ。第六席だけでは手が回らないと考えたらしい。
それに加え、この二パーティーは彌彦ダンジョンに現役で潜っているため、案内人としても優秀ということだ。
「彌彦ダンジョンを拠点に活動している探索者パーティー『鋼の意志』のリーダー、柿崎だ」
「同じく、探索者パーティー『迅雷』のリーダー、甘粕っす。ヨロシクっす」
柿崎はプロレスラーかと見紛うばかりの巨体を誇る男で、縦にも横にも分厚く、強面に髭といった悪党面をしている男であった。聞けば、元々新潟のプロレス団体に所属していたらしいが、ダンジョン騒動を機に探索者へと転職し、今は新潟県民たちの安全を少しでも守るためにダンジョンに潜ってはモンスターを間引いているらしい。
確かに言われてみれば、柿崎の背後に控えているパーティーメンバーも誰も彼もが分厚い体をしており、頼もしくみえるだけの筋肉を備えている。元プロレスラーと言われれば納得である。
そして、甘粕の方はと言えば……。
「ウチは新潟の新進気鋭の武術家集団っすね。新潟の武術の頂点っていうと長尾家なんすけど、それに負けるな追い越せ~って気持ちで武を研鑽してる集団っす。長尾の姫さんや小島の姐さんとは何度か顔を合わせてるから知ってるっしょ?」
「え? ……誰?」
「姫、たまに道場破りに来ては無残に負けて帰る負け犬の方々です」
「あぁ、あの」
「言い方も引っ掛かるっすが、顔も名前も憶えられていないことがショックっす……」
甘粕含めたパーティーメンバー全員がガックリと項垂れる。どうやら、彼らは絶のライバル的立ち位置にいると考えていたようだ。だが、実際は歯牙にもかけられていない状態であったらしい。酷く落ち込んでいる。
おいおい大丈夫か? という雰囲気が周囲に漂うが、甘粕たちは落ち込むのも早かったが立ち直るのも早かった。くそぉ~! と雄叫びを上げて気炎を上げる。
「今度やる時には絶対に俺たちの名前を覚えさせるっす! 覚悟するっすよ! 長尾の姫!」
「もう忘れた」
「もしかして、遊ばれてるっすか!?」
甘粕が涙目になる中でスタッフの間で笑いが起きる。どうやらこのメンバーでなら楽しくロケができそうだと隆治も笑顔を見せていた。
★
ロケの内容としては二泊三日でダンジョンに泊まり込みでロケを行うといった日程だ。
探索者資格を持つスタッフも同行するが、基本的には邪魔なモンスターの排斥や斥候、夜の見張りなどは雇った探索者たちが行うらしい。
とはいえ、このままだと周藤隆治のソロ探索のような絵面となってしまう為、日本探索者協会の意向……ソロは非推奨……を汲んで周囲にはこれだけの探索者たちがいますよーという絵面だけは映す予定らしい。そこはメインで映らないのであれば、ということで長尾絶も了承している。
「一応、二日目の最後には森林地帯の終わりにいるエリアボスを倒して撮影終了としたいんですが、隆治くん大丈夫だよね?」
「やってみないと分かりませんけど、多分大丈夫だと思いますよ」
「流石、大スターは言うことが違うね!」
失敗することなど微塵も考えていないような自信に溢れる態度を見て、撮影スタッフも安堵のため息を漏らす。
ちなみに、できない場合はできない場合で別のプランが用意されているようで、無理なようならそれに移ることについても隆治も了承済みである。
「それじゃあ、地元冒険者として柿崎さん、注意事項があったら教えてくれますか?」
「あ、はい。一応、彌彦ダンジョンは森林地帯が延々と続くフィールド型ダンジョンでして、出てくるモンスターも山にちなんだものが多く出ます。中でも、狂暴なのは熊と猪で、次に厄介なのは猿ですね。その辺が現れた時には迷いなく我々に声を掛けて頂ければと思います」
「逆に戦っても問題ないモンスターとかはいますか?」
隆治が質問すると、柿崎が少し考えた後で、
「狼やムカデ、蜘蛛なんかは割と倒しやすいんじゃないでしょうか」
「そうっすかぁ? 蜘蛛は粘着糸が厄介っすし、ムカデは毒とかあって芸能人にはキツイんじゃないっすかねぇ?」
隆治の実力を疑問視するような言葉が甘粕の方から発せられるが、それには隆治も笑って答える。
「一応、週三でジムにも通っていますので、そこそこは動けると思いますよ。俺の実力についてはダンジョン内で確認してくれると嬉しいかな?」
隆治がそう言うと各々が理解を示す。まずは見てみて判断しようというのだろう。
「トップアイドルの実力ってどんな感じなんですかね、姫?」
「さぁ? 時代劇で殺陣でもやってくれていたら分かったかもしれないけど」
隆治の実力は未だ未知数ではあるが、絶はその体の使い方を見る限りでは運動神経は悪くないのではないかと予想していた。体幹が強いように感じるのだ。
「――では、注意事項も確認しましたし、早速ダンジョンに入るところから撮影していきましょう。皆さん、今日も一日よろしくお願いします」
絶と沙耶がこそこそと話をしている間にも打ち合わせは終わったらしく、忙しなくスタッフたちが動き始める。
そんな光景を見ながら、絶たちはとりあえず隆治の近くに移動する。彼女たちに与えられた任務は露払いというよりは、隆治の護衛の役割が強い。その目的を果たす意味合いもあって、隆治には撮影中も徹底的に張り付く腹積もりである。
「あ、長尾さんに小島さん、この三日間よろしくお願いしますね」
「うん。任せて」
「はい、よろしくお願いします」
こうして、日本探索者協会依頼の探索者推進特別番組の撮影は順調な滑り出しを切ったのであった。
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