第43話 鬼、わくわくせんとす。

<Congratulations!! 人類初のB級ダンジョンクリア者が出ました! 冒険者カードよりB級ダンジョン初回攻略特典を選んで下さい!>


「え!? どういうこと!?」


 女の頬を張って暫くした頃に、急にそんな表示が中空に現れた為に小鈴が戸惑った声を上げる。


 いや、戸惑っていたのは小鈴だけではない。柴田班の班員全員が戸惑っていた。


 何せ、これからダンジョンコアを探そうとしていた矢先の話だ。何がなんだか分からないとばかりに互いに顔を見合わせる。


「む、もしかして……」


 大竹丸が何かに気付いたようだ。大の字になって白目を剥いている女に近付くと、その頬を鷲掴みにしてその口内を確認する。


「なるほどのう。自分の目が届かない場所に隠すのは不安じゃったか。小物の考えそうなことじゃ」


 その女の奥歯は普通の歯とは違ってキラキラとした煌めきを放っていた。これこそがダンジョンコアであり、ダンジョンの心臓部であった。


「あ! もしかして、さっきのビンタで割れちゃったの!」


「そういうことのようじゃ」


 大竹丸たちが喋っている間に、ゆっくりとダンジョン全体から光の粒子が立ち昇り始める。この感じだと倒したモンスター同様にダンジョン自体も光の粒子となって消えてしまうようだ。その場合、ダンジョン内にいる人間がどうなるかは分からない。だが、流石に生き埋めにはならないだろうと大竹丸は考えていた。まぁ、生き埋めになったとしても大竹丸なら何とかするだろうが……。


「というか、ダンジョン初回攻略特典というのは何なんだ? 聞いたことがないぞ?」


 そう言いながら状況をメモする柴田。この手のものは後々で事情聴衆されるものだと分かっているため、ここまでの状況をまとめるのに余念がない。


「冒険者カードが何とかって言ってたよね? あ、何か表示されてる!」


 小鈴が冒険者カードを見てそう言うので、皆も冒険者カードを取り出して表面を見てみると、いつもの名前やらランキングやらDPやらの表示とは違って特典の選択画面が表示されていた。その内容は下記の通りである。


・武器選択チケット(B級)

・防具選択チケット(B級)

・アクセサリー選択チケット(B級)

・スキルスクロール選択チケット(B級)

・100万DP


「こ、これは迷う……。これ、今、選ばないと駄目なのかなぁ……!?」


 黒岩が頭を抱える中、ダンジョンから立ち上る光の粒子は徐々に強くなっていく。そして、急かすかのようにダンジョン内も激しく鳴動し始めていた。


「というか酔う。立っていられない。寝てしまおう」


「あざみ、起きろって! 落盤とかしてきたらどうするんだよ!」


「ペペぺポップ様の加護ぞある」


「ワケわかんないから!」


 ゴロリとするあざみを起こそうとするルーシー。彼女たちにとっては攻略特典なんかよりもお喋りしていたりする方が楽しいのかもしれない。


 大竹丸がそんな全員の様子を見守っていると、やがて視界一杯に光の奔流が広がっていき――……。


 ★


「む? なんじゃ此処は?」


 てっきりダンジョンの外に飛ばされるものだと思っていた大竹丸は見慣れない空間に転移した事に気付き、片眉を跳ね上げる。


 そこは白い空間であった。


 白い砂浜に白いパラソル、白いサイドテーブルに白いビーチチェアに、白い波頭が寄せては引いてを繰り返す。そんな光景を背景にこれまた白い女がジロリと大竹丸を睨んでいた。


 腰まで届く白い髪に透き通るような白い肌、目は赤く、その目鼻立ちは大竹丸に匹敵する程に美しく整っている。そして白いビキニを纏い、大竹丸以上に出る所は出て、引っ込んでいる所は引っ込んでいる蠱惑的な肉体を誇っていた。そんな彼女が口を開く。


「貴女が初のダンジョン踏破者? ……顔が見えないわ」


 白い女がぴんっと指先を弾くように動かしただけで、大竹丸の掛けていた伊達眼鏡と、頭の後ろの髪紐が弾け飛ぶ。そして、素顔を見せた大竹丸に向かい、女は艶然と微笑んでみせていた。


「あら、そっちの方が素敵よ、貴女。……ジャージはダサいけど」


「ファッションチェックをする為だけに妾を呼び寄せたのか? 暇な奴もいたものじゃな」


「なら、早速本題に入りましょうか」


 艶然と微笑む表情は変わっていないにも関わらず周囲の温度が二、三度下がった気がして、大竹丸は帰ったら風邪薬でも飲もうかと思案する。


「これは警告よ。……これ以上、調子に乗ってダンジョンをクリアをしないで頂戴。このままだと貴女だけではなく、貴女の親類にまで不幸が及ぶかもしれないわよ?」


「それは何じゃ? 脅しかのう?」


「あら、それ以外の何かに聞こえたのかしら?」


「ふむ、ならば、そういう時にはいつも返している言葉をくれてやろう」


 大竹丸はニヤリと笑うとビシッとフ○ックサインを相手に向ける。


「くそ食らえじゃ!」


 小鈴が見ていたのなら「まぁ、タケちゃんお下品!」と嘆いていたことだろう。だが、この空間には小鈴だけでなく、柴田班の他のメンバーもいない。


 白い女は一瞬呆けたような表情を見せた後に、コロコロと笑うと――。


「後悔する事になるわよ」


 鋭い目付きでそれだけを言い残して、やがてゆっくりと姿を消していく。女が消え去った後は白い空間が更に白く……いや、白い光の濁流に飲み込まれていく。そんな空間ですらも楽しみながら、大竹丸はうむうむと頷いていた。


「何じゃ、更に楽しませてくれるというのか。それでは、期待して待つとしようかのう……」


 そう呟いた次の瞬間、大竹丸は松阪駅の構内へと戻されていたのであった。


 ★


 東京都内某所――。


 数多くの高層ビル群が織り成すオフィス街の一角にその高層ビルはあった。


 アメリカに本社を持つ外資系企業のビルであり、一階には広い受付があり、二階には会議室が数多く並び、三階以上がオフィスとなる造り。特段、おかしな所は何もないビルなのだが、このビルをよくよく観察している者がいたのであれば、奇妙な事に気付くだろう。


 完全自動オートメーション化された無人の受付。


 会議室とは名ばかりの空き部屋の数々。


 そして、三階以降のオフィスフロアに出入りしている人間がほとんどいない。


 通信テレワークによる就業形態の完成形だろうかと訝しむかもしれないが、実はこのビルには恐ろしい程の人数がで働いていた。


 そんなビルの五十五階。


 白い壁に白い天井。そして一角だけがガラス張りとなった遮断部屋シールドルームの中で、けたたましい警報音が鳴り響き、赤色灯が回転し始める。


 事態を見守っていた技術者エンジニアたちは何だどうしたと突然の事態に色めき立ってその原因を突き止めようとしていた。だが、事態の原因はすぐに判明する。技術者の一人がその場にいた美人主任へと報告する。


「プレイヤーナンバー142のバイタリティーの数値が上昇。意識が回復したと思われます」


「カプセルの中の冷凍ガスの排出を急いで。かなり寒いでしょうし、毛布の準備を。ハッチの開放はまだ? 今すぐやりなさい。毛布は私が手渡します。そのままプレイヤーの意識の確認もやりましょう。はい、皆、動く!」


 白髪の女性が声を張り上げると、現場にピンとした空気が張り詰める。それぞれが指示された仕事をこなし、三十秒後には遮断部屋に整然と並べられたカプセルのひとつの扉がゆっくりと開き、そこから凍えた様子の女性が姿を現していた。ぷつ、ぷつと女性に繋がっていたチューブや電極が身震いする度に外れていく。


「さ、寒……っ! な、な、なんなのよ、これは……!」


「低温睡眠明けですので、身体がまだ暖まっていないのでしょう。こちら毛布になります。お使い下さい」


「あ、ありがとう……! あと何か暖かい飲み物があると嬉しいのたけれど……?」


「ここは精密機器が多いので下の会議室でお出ししますよ。では、行きましょうか。立てます?」


「えぇ……、ありがとう」


 女主任の手を取ったところで女性はその女主任をまじまじと見つめる。


 顎先で切られたショートボブは白く、肌も透けるように白い。そして目だけ赤く目立つ。そんな彼女は研究者のように白衣を纏い、誰もが羨むような整った顔立ちに笑みを湛えていた。


「気を付けて下さい。健康状態には気を付けていたとはいえ、貴女は一年以上も眠っていたのですから……。歩き方を忘れていてもおかしくないですよ?」


「え……?」


 女は記憶の混濁でもあるのか、状況を理解出来ないとばかりに目を白黒とさせていた。


 ★


 プレイヤーナンバー142こと葛城美和子かつらぎみわこは、混乱する記憶を徐々に整理していくかのように、凡そ一年前の情報をゆっくりと思い出していく。


「そうだ。私、世界初の没入型フルダイブシステムのVRMMORPGのテストプレイヤーに当選したんだっけ……」


 不況の煽りを受けて、働いていた会社が倒産してしまった葛城は連日職業安定所に通い詰めながら、割りの良いバイトはないかとずっと仕事を探していた。そこで見つけたのがこの仕事だ。


 仕事の内容は長期拘束の治験のような内容であったと覚えている。そして、その応募に見事当選して来てみたら、世界初の没入型システムで超リアルな仮想現実空間内でゲームをするといった内容――。


 まさに、驚き桃の木なんとやらである。


 ちなみに拘束期間は最大で三年。その拘束期間中は常にカプセルと呼ばれる機械の中に入って、食事も排泄もすることなく、ただ脳波のみを利用して超仮想現実とも言われる世界で日々を過ごさねばならない。状況的には冬眠しつつ、ずっと夢を見ている感覚に近いか。そして、葛城は一年以上のプレイを終えてようやく目覚めたのであった。


「どうでしたか? 弊社の開発した『Road of Justice』は? やってみて楽しかったですか?」


 普段使われることはない二階の会議室の一角にて、白い女と葛城はテーブルを挟んで向かい合う。葛城は興奮したように、口調が自然と早口になっていた。


「はい! とてもとても楽しかったです! あれ……、でも何が楽しかったのか、具体的な事がひとつも思い浮かばない……」


「すみません。ゲーム時の記憶は現実世界には持って来れなくなっているんです。何せ、世界初の没入型VRゲームですからね。我が社の社運を懸けて作り上げただけあって守秘義務の観点から、ゲーム内の記憶は持ち帰れないようになっているんです」


「そうなんですか」


 なるほど、そういうこともあるのかと葛城は納得する。


「ただ製品版では、その辺のプロテクトは解除されて現実世界に記憶の持ち越しが出来るようになるので御安心下さい」


「そうなんですか! そうなったら私なんてずっとゲームをやってそう! あぁ、でも設備が高いのか……」


「大丈夫ですよ。一応、弊社の方でネットカフェに似たレンタル施設の企画を急ピッチで進めていますから、没入型VRは徐々に一般的になっていくはずです」


「それだと嬉しいですね……。詳しい内容は覚えていないですが、とにかく凄く興奮して、楽しくて、えっと……」


「……凄く怒った?」


「そうです! 多分、きっとどうにもならなくて、畜生~って! でも、ゲームで発散出来たせいか、今は凄く清々しいんです!」


 葛城はそう言って笑う。仕事を探していた時は他人に見せられなかったような必死の顔をしていたのが、今は憑き物が落ちたような晴れ晴れしい笑顔へと変わっていた。それに白い女も思わず微笑みを返す。


「そうですか。気に入ってもらえたようで良かったです」


 そう言って白い女は用意していた書類を机の上を通してさっと葛城に渡す。


「続けて、お疲れのところ申し訳ありませんが、今後のスケジュールの説明と一年間の拘束期間中にお支払い致しました御給金について説明致しますね」


「あ、はい……。え、こんなに……!?」


 葛城は渡された給料明細を見て戦慄する。一流企業で齷齪あくせく働いたとしても決してここまではいかないのではないかと思える金額がそこには記載されていたからだ。


 そして、書類に混ざって一枚の名刺も添えられていた。そこには、株式会社フューチャーアース第一研究部主任、伊吹麗華という名前が記載されている。


「伊吹さん、と言われるんですね」


「えぇ、はい。一応、葛城さんの住んでいた家の家賃の払い込みや定期的な清掃は行っていましたが、元の生活に戻られた際に何か御不便等ありましたら、その名刺に書かれた連絡先に御連絡下さい。私で出来ることでしたら力をお貸ししますので」


「ありがとうございます」


「では、順番は前後しましたが今後の予定についてお伝えしますね」


 そうして伊吹は、健康状態の経過観察の為に、今後一ヶ月は葛城がこのビルの外に出られない事を伝える。その辺は事前の説明を受けていた為か、葛城も疑うことなく了承した。だが、その外に出られぬ間に、世間ではダンジョンが攻略されたということでお祭り騒ぎが起きていたのだが……情報を閉ざされた状態の葛城がそれを知るよしは無かったのである。

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