第136話 鬼、突入せんとす。
大竹丸たちがオフィスビルの地下駐車場より出発して三十分後――。
黒塗りの高級車が続々とオフィスビルの地下駐車場へとやってくる。
そして、速度を落として停車した黒塗りの高級車の扉が静かに開いたかと思うと、そこからやたらとガタイの良い黒服の男たちが現れ、辺りを睥睨するかのように見回し始めると周囲の捜索を開始し始めた。
だが、目的のものは見つからなかったのか、十五分もせずに彼らは地下駐車場の中央に集まることになる。
「標的は?」
「見つかりません」
「街中の監視カメラの映像には、ここに標的が入っていく姿が映っていたという情報だが?」
「何らかの手段で脱出したのではないでしょうか?」
「手際が妙に良いな……。絶妙のタイミングで拐っていったこともあるし、相手はプロか……?」
「手筈を整えていたのは明白。素人ではないと思います」
「ちっ、厄介な……」
その時、黒服の男の一人の携帯電話が鳴る。一時的に会話の輪から外れた男は、何度も頷きを返した後でその通話を終わらせた。
「上からの連絡だ。どうやら俺たちが此処に来る前に五台の車が地下駐車場から出て行っているらしい。それを追え――だそうだ」
「五台? もう少し絞れないのか?」
「五台中の一台がトラックだという話だが……」
「その荷台にバイクを積み込んで逃げたんじゃないのか?」
「バイクだけを積み込んで、標的は別の車で逃亡している可能性もある」
「偽装ということか。本当に厄介な」
「それぞれの携帯に車の写真と逃亡予想ルートが送られている。それを見て追うぞ」
黒服の男たちがそれぞれの携帯端末を取り出して中身を確認する。そこには確かに地下駐車場から出ていく車の写真と逃亡予想ルートなるファイルが添付されていた。それを確認して、黒服たちはそれぞれの車に乗り込んでいく。
彼らとしても戦力を分散する愚は分かっているのだろうが、後手後手になっている現状としては場当たり的に対応していくしかないのだろう。
それにしても、とハンドルを握る黒服の一人は考える。
(予想逃走ルートが都内の真ん中に向かっているのは何故だ? 普通は離れるものじゃないのか?)
任務を忠実に実行するために集中を始めた男は、やがてその疑問も綺麗さっぱり忘れてしまうのであった。
★
どんっと道路を走るトラックが衝撃に揺れる。
その衝撃に尻を打ったのか、大竹丸は「おうっ」と短い悲鳴を漏らしていた。
「なんじゃ、今の衝撃は!? 東京というのは道路の舗装もままならぬのか!?」
「一席、多分、轢いたんです」
「轢いた? 何をじゃ?」
「モンスターです」
甲斐の言葉に大竹丸はその口をへの字に曲げるしかない。
「なんというか、モンスターがその辺にゴロゴロし過ぎておらぬか? 大丈夫かのう、日本は?」
「いやいや、大丈夫じゃないですよ。それを何とかしてもらおうと思って一席を救ったのに役立たずなんて……」
「役立たずじゃないわい! 少し役に立つかもレベルじゃ!」
「いや、おめぇさんら不毛な会話はやめようぜ……?」
ついていけんとばかりに、伊勢が欠伸を噛み殺す。
しかし、日本は変わってしまった。
大都市東京の道路では、こうしてモンスターを轢くことも平気で行われているという。
とはいえ、モンスターを轢き殺すことで車が故障し、故障した車がモンスターに取り囲まれることも珍しくないらしく、ほとんどの都民が武装して徒歩で歩くようにしているらしい。まぁ、最善は家に引きこもることなのではあるが、食料の問題もあり、それは難しいそうだ。
「しかし、本当にこの一日、二日で世界は変わってしまいました……。道路には車が減り、安全を考えて電車、飛行機は全て止まり、人々は外に出て食料を買い求めるのにも、装備を付けて隊列を組んで歩かなければなりません。今までの日本が如何に恵まれていたのか、皆沁々と感じている者も多いでしょう」
「政治も優秀だったと沁々感じて欲しいもんだがなぁ」
伊勢が皮肉なのか、そんなことを言う。
ちなみに、伊勢内閣の支持率はそこまで低くもなく、割りと長期政権化してはいた。
「しかし、なんちゅうかアレじゃな。まるでゲームの世界じゃな」
「ゲームの世界かい? オイラにはそうは見えねぇが……」
伊勢はそう言うが、大竹丸は違うらしい。
古き時代の名作RPGに思いを馳せる。
「武器持って、隊列組んで、フィールドを歩くなんぞ、まさしくそうじゃろ?」
大竹丸の言葉は緊張感も何もないものであった。
だが、それが一般的な感覚なのだろうか。
甲斐が深くため息を吐き出す。
「一席ではないですけど、そう考える若者も多いようです。特に、探索者試験を受けて合格できなかった者や、探索者試験を受けられなかった者たちは、ここが勝負所とばかりに街中に現れるモンスターを狩っているようなのです」
「なるほどのう」
だから街中に出てきたオーク程度も狩れなかったのかと大竹丸は納得する。
ダンジョンには挑みたいが、能力が足りない者たちがその欲望を満たす為に暴走しているようだ。
いずれ手痛いしっぺ返しがくるのではと大竹丸は懸念するが、それを防ぐ手立てもない。
まぁ、なんとかするじゃろうと持ち前の能天気さで考えていると、トラックがゆっくりと速度を落とすのが分かった。
「……着いたのかのう?」
「どうでしょうね。ちょっと確認してみます」
甲斐はそう言いながら、持っていた携帯電話で運転席の男とやり取りを行う。やがて連絡を終えたのか、甲斐が通話を切る。
「どうやら目的の場所に着きました」
「ほう。では、これから風間
「えぇ、そうですね……といきたいのですが、問題が二点」
甲斐は人差し指を立てて、まず一点と言って話し始める。
「先程、連絡を取った援軍がまだ到着していません。このままだと我々だけで突入することになります」
「ふむ。策もなしに突入となると、ちと厳しいかのう」
相手が何人いるかは分からない。
だが、多勢が手ぐすねを引いている場所に少数が策もなしに突入するというのは無茶を通り越して無謀だ。
特に現段階での大竹丸は神通力という強力なカードが封じられている状態――これで正面突破というのは無理があるだろう。
「策はあります。……が、やはり戦力は多いに越したことはありません」
「そりゃ真理だろうぜ」
伊勢が頷く。
過去、
だが基本的に戦は数だろう。
かの織田信長でさえも、信長包囲網を敷かれたならば大人しくせざるを得なかったのだ。数を揃えずして突入するのは、些か無謀だ。
「それなら援軍が来るまでの間、少し休憩でもするかい?」
茶目っ気たっぷりに伊勢がニヒルな笑いを浮かべる中、甲斐は
「本来ならそうしたいのですが、二点目の問題があります。どうやら、我々を追ってきている部隊が近付きつつあるようです。ですので、あまり時間を掛けて待つわけにもいきません」
「では、どうするのじゃ?」
大竹丸が腕を組んで踏ん反り返って聞くと、甲斐は少しだけ逡巡した後で口を開く。
「突入しましょう」
「ほう」
「その心は?」
大竹丸と伊勢が感心する中で、甲斐はきりりと引き締まった表情を見せる。
「我々が先行して突入し、このトラックにはそのまま追手を陽動して街中を走り抜けて貰います。その間に我々は敵に気付かれないように進み、風間統合幕僚長を探し出しましょう」
「そりゃ、それが出来んのなら理想だが……。せめて、どの辺りに潜んでいるとか、そういう情報が無ぇとキツくねぇか?」
「成田の勘だと、恐らは地下にいるのではないかという話です」
「地下……ってえ言われてもなぁ。それなりに広かったりするんじゃねぇのかい?」
「その辺りの情報まではあまり……。すみません」
どうやら、突入することは出来るらしいが突入後の情報はあまり無いようだ。
杜撰な計画のように見えるが、相手の内情を探る
「まぁ、えぇじゃろ。その辺は突入してみれば分かるじゃろ」
「いいのかい、大鬼様?」
伊勢が不安そうな表情を見せるが、大竹丸は気楽なものだ。
いや、皆が不安にならないように、そう振る舞っているだけかもしれないが。
「仕方なかろう。このまま時間だけが経過していけば、妾たちの方が不利になるじゃろうしな。援軍の連中には一報を入れてから突入するしかあるまい」
「そうですね。……そうしましょう」
「そんで? 突入するのに、さっきは策があるみたいな話をしていたが、その策ってのは何だい?」
伊勢がそう尋ねると、甲斐がコンテナの床にいきなり手を掛ける。そして、コンテナの床が音もなく開く。
「此処から潜入します」
そこにはアスファルトの地面に埋め込まれるようにして存在するマンホールの蓋があった。更には甲斐は特殊な形状のバールを取り出す。
どうやら準備は万端のようであった。
★
「ふむ。やはりそこそこ臭いがキツイのう」
「下水が流れてるんだ。そりゃキツイだろうぜ」
マンホールを開けて、下水道に入り込んだ大竹丸たちは下水が流れていくのを横目で見ながらコンクリートで出来た足場を歩いて行く。下水道の中は点検に入る人間の為か、ある程度足場が確保されており、臭いを我慢出来ればそれなりに快適な環境ではあった。
「お二人ともこっちです」
甲斐は地上の地図と照らし合わせながら、慎重に先頭を進む。
やがて、十分も歩いただろうか。
甲斐たちの歩みが止まる。
「ここですね」
「壁じゃが?」
大竹丸の言う事はもっともである。
大竹丸たちの目の前にはコンクリートで出来た壁しか存在しなかったのである。
「この先に地下施設があります」
甲斐が言うところによると、風間が逃げ込んだのは彼の血縁者が所持する高層ビルのひとつで、その地下施設にひっそりと身を隠しているということのようだ。
事前の調査では、そのビルの地上部分はオフィスビルとなっており、風間が隠れるのには不適切であるらしいのだが、このビルの地下施設に関しては何やら情報が遮断されており、とにかく怪しいのだという。
そして、そんな怪しい地下施設に入ろうとしても、真っ当な方法では難しいらしく、成田擁する東部方面隊ダンジョン対策部攻略一課が出した結論は『地下から潜入する』といったものだったらしい。
「ここから潜入しましょう」
「どうやって?」
「そうですね。こんなのはどうでしょう」
言うなり、甲斐は抜く手を見せない早業でコンクリートの壁を斬り付ける。
すると、コンクリートの壁が細切れになってポロポロとその場に落ちていくではないか。その様子を見ながら、甲斐は自画自賛する。
「はぁ……。流石はミスリルナイフ。切れ味抜群ですね……」
どうやら壁を削っていく作戦ということらしい。
そう言うことならとばかりに大竹丸も刀を抜く。
そして、えいやと斬り付けると、あっさりとコンクリートの壁が切り裂かれていく。
その切れ味を目撃した甲斐は思わず目を丸くして驚く。
「凄い切れ味ですね……」
「まぁのう。これでも天下五剣のひとつじゃからな」
「え? それをDPで買ったんですか……?」
「割としたのう」
「『割とした』で買えちゃうのが凄いんですけどね……。どれだけDP持っていたんですか……」
大竹丸と甲斐は喋りながらも、止まることなく壁を削っていく。
やがて、十メートルも切り刻んだところで壁は無くなり、地下通路へと続く穴へと変貌した。
潜入することに成功したのである。
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