第5話 良い話
シズルが父に呼ばれて執務室に入ると、紅い髪を逆立て、自信に満ち溢れた瞳をしている男がソファに座っていた。
「お呼びですか、父上」
「おう、来たかシズル。まあ座れや」
――グレン・フォルブレイズ侯爵。
シズルの父であり、かつての魔王戦役において勇者と共に戦場を駆け抜けた英雄の一人。その卓越した剣術と強力な炎の魔術で勇者パーティーの最前線を支え、こと殲滅力では勇者に匹敵すると噂される男だ。
とはいえ、流石に侯爵子息がいつまでも戦場の最前線にいるわけにもいかず、こうして一線を退いてからはこのフォルブレイズ領の領主として、領地の経営を行っている。
そんな英雄のプレッシャーとでも言うのだろうか。シズルは父の前に立つと、自然と背筋が伸びてしまう。
促されるようにソファに腰を下ろすと、対面のグレンは不敵な笑みを浮かべていた。
「どうだよ最近は」
「どうと言われても、普通ですよ」
「はっ! 普通のガキがうちの騎士から一本取れるかっつーの!」
「そんな事言われても……」
若いころから屋敷を飛び出して冒険者ギルドに通い詰めていた頃の名残だろう。貴族とは思えない奔放な性格をしており、こうして爵位に付くことも最後まで抵抗し続けたというだけあって雰囲気が普通の貴族とは全く違う。
当時は領主になるのを嫌がって抵抗するグレンを抑えるため、国軍が動いたなどという噂すら流れたそうだ。
感情の起伏が激しいのは火精霊の加護を持った者に多く見られる傾向だが、グレンやフォルブレイズ一族は顕著にそれが現れていた。
これは他の属性でも同じく、それぞれの傾向がある。もっとも、現代地球で生きてきたシズルにとって、血液型の性格診断程度の判断基準ではあるが。
余談だが、この父の血をより濃く受け継いでいるのがシズルの兄であり、次期侯爵である。
「ま、お前が勝手に色々やってんのは知ってるが、細かいところまでは詮索しないでやるよ」
「ありがとうございます」
英雄として戦ってきただけあって、シズルの魔力が日に日に洗練されていることに気付いているのだろう。どこか楽しそうなのは、自分の息子がどこまでいけるのか、高みの見物をしてるといったところか。
「さてっと、今日はいい話を持ってきてやったぜ」
ニヤニヤするグレンを見て、良い話という割にはあまり期待出来なさそうだとシズルは思う。
「明日でお前も八歳だな」
「うん? まあそうですね」
「ガキのくせに、ずっと前から魔術の本とか読んでたろ」
「うっ……」
父の言葉に、思わず視線をそらしてしまう。
別に魔術の本を読む事が悪いわけではない。実際、グレンの声もそう問い詰めるような厳しいものではなく、あくまで確認程度の話である。
魔術は危険なものだ。暴発すれば人の手足など簡単に吹き飛び、命の危険さえある。一般的には、学園で専門の教師に教わるか、専属の家庭教師がつくまでは関わることを禁止されているのが魔術というものだった。
とはいえ、地球から転生してきたシズルが魔術という心躍る存在を知って、我慢など出来るはずがない。動けるようになればすぐに図書室へと足を運び、読めない文字でありながらも必死に読み漁ったものだ。
その甲斐あって、今では難解な魔術の本すら難なく読める。好きこそ物の上手なれ、という言葉通り、魔術の基礎知識に関して言えば中々のモノだと自負していた。
「しかも勝手に魔術の練習まで始めてやがる」
「ぎくぎく!」
グレンにバレているのは知っていたが、これまでこうして言葉にされたのは初めてだ。これはついに、規制をかけられてしまうかもしれない。
不味いと思ったシズルは、子供特有のかわいらしさを武器に上目づかいで父を見ながら、甘い声を出してみる。
「父上ぇ」
「きめぇ!」
「ひどい! 可愛い息子が甘えてきたっていうのに言う言葉ですかそれが!」
「自分のやりたい事を通すために媚びるような奴は俺のガキじゃねえ! 我を通したいなら力で示しな!」
「……なるほど」
――それは父を倒せば良いってことだろうか?
テーブルの下でこっそり魔力を溜め始めたシズルに対して、グレンはやや顔を引きつらせる。
「なあシズル、テメェなんか物騒なこと考えてねぇ?」
「やだなぁ父上。全然考えてないですよ。どうしてそう思ったんですか?」
「魔力が漏れてるんだよ! しかもびっくりするくらいスムーズに! 親を攻撃するのに躊躇いとかねえのか!? っていうか笑顔で不意打ちとかマジやめろよな!」
「あ、しまった」
戦場で鍛えたからか、単純にシズルの実力不足か、それとも両方か。シズルの思惑はあっさりと看破された。どうやらまだまだ甘いらしい。
やはり目下の課題は魔力コントロールかと思い、今後の訓練内容を考えなければと思う。
そんなシズルを見て、グレンは呆れたようにため息を吐いた。
「はあ、ったくお前なぁ。やり合いたいってんならいいけどよ。やるなら広い場所でやるぞ」
「いえ、
「……そだな」
我を通したいなら力で示せ、と言い放つ父だが嫁には勝てない。むしろこの家では一人を除いて誰も侯爵夫人には勝てないのであった。
「別に悪い話じゃねえよ。お前は前から大人びてたし、もうすぐ八歳だ。もう自分で自分の責任取れるだろ?」
「いや、無理ですけーー」
八歳児に何を言っているんだこの父は、そう思って反論しかけ、シズルは言葉を止める。父のこの言い方、そしてこれまでの話の流れを考えるにーー
「はい! なんでも責任取れます」
「よっしゃよく言った! じゃあ明日から領主代行の地位やるから俺の代わりによろしくな!」
「何で!? 今の流れは魔術使っていいよって流れじゃないですか!?」
「へっ! 誰も言ってねえしそんなこと!」
「俺まだ七歳ですよ!?」
「ははは! ホムラと違ってお前は賢いし、オレでも出来てるんだから大丈夫だって!」
元々領主になるのが嫌で冒険者になっていただけあって、隙あらば仕事をサボろうとする男である。もっとも、嫁である侯爵夫人が厳しいので、いくらサボろうとしても結局仕事をさせられるのが実情なのだが。
ちなみに、ホムラというのは正妻の息子であり、フォルブレイズ家の正式な後継者である。が、シズルは知っていた。ホムラが領主になるのを嫌がっており、父同様家から逃げ出して冒険者になろうとしていることを。
もちろん、そんなことをさせる気がないシズルと侯爵夫人は二人で彼を逃がさないように目を光らせている状態だ。
「……義母上に言いつけてやる。父上が領主の仕事またサボろうとしてるって。しかも俺に押し付けて」
「あ! お前それずりぃ! じゃ、じゃあ俺もお前が魔術勝手に使ってること言いつけてやるからな!」
「はぁ!? それは流石に無しでしょ! ってか子供ですか!?」
「元々黙ってやってる方が悪りぃんだ!」
「黙ってやらないとやらせてもらえないからでしょ!」
シズルだって認めてもらえるなら当然、こんなコソコソするつもりなどない。わざわざ人目のつかない所でこっそりやるなど、非効率的にもほどがあると思っているくらいだ。
だが自分の存在がイレギュラーなのも理解しているし、みんな自分を守るために言ってくれているので反論もし辛い。
だがそれでも魔術は使いたいのである。
「……もしそれ言うって言うなら、先日父上が街で飲んでてヤラかした話も言いつけます。声が可愛くて良かったらしいですねぇ! 飲み屋で給仕してくれてた女の子は!」
「なぁ!? 何でそれ知って!?」
「言っておきますけど、これだけじゃないですからね俺が知ってるの!」
実は過去に色々実験をしていた時、電話やテレビの要領で精霊を電波代わりに漫画とかである【
もちろん色々制限はあるが、街の範囲で身近な人間であれば追いかけることは可能であった。以来、たまたま父の動向を追いかけてた時、偶然にも目撃してしまったのである。
一応父親の情事を見てしまってからは、極力やめるようにはしていたのだが、こんなことを言われるのであれば今後も継続を検討しなければと思う。
そんなシズルの態度を見て本気と理解したグレンは、諦めたように項垂れる。
「……はあ、冗談だからそんなに本気にすんな」
「かしこまりました。それで、結局良い話ってなんですか?」
「なんか笑顔がすっげぇ黒くて怖ぇんだけど」
「気のせいですよ気のせい」
とりあえず、父がこっそり街に遊びに行くときは【
「……お前ももう八歳。自分で責任も取れるっていうなら魔術の使用を許可しようと思う」
「本当ですか父上? 実はそれを代償に色々やらせようとか思ってません?」
「実の父親疑い過ぎだろ!? 悪魔かなんかかオレは!?」
「だって義母上を説得するってことでしょ? 父上に出来るとは思えませんけど……」
シズルがそういうと、グレンは自信なさそうにそっと視線を逸らす。
「ま、まあそれは任せろ。オレだって言う時は言うんだよ!」
完全に動揺しているが、それでも父が自分のために行動を起こしてくれるというのは大きい。これで自分が公の場で魔術を使えるようになれば、色々とアドバイスも貰えるし、何より放出系の魔術の訓練もできるようになる。
今はあまり目立たない強化系の魔術ばかりを扱っているので、うれしい変化だ。
「ありがとうございます父上!」
「おう。これからは堂々と訓練して、俺を超えるくらい凄い魔術師になりな!」
「はい! あ、もし義母上の説得失敗したら色々言いますからね!」
「お前の笑顔やっぱ黒いって!?」
そんな事実はない。
「まあいい。実はもう一つ、もっと良い話が合ってだな」
「……もっといい話?」
想像していたよりも良い話だったため、もう一つのもっと良い話にも自然と期待値がある。
「おうとも、聞いて驚け!」
「わあ! 凄いです父上!」
「早ぇよ! まだ言ってねえよ!」
「あ、すみません。
「演技って言いやがった!?」
「あ、しまった」
本音と建て前が逆になってたことに気付いたシズルは、とりあえずニッコリと笑うことにした。
「それで父上、良い話ってなんですか?」
「こ、こいつ何もなかったかのように話を戻しやがって……」
グレンは顔を引きつらせているが、良い話を知りたいのは事実である。魔術を公の場で使えることよりも良い話。期待せずにはいられない。
「お前の……」
「俺の……」
ゴクリ、とつばを飲み込み、もったいぶる父に合わせて真剣な表情を作る。
「お前の婚約者が決まったぞ! どうだ! 驚いたか!?」
「……あ、そうでしたか。かしこまりました。顔合わせはいつですかね?」
「もっと驚けよ!」
――いやだって、魔術使える方が重要だし。
そんな風に思うシズルであった。
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