雷帝の軌跡⑦

 ホムラが戦場を駆け、エイルたちが決死の戦いに挑んでいる間、戦場を覆う闇はどんどん深くなっていた。


『シャァァァァァ……』


 一匹、二匹、三匹……闇から生まれた蛇がどんどんと増え、そこから更に深い闇を吐き出していたからだ。

 それを間近で見ていた兵士たちがなんとか止めようとするが、元S級冒険者であるエイルたちですら勝てるかどうかという化物を相手に蹴散らされていく。


「ああ、このままでは……」


 遠くでホムラの炎が燃え上がる。

 その度に闇は晴れていくが、それ以上の早さで深くなっていく闇を前に、絶望が広がっていた。


 闇が深くなるごとに強くなり、そして増えていく蛇たち。

 次第に押されていく戦況。

 どうしようもない無力感。


 いかにフォルブレイズの精鋭たちであっても、心が折れるのは時間の問題だった。


『シャァァァァ……?』


 最初にそれに気づいたのは闇の蛇だった。

 吐き出しているはずの闇がまるで一ヵ所に集められていくことに対して疑問の声を上げる。


 戦士たちもそれに気づくが、それもまた敵のなにかだろうと思っていた。

 だがそれにしては――。


『大丈夫だよ』

「……風?」


 どこか優しく、そして温かい気持ちにさせてくれる『風の声』に気付いて、顔を上げる。


『みんなのことは、私たちが守るから』


 瞬間、戦場を覆う闇が緑色の風によって散らされていく。


『シャァァァァァ⁉』


 突然の事態に闇の蛇が慌てた様子を見せた。

 闇が深くなればなるほど強くなる蛇たちにとって、それが吹き飛ばされれば弱体化してしまう。

 それゆえ、この風が自分たちにとってもっとも相性の悪い敵だと認識した。


 ただ――そう認識したときにはもう遅かった。


「うー!」


 まるで大砲のように飛んできたアポロが、弱体化した闇の蛇を殴り飛ばす。

 凄まじい轟音とともに吹き飛ばされた蛇は、たった一撃で倒され、それでもアポロは止まらない。


『アポロ! お願い!』

「うううー!」


 任せて、と言わんばかりに次々と増えていった蛇たちに襲い掛かる。

 その勢いを止めようと蛇たちも攻撃を仕掛けるが――。


「ううう、うううーーー!」


 アポロは止まらない。

 どんな攻撃を受けてもダメージを受けない強靭な肉体は、いつか訪れるであろうどんな災厄でも打ち砕き、友を守り助けるためにある。


 それが史上最高の錬金術師ヘルメス・トリスメギスの最高傑作『アポロ』。


 ――幸せになれアポロ。友を守り、友を愛し、友と笑い、友と泣け。そうして成長したお前はきっと、誰かを幸せにして、幸せな人生を歩めるはずだから


 偽心の心臓から本物の心を宿した少年は、幸せにならないといけない。

 だから――。


「うううーーー!」


 みんなが幸せになるのを邪魔をするな! 


 そう叫びながら、蛇たちを倒していく。

 だがそれでも、蛇たちが増えるスピードは衰えない。むしろ、時間が経つごとに早くなっているほどだ。


 まるで大元となるなにかの力が時間とともに増していくように……。


「うううー!」

『シャァァァァ!』


 蛇が増える。アポロが倒す。

 それはまるでかつて無限に増殖したヘルメスを思い浮かべさせる光景だ。


『シズルが戻ってくるまで、私たちは負けない! 魔を打ち砕精霊の風エリアルサイクロン!』


 遥か上空の空から大気を通して愛らしい声が響くと同時に生まれ出た巨大な竜巻が、蛇たちを飲み込んでいく。 

 それはまるで天変地異にも等しい神の御業。


 風の大精霊ディアドラの力を引き継いだ少女は、圧倒的な魔力を持って蛇たちを薙ぎ払う。


 空を浮かぶイリスは新たに生まれようとしている蛇たちを見下ろすと、竜巻をさらに大きくして敵を飲み込んでいく。


 まるで災害の跡地のように大地は抉れ、大量に召喚されていた悪魔たちは一体たりともその場に残れずに消えていった。


「すごい……」

「これなら、俺たちも!」


 二人の活躍によって押し始めた闇との戦い。

 諦めかけていたフォルブレイズの戦士たちが、希望の光を見出し立ち上がる。


 しかし、光が強くなれば闇もまた深くなる。


『え?』

「うー……」


 遠く離れた地。

 そこにこれまでとは比べ物にならないほど巨大な闇が集まり始めた。


『ウォォォォン……』


 ゆっくりと形作られていくそれは、まるで影の巨人。

 城壁すら一撃で薙ぎ払ってしまえそうなほどのそれは、顔もなくただ人型をした闇だ。


 イリスたちは焦る。

 あんなものが動き出したらきっと、すべてが破壊されてしまうからだ。


『私たちがやらなきゃ……でも!』


 この場をイリスが離れれば、拮抗した戦場がまた闇に覆われてしまう。


 だが同時に、あれは『大精霊の力』を持った者しか抗えないほどの力を秘めていた。

 たとえホムラが、そしてローザリンデが一緒になっても、そもそもの大きさが違い過ぎ、戦闘にすらならないだろう。


『どうしたら……っ!』


 陰の巨人が手を上げた。

 それが振り下ろされれば、あの場の人間はみんな死んでしまう。


 誰もがそう思った。

 誰もがもう間に合わないと思った。


 そして――闇が迸る。


『――え?』


 遥か東の地。

 城塞都市マテリアよりも、さらに遠くから闇が飛んできた。


 それはレーザーであり、砲弾であり、そして純粋な魔力の塊。

 まるで闇の支配者が誰であるか、それを証明するがごとく圧倒的な力を見せつけるがごとく、戦場の闇を喰らっていく。


 誰も対抗出来ないと思われた影の巨人は、さらに巨大な闇によって粉々に砕かれた。


『これは……闇の大精霊の力?』


 ――ルキナがどうしてもって言うから、仕方なくよ。


 ルージュによる闇の蹂躙が激しさを増す。

 それに抵抗するべく、闇がさらに増していく。


 もはや最初のころとは比べものにならないほど、戦場の激しさは互いを喰らうべく高まっていく。


 戦場に多くの人間がいた。


「シズル様が戻ってくるまで、持ちこたえるのだ!」

「テメェら絶対に死ぬなよ! 死んだらぶっ殺してやるからな!」


 武具を操り、命を懸ける者。 


「おおおおおお! 燃えやがれぇぇぇl」

「ホムラを守れ! ホムラに続け! フォルブレイズの敵を打ち砕け!」

「おおおおお!」


 命の炎を燃やし、魂を懸ける者。

 その炎を守ると決め、共に歩む者。


『みんなは、私たちが守る!』

「うー!」


 絶対に守るという決意を抱く者。


 そして――。


「シズル様……どうか……」

「シズル……」


 戦場の外で帰りを待ち続ける者。


「……ふん。ルキナを心配させておいて、このまま帰って来なかったら殺してやるわ。だから、さっさと戻りなさい」


 闇の大精霊であるルージュだけは、これから起きるであろうことを予測していた。

 だからこそ険しい表情で、遥か西の地を睨み付ける。


「もう、時間がないのだから……」


 その呟きとともに戦場の魔力が最高潮になり……。


 ――本物の『死を喰らう蛇』が生まれた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る