雷帝の軌跡⑥

 薄い闇に包まれた戦場は、人も魔物も関係なく狂わせる。

 正気を無くした者たちが嘆き、暴れ、苦しみ続けており、そこはもう戦場と呼べるものではなくなっていた。


「くそ、キリがねぇ!」


 魔物をなぎ倒しながら、グレイオスが悪態を吐く。

 その横ではエイルが槍を振るい、一騎当千の名に恥じぬ凄まじい勢いで魔物たちを駆逐していった。


 だがそれでも、元々の戦力が足りない。

 火力が足りない。

 大規模な魔術を使えない、武人である彼らにとって、強い魔物を倒すことは出来ても現状を打ち崩す力はなかった。


「このままでは……」


 エイルの心に焦りが出てくる。

 すでに多くの兵士たちが魔物にやられ、グレイオスも傷だらけとなり、ハットリやサスケも無理をしているのが分かった。


 今度こそ撤退をするべきか、そう弱った心から出てくる思いは、闇の霧を飲み込む炎によって吹き飛ばされる。


「こ、この炎は……⁉」

「お前らよくやったぁぁ! あとは俺たちに任せろぉぉぉ!」


 馬に乗り、炎に包まれた大剣を前にかざしながら大軍の先頭を走るのは、深紅の髪を逆立てた男。


 ――フォルブレイズ家当主、ホムラ・フォルブレイズ。


「うらぁぁぁ!」


 咆哮とともに大剣を振るう。

 瞬間、凄まじい炎をが戦場を迸った。


「待ってくださいホムラ様! 今この場には動けない者たちが――っ⁉」


 エイルの焦った声は、途中で止まることになる。

 なぜなら迸る炎はまるで生き物のように戦士たちを避け、暴れる魔物だけを飲み込んでいくからだ。


「はっ! フォルブレイズの炎は狙った獲物だけを燃やし尽くすんだよ!」


 そうして消えることのない炎の嵐によって魔物たちが一層され、同時に薄い闇も霧散した。

 その隙を見計らって援軍にやってきたホムラの精鋭たちが突撃する。


「行けぇぇぇ!」

「「ウォォォォォ!」」


 ホムラの炎に耐えた魔物たちに襲い掛かり、倒れて動けない戦士たちを支え、戦場を切り裂き、一度抜けると再び円を描くように動いてまた魔物たちに襲い掛かる。


「おらおらおら! うちの領地を攻めに来て、生きて帰れると思うなよぉぉぉ!」

 

 そんな雄叫びを上げながらホムラは先頭で馬を走らせる。

 深紅の鎧を纏った軍勢はまるで一つの炎となり、戦場を燃やし尽くしていった。

 

「凄い。これがホムラ様……」

「やべぇな……フォルブレイズの血は恐ろしいぜ」


 純粋な戦闘能力であれば、ホムラはもうシズルに及ばない。

 だがしかし、軍全を率いるという才能においてはグレンから引き継いだそのカリスマ性によって、シズルを大きく上回っている。


 そしてなにより、単騎で敵軍を殲滅させられるだけの力――上級精霊スザクと契約したホムラの戦場での価値は、王国にとって唯一無二と言ってもいいほどのものだろう。


「はっ! これでここらは終わりか⁉」

「ホムラ様! あれを!」

「ん?」


 ホムラの炎によって吹き飛んだ闇。

 それらが集まり始め、再び戦場を包み込もうとし始めた。


「ちっ、面倒だがまた吹き飛ばして……」

『おいホムラ油断するな! あれはやばいやつだ!』


 スザクの焦ったような声。

 その理由となったのは、闇の中から形作られていく黒い蛇型の魔物たち。

 発せられる威圧感は並の魔物とは一線を画しており、ホムラはひしひしと危険を感じた。


「……へぇ。面白れぇ」


 人一人を丸呑み出来そうなほど大きなそれらは、無機質な瞳でホムラたちを見下ろしてくる。

 それに対してホムラは獰猛な笑みを浮かべて、大剣に炎を纏わせた。


 だが――。


「ホムラ様! ここは我らが!」

「おうとも! 大将がこんなところで足止め喰らったら、助けられるもんも助けられねぇからな!」


 エイルとグレイオスがホムラの前に立ち、黒い闇の蛇に武器を構える。


「お前ら……」

「今この状況を打開できるのは、悔しいですが我らではないのです……だから」

「シズル様が戻ってくるまで俺らも死に物狂いやってやるぜ!」


 二人も、そしてホムラも分かっていた。

 今まさにこの戦場で必要とされているのはホムラの『軍の力』であり、『個の力』でしかないことを。


「行ってくださいホムラ様! そして一人でも多くの戦士を!」

「……ちっ、死ぬんじゃねえぞお前ら!」


 そうしてホムラは馬を走らせ、別の戦場へと向かう。

 まだまだ多くの魔物たちが暴れている中で、彼が足止めを喰らうわけにはいかなかったのだ。


「さて……」

「格好つけすぎたんじゃねぇか?」

「それはこれから次第だろう?」


 蛇の化物はエイルたち見て嗤う。

 凄まじい力を持った存在は、ただそれだけで周囲に重圧を与えた。


「醜悪な蛇だな」


 エイルも、そしてグレイオスも自分たちの敵う相手でないことをわかったが、それでも退くわけにはいかなかった。

 二人は闇の蛇に向かって武器を構える。


『シャァァァ……』


 それをあざ笑うかのように、昏い闇色の吐息が周囲を再び覆い始める。

 すでにホムラのおかげで周辺には人も魔物もいないが、それでもより一層空気が重くなりエイルたちの身体が重くなった。

 そして同時に、増していく蛇の圧力。


「あまり時間はかけてられんな」

「ああ……」


 この闇の息が戦場を覆うほど、蛇は強くなる。

 そう確信した二人は、一気に飛び出した。

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