雷帝の軌跡⑤

 戦場を覆った闇は、決して視界を失われるほど昏いわけではない。

 太陽は差し込み、フォルブレイズ家の戦士と魔物の姿の両方を認識できる状態だ。


 だがそれでも、誰もが『なにかの闇』に包まれている感覚を持っていた。

 というよりも――。


「あ、ああああああああ!」

「おい! しっかりしろ!」

「もうダメだ! 俺たちは死んじまうぅぅぅ!」


 歴戦の戦士たちが地面に蹲り、泣き叫び、そして倒れていく。

 かろうじて部隊長格の人間たちは理性を残しているが、立っているのも厳しい状況。

 少なくとも戦う力はないだろう、とエイルは思った。

 

「くそ、このままでは……」


 フォルブレイズ家の騎士団は王国随一の精鋭だ。

 だというのに、まるで烏合の衆が大軍の奇襲にでもあったように取り乱している姿は、この闇の中の『なにか』がそれだけ恐ろしいということ。


 神槍と呼ばれたエイルでさえ、気を抜けば恐怖で塗りつぶされてしまいそうで――。


「おいエイル! お前は無事か⁉」

「グレイオス……ああ。だが」


 戦友の無事を見てホッとするのもつかの間、周囲の状況に苦悶の表情を浮かべる。


「くそ! どうする⁉」

「……どうするもない。理性を保っている者たちを引き連れて、撤退だ」

「倒れてるやつらは置いていくつもりか⁉」

「仕方あるまい! この状況を見ろ!」


 エイルの言葉にグレイオスも辺りを見渡す。

 阿鼻叫喚の地獄絵図、という言葉のとおり、酷い惨状だ。


「だが……」


 元々『破砕』を率いてきたグレイオスにとって、部下は全員大切な仲間であり家族だ。

 それゆえに人一倍人情味に溢れ、この状況で見捨てるという選択を取れるほど非常になり切れなかった。

 だからこそ、これまで一人で戦い続けてきた自分の役目だとエイルは思う。


「意識のある者は、動ける者だけを連れて撤退! これ以上ここにいては全滅するぞ! 急げ!」

「エイル⁉」

「急げ!」


 エイルの言葉にフォルブレイズの戦士たちが動く。

 彼らはみな歴戦の戦士。だからこそ、この状況でなにも出来ない自分を歯痒く思い、悔しさを隠せずにいた。

 そうして撤退していく彼らを見ながら、エイルはグレイオスと向き合う。


「……行くぞ。我らが行かねば、もっと被害が大きくなる」

「ぐっ……畜生! シズル様は無事だろうな……」 

「もちろんだ。我らが主は、世界最強の男だからな」


 そう言いながら、エイルの心には不安が残る。

 それほどまでに、この闇は恐ろしいものだったのだ。


『グオオオオオ!』

「「っ――⁉」」


 突如、叫びをあげたのは闇に呑まれて苦しんでいたはずの魔物たち。

 人間も、そして同じように暴れている魔物も敵と見なしているのか、理性を無くしたようにすべてを壊そうと暴れ始めた。


「やべぇ!」

「グレイオス、行くな!」


 グレイオスは倒れた戦士を一人でも助けようと、慌てて戦場に戻る。

 彼には、同じ釜の飯を食べた戦友を見捨てるという選択は、どうしても取れなかったのだ。


「……このバカめ」


 エイルは撤退していく戦士たちを見る。

 元々グレンに憧れた者たちによって構成されたこの騎士団は優秀だ。

 きっと自分の手がなくとも、戦場から離れられるはず。


「離れられないやつは……死ぬだけだ」


 長年一人で戦い続けてきたエイルにとって、己のミスで死んでいく冒険者など吐いて捨てるほど見てきた。

 たった一つ、選択肢をミスするだけで命など簡単に散ってしまう。


 それが冒険者というものであり、だから――。


「……ここで見捨てて、シズル様にどのような顔で会えばいいというのだ!」


 自分はもう冒険者ではない。シズル・フォルブレイズの騎士なのだ。

 そう言い聞かせたエイルは、グレイオスを追うように暴れる魔物の群れに飛び込み、苦しむ仲間たちの救出に向かう。


「いるのだろうハットリ!」

「否、我はサスケ」

「是、実はいる」

「どっちでもいい! 魔物は我々に任せ、一人でも多く助けるぞ!」


 そうしてシズルに忠誠を誓った戦士たちは、うっすら染まる闇の中へと飛び込んだ。

 そこが死地であると分かっていながら、それでも退けない思いがあったから。

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