雷帝の軌跡④
「今のは……本当にあった戦いなの?」
「そうだ。そして神々は力を失い、この世界から消えていく。その後、六大神は己の力を振り絞り大精霊を生み出し、魔獣が暴れる世界を守らせるようになった」
世界を構成する六柱のエレメント。
大精霊たちはそれから代替わりを重ねながらも大魔獣たちと戦い続けた。
ルージュやディアドラもまた、過去の大精霊たちから力を受け継いで今に至る。
「……なんというか、話が壮大過ぎて頭がこんがらがりそうだ」
ヴリトラもこの過去の光景を見せただけ、というわけではないだろう。
元々、今回の話の発端はシズルたちの『生まれた意味』について。
「ここまで見せればもうわかっただろう?」
「うん……つまり俺たちは、あの世界蛇ヨルムンガルドの復活を阻止しないといけないんだよね?」
「そうだ」
二度に渡る神々との戦いを生き抜いたヨルムンガルドは、はるか西の地にて封印され続けていた。
だがいつか復活を遂げたときのため、再起のタイミングを図り続けていたのである。
「奴は待っていたのだ、神々の力が弱まるときを」
迂闊に復活すれば、大精霊たちに感づかれて力を取り戻す前に滅ぼされてしまう。
そうしてずっと長い時を耐えた。耐えて、耐えて、耐え続けて、そして――。
「雷神様はヨルムンガルドが復活する兆しを感じ取った。しかしもう自分は地上に降りることは出来ない。だからこそ、己の力をすべて受け継げる者を探した」
「それが……俺だった?」
「そうだ。神たちが去った後、この世界には六大精霊だけが残った。それゆえに、この世界で生まれた人間では雷の力を受け継げなかったのだ。だからこそ雷神様は、他の世界の人間に目をつけたのだ」
シズルはその言葉を聞いて、思わず天井を仰ぐ。
自分がこの力をもって生まれたのは、なにか意味があることはなんとなく気付いていた。
同じ大精霊でもルージュやイリスの力に比べて、ヴリトラの力はどこか神を彷彿とさせるものがあると思っていたから。
「まさか、本当に神様の力そのものだとは思ってなかったけど……」
「……それでシズル。どうする?」
「どうする?」
「雷神様があえて最初からこの説明をしなかったのは、シズルにはこの世界で自由に生きていて欲しいと思ったからだ」
「……」
「世界蛇ヨルムンガルドは世界すら喰らいつくす史上最悪の大魔獣。ここでシズルが逃げたとしても――」
「あのさヴリトラ、心にもないことを言うのはよくないんじゃないかな」
相棒の言葉を遮り、シズルは首を横に振る。
「だってあれを放置したら、フォルブレイズ領も、アストライア王国も、全部滅ぼされちゃうんでしょ?」
「奴とて長く封印されていて、その力の大部分は失われている状態だ。いずれ大精霊たちが集まってくれば再封印も可能だろう」
「そうなる前に、どれだけの犠牲が出る?」
シズルは自分がこの場所に来る前、強烈なう闇の波動を感じた。
あれがどれほどの脅威か、今この地上にいる誰よりも分かっているつもりだ。
たとえ封印され続けて弱っていようと、世界を破壊するには十分過ぎるだけの力を秘めているのは明白で――絶対に倒さねばならない敵だと思った。
「正直、俺がこの世界に転生させてもらった意味とか、今更考えようとは思わないんだよね」
最初はただ、異世界に転生するというあまりにも夢みたいな出来事に夢見心地なだけだった。
ただの一般サラリーマンじゃない、物語に出てくるようなヒーローになれると、そのために頑張ろうと思うだけだった。
「最初は一人で強くなろうと思っていた」
生まれたときから魔術が使えたシズルは、人目を避けてずっと修行に明け暮れていた。
そこに明確な目標はなく、あるとすればそれは、異世界に転生したことで『主人公』になりたいという想いと、母を傷つけてしまったという贖罪。
この二つの想いにシズルは悩み、苦しんだ。
それが変わったのはいつだろうか。
「決まってる。ルキナと出会ったからだ」
最初は自分が守らないといけないと思っていた少女は、自分よりもずっと強い少女だった。
いつの間にか自分の心の内を曝け出すようになり、そして支えとなっていた。
ルキナだけではない。ユースティアもシズルにとってもう大切な人の一人。
それにイリーナも、マールも、グレンやホムラといった家族たちがみんな、こんな異質な自分を受け入れて守ってくれていたのに気づいた。
そんな家族たちに誇れる自分でありたい。
だからこそ救える人は救おうと思ったし、強くなるために妥協をしてきたつもりはない。
そしてその生き方は、前世でサラリーマンだったときよりもずっと充実しているものだった。
「この剣と魔法が溢れる異世界に転生してから十二年……」
優しい家族たちに見守られてここまで成長した。
大切な友や、第二の故郷と呼べる場所を手に入れた。
なにより、一生守りたいと思う女性たちと出会えた。
「俺はこの世界が好きだ。だから、この場所を守りたいと思う」
「そうか……」
シズルの言葉は、とても強い意思が込められている。
その気持ちがしっかりと伝わったからか、ヴリトラは嬉しそうだ。
先ほどの幻とは違う、本物の笑み。
「この世界に来てまだ二十年も経ってない。なんなら前世の方がまだ長い時間を生きてきた。だけどさ、俺にとってもうこの世界こそが故郷なんだ」
「ああ……」
「だから、守るよ。これは生まれてきた使命だとかじゃない。シズル・フォルブレイズが家族や故郷を守りたいと思ったから、だから戦うんだ!」
シズルはヴリトラに手を伸ばす。
「だから、力を貸してヴリトラ!」
先ほどのような、一方的に力を奪い一人で戦うこととは違う。
この世界に生まれてから一緒に在った兄弟にして相棒。
そんな彼の力が、シズルには必要だった。
「よく言った! ならば、我も今再び誓おう! 我はヴリトラ! 世界の主神であり最強の神である雷神トールより生み出された、世界最強の雷龍精霊である! 我が魂を分けし兄弟であるシズル・フォルブレイズとともに、あの悪食の魔獣を滅ぼしてやろうではないか!」
その想いにヴリトラが応え、誓いの言葉とともに辺り一帯で激しい雷が生み出される。
普通ならそれは恐ろしいと感じることだろう。
だがしかし、今のシズルにとっては、まるで生んでくれた母の腕で抱きしめられているかのように心地いい。
「俺も誓うよヴリトラ。雷神様にこの世界に転生させてもらった俺に役割があるっていうなら、それをきちんと終わらせて、そして――」
これからは、俺は俺の人生を歩むから。
「やるぞシズル……いったい誰が最強なのか、今一度教えてやろうではないか!」
「うん!」
そうしてヴリトラが激しく光り輝き、ゆっくりとシズルの中へと入っていくと、凄まじい力が溢れてくる。
それは勇者クレスと戦った時よりも、ずっと強く、そして温かいものだった。
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