雷帝の軌跡③

 シズルの視線の先には人工的な建物などはなく、ただ広い荒野で巨大な魔獣たちが暴れて世界を破壊しようとしている光景。

 凄まじい軍勢だった。


 ヴリトラはこれを過去の光景だと言うが、もし今この軍勢がフォルブレイズ領を襲い掛かれば、シズルでさえ守り切れないだろう。

 そんな中で、大魔獣に対抗するように戦う戦士たちがいた。


「強い……」


 魔獣たちは強大だ。だが押しているのは戦士たちの方。

 一人一人がヴリトラを喰らった時の自分に近い力を持っており、暴れる魔獣たちを駆逐していく。

 それは人のようで、明らかに人を超越した存在。

 シズルはその中で、ひと際強い力を持つ者に気付く。


「あれはもしかして……雷神様?」

「そうだ」


 白い髪を刈り上げた和服の老人。その顔は巌のように険しく、手に持った巨大な槌を振り回して魔獣たちを薙ぎ倒していく。


 この世界に転生する切っ掛けとなったその姿は、転生前に見たものと変わらずのままだ。


 雷神様を先頭に、他の戦士たちも次々と魔獣たちを斬り進む。

 つまり、あそこで戦っているのは――。


「雷神様と同じような神様たち?」


 雷神様たちの他にも同じ存在であろう神たちが、大魔獣たちと戦っては滅ぼしていく。

 その中には、どこかルージュやディアドラに似ている存在たちもいた。

 ただ、そこから感じられる力はシズルの知っている彼女たちすら圧倒するほど強い。


「これはかつて、まだ神たちが地上に生き、そして魔獣たちから地上を守ってきた時代だ」

「……凄い」


 フェンリル級の魔物が大地をひしめく。だが神々はそんな魔獣たちを一蹴しながら、余裕すら感じられる戦いぶりを見せる。


 もしあの中の一人でも今の時代に生きていれば、人はみな彼らにひれ伏すことだろう。


「この時代、神と呼ばれる存在たちは多くいた」

「雷神様も、その一人なんだ」

「ああ……無数にいる神たちの中でも特に強い力を持つ神は六大神と呼ばれるが、雷神様のその六大神よりも更に上の存在。最強の力を持った最上神だった」


 雷神様が手に持った巨大な槌を振るう。

 一瞬で発生した雷は、何千という魔獣たちを一撃で吹き飛ばす。

 他の神たちも強いが、彼だけは別格の力を見せつけていた。


「雷神様と六大神がいる限り、地上は安泰だ。他の神たちも、当時はそう思っていた……あの魔獣が生まれるまでは」

「あの魔獣?」


 そうして再び景色が変わる。

 どこか神秘的な雰囲気のある白亜の神殿。

 ゲームなどであれば、神々の宮殿とでも呼ばれそうなところだった。


 本来ならそこは、緑豊かな草原が広がり、黄金色の太陽を反射して、生命の水がキラキラと輝いている美しい場所だったはずだ。


 だがしかし、今は柱は破壊され、地面は裂け、白く美しかったはずの柱はあちこちで倒れている。

 まるで大震災の跡地のようにもなった宮殿には、多くの神々が地に伏せ倒れていた。


「これは……」

「たった一体。あの魔獣が現れて神々の宮殿ヴァルハラに攻めてきた」


 ほんの少し時間が流れて景色が変わる。


「なんだ、あの化物は……?」


 もはや原型を留めていない神々の宮殿の前には、見たこともないほど巨大な蛇がいた。

 その蛇が動くだけで大地は割れ、神々は一人、二人と滅ぼされていく。

 残っているのは六大神と呼ばれる神のみ。

 そんな六大神の攻撃すらこの蛇には通用せず、最初は抵抗できていた神々も次第に一方的な戦いになっていった。


「世界蛇ヨルムンガルド……世界を滅ぼすためだけに生まれた存在だ」


 その蛇は他の神々の攻撃すら意に介さず、ただ破壊の限りを尽くしていた。


 今この場に存在しないシズルですらわかる、圧倒的な力をもった化物。


 シズルはこれが過去の光景だということを理解しながら、それでも圧倒的な存在感に思わず恐れてしまう。

 あれに対抗することは、神ですら不可能だと思っていると――。


「あれは……」


 突然、世界蛇ヨルムンガルドが苦しみだした。その理由は、空から巨大な雷による攻撃。

 初めて痛みを感じた子どものように暴れまわる大蛇は、攻撃をしてきた敵を睨む。

 そこに立っていたのは、白い髪を逆立てて怒りの形相でヨルムンガルドを睨む一人の老神。


「雷神様だ……」

「世界蛇ヨルムンガルドと戦えるのは、最強の神である雷神様だけだった」


 そして、雷神様と世界蛇の戦いが始まる。

 世界最強の神と、世界すら滅ぼす蛇の戦いは三日三晩続いた。

 圧倒的な再生力を持つ大蛇に対して、雷神様は世界すら焼き尽くしかねない雷で応戦し続けた結果、地上の生命力はどんどん失われていく。

 強すぎる力というのは、たとえ世界を守るための戦いであっても世界を壊しかねないものだった。


「あ……」


 結果的には雷神様の一撃が世界蛇ヨルムンガルドの身体を打ち砕くが、半分になった蛇はその場から逃げ出してしまう。


「雷神様はヨルムンガルドの撃退に成功するが、しかし止めを刺すことが出来なかった。そうして再びやつは力を蓄えて、復讐しにやってくる」


 復活を遂げた世界蛇と再び相対する雷神様。

 その戦いは一回目以上の被害を地上にもたらした。


 一度目の戦いで雷神様の力を知ったヨルムンガルドは、自分だけでは勝てないと悟っていた。

 だからこそ強力な己の眷属を生み出し、他の神々たちを襲うようになる。

 魔獣とは思えない狡猾さに、雷神様は驚きを隠せないでいた。

 だが驚いたのはシズルも一緒だ。なぜなら世界蛇ヨルムンガルドが生み出した魔獣たちに、見覚えがあったから。


「あれは黒龍ディグゼリア? それにフェンリル……でも、俺が戦った時よりもずっと大きいし、強い力を持ってる?」

「今の時代で災厄と呼ばれる魔獣たちは元々、世界蛇ヨルムンガルドの眷属だったのだ。長い時を経てだいぶ力を失っていたがな」

「……あれで力を失ってただって?」


 自分が見てきた大魔獣たちはその存在一つで国すら落としかねない力を秘めていた。

 それは間違いなく人類にとって災厄であり、圧倒的な脅威。


 だが今、目の前で神々を相手に暴れている大魔獣たちは自分の知っている魔獣たちとは存在そのものの『格』が違う。

 あれが一体でも今の時代に現れたら、人の手に負えるものではないだろう。


「……」

「神々は応戦した。雷神様もまた、世界蛇ヨルムンガルドだけはここで打ち砕くと心に決めて戦った。しかし――」


 世界蛇ヨルムンガルドだけでも苦戦をしていた神々にとって、災厄の魔獣たちは脅威だった。

 六大神と災厄の魔獣たちが戦っている間に雷神様はヨルムンガルドと再び戦うが、一度負けた蛇はやはり狡猾だった。


 雷神様が本気で力を使えないように、他の神々を盾にしながら戦っていたのだ。


 その結果、一人、また一人と神が落とされていく。

 残った六大神と主神である雷神様は怒り、嘆き、必ずここでこの魔獣たちを討つと総攻撃を仕掛けた。


 神々のほとんどが失われたその戦争は、結果的に神々の勝利で終わる。

 だが――。


「世界蛇ヨルムンガルドを滅ぼすことは出来なかった」


 雷の一撃で弱らせることが出来たが、その力の反動で雷神様もまた力の大多数を失ってしまう。

 ほとんどの魔獣を滅ぼしたとはいえ、一部は残り逃げ出した。

 ヨルムンガルドもまた再び逃げ出そうとして、しかし六大神たちによって封印されることとなる。


「っ――」


 シズルの視界が一瞬だけ暗くなり、次に光が差すと最初にいた雷の城の玉座に座っていた。


「これが……黄昏の終末ラグナロクの結末、神の時代が終わった瞬間だ」

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