雷帝の軌跡②

 魔王ヘルが倒れた。

 それと同時に、世界が闇に包まれる。


「……え?」


 あまりに突然の出来事に、呆気に取られて思考が止まってしまう兵士たち。

 だがすぐに気付く。


 この闇が――圧倒的な存在感を持つ『なにか』の中なのだと。

 

 恐怖、絶望、死……。

 ありとあらゆる闇の感情がこみ上げ、立つこともままならずに倒れ、泣き、叫ぶ。

 歴戦の戦士たちも、本能のままに進む魔物たちも関係ない。


 その戦場に立つすべての生物が、闇の中の『なにか』を感じ取り、生きることを諦めた。





 暗い闇が広がっている中でバチバチと輝く雷光。

 慣れ親しんだそれは普通なら怖く思うだろうが、しかしシズルにとっては家族と共にあるような安心感さえ感じられた。


 ――シズルよ。


 雷から発せられるそれは、シズルはこの世界に転生してから何度も聞いてきた声。

 ずっと傍に在った、兄弟よりも近い存在。

 しかし自分のエゴのため、消してしまった相棒。


「ヴリ、トラ……? あれ、ここは?」


 それは四年前、ヴリトラと初めて出会った城。

 その最奥にある玉座の上に座っている自分を疑問に思う。


 この城にやってきた記憶は一切ない。

 ましてやヴリトラが座っていた玉座に座るなど、考えたこともなかったはずだ。


『目が覚めたかシズル』

「あ……」


 それは――もう二度と会えないと思っていた相棒の声。

 だがしかし、周囲を見渡してもあの黄金色に輝く雷龍は見当たらない。


 長く続く紅い絨毯の敷かれた階段の下には、バチバチと音を立てる雷の精霊たちが集まっているだけ。

 彼らはまるで、王の前にひれ伏すような雰囲気を持ちながら、ただそこに存在していた。


「これは?」

『雷の精霊たちがシズルを王と認めたのだ』

「王?」


 手足には力が入らず、玉座から立ち上がることは出来ない。

 おそらくこれは幻だ。だが、ただの幻ではないこともなんとなく理解出来た。


『今までお主が使っていたのは、我からの借り物の力だった。だが大精霊である我を飲み込み、その力を我が物としたことで、すべての雷精霊たちがシズルこそが主であると認識したのだよ』


 そうしてシズルの目の前で雷が爆ぜると、そこから空間が歪み小さな黄金色の龍が生み出される。

 今までずっと見慣れていた、子龍の姿。


「ヴリトラ……」

「よくやったな、シズル」

「はは……」


 シズルは自分の顔が引き攣るのが分かった。

 だがそんなシズルに気付いていないように、ヴリトラが嬉しそうに笑う。


「この我を喰らったのだ。あの程度は簡単に倒してもらわねば困る」


 出会ってから数年。ほぼ片時も離れたことのない相棒は、シズルの結果に対して嬉しそうに声を弾ませた。

 ただ、ヴリトラの気配は普段とは違ってどこか虚ろで、そこにいるのにいないようにも思える。

 それはここが夢だからか、それとも――。


「……俺はヴリトラの力を奪った形になるけど、もう会えないの?」


 夢でもいい。だから望んだ答えが欲しい。


「ふむ……」


 シズルの問いにヴリトラは少しだけ考え込む。

 腕を組んで少し天井を見上げる仕草はどう見ても人間臭く、小さな子龍はどこかコミカルな感じがした。


「今の我は、シズルの中で眠っている状態だ」

「うん」

「だが、お主が望めば出ていくことが可能だろう」


 その言葉を聞いて、シズルはホッと一息を吐いた。


「良かった……」

「いくら強くなったとはいえ、シズルにはまだまだ我が必要だからな」

「そうだよ。まだ一緒にいてもらわないと、困る」


 今回一人で戦って分かった。たしかに自分は強くなったし、ヴリトラの力をすべて支配すればもっと強くなれる。

 だがそれは『ただ強いだけ』。

 自分にはまだ、ヴリトラが必要なのだ。


「……お主は」

「だからごめん」


 シズルは目の前にいる、『偽物のヴリトラ』に手をかざす。


「シズル?」

「俺が傍にいて欲しいのは、俺の望みだけを叶えてくれるような、そんな幻じゃないんだ」


 自らの魔力を解き放ち、シズルはヴリトラだったものを吹き飛ばす。

 同時に、まるで二人を祝福していたような雷の精霊たちもまた、消えてなくなった。


「……」


 気付けば、先ほどまで玉座にいたはずの自分が階段の下にいて、見上げる形になる。

 そしてそこにいたのは、龍人の姿をした雷の大精霊ヴリトラ。


「よく耐えたな。もしあのまま己の願望を受け入れていたら、どうしたものかと少し焦ったぞ」

「……ごめん」

「謝るな。お主は力の大きさを理解していたし、そのあとに起きるであろうこともわかっていたはずだ」

「うん……」


 あの瞬間、シズルは冷静だった。

 感情に呑み込まれたのではなく、冷静にすべてを終わらせる選択を選んだのだ。


「あの瞬間、お主を止めるのは我の役目だった。まあまさか、あんなに一瞬で吹き飛ばされるとは思わなかったがな」


 苦笑しながら、ヴリトラは少し遠い目をする。


「強くなったものだ。我はまだ、お主のことを甘く見ていたらしい」

「そんなことないよ。あれは全部、ヴリトラの力だ」

「くくく……まあそう言ってくれるのは嬉しいがな、意識を吹き飛ばされた身とはしてなんとも言えん」


 シズルがそう言うと、ヴリトラは玉座から立ち上がりゆっくりと階段を降りてくる。


「怒りで我を忘れたとはいえ、大精霊の力を一身に受けてなお耐えきった今、お主にはすべてを聞く権利がある」


 そうして傍に来るとこれまでの少し緩んだ空気から一変し、真剣な表情でシズルを射抜いてきた。


「先に言っておく。今から話す内容は、我らがこの世界に生まれた意味そのものだ」

「……それは」


 始めて出会ったとき、ヴリトラは言っていた。

 シズルが雷神様によってこの世界に転生させてもらったことには理由があると。

 そしてその理由は、まだ語るときではないと。


「本当は、最後まで話すつもりはなかった。たとえこの世界に転生させた理由があったとしても、雷神様はシズルに自由生きて欲しいと願っていたようだからな」

「うん……」

「だがこうして『あれ』が生まれてしまった以上、いつまでも黙っているわけにはいかん」

「……あれ?」


 ヴリトラがそう言った瞬間、目の前の光景が変わる。

 そこはこれまであった豪奢な城の中ではなく――。


「……荒野?」

「かつてまだ、神がこの世界を支配していた時代だ」


 そうしてヴリトラは、まるでなにかを思い出す様に一瞬瞳を閉じると、語りだした。

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