最終章 雷帝の軌跡

雷帝の軌跡①

 魔王軍との戦場になっている城塞都市マテリアよりも東の地。

 城塞都市ガリアの城壁の上で、ルキナとユースティアは並んで西の地を見ていた。


「シズル様は、大丈夫でしょうか」

「……大丈夫さ」


 大丈夫、と言ったユースティアもまた、不安を隠しきれていない表情。


 シズルのことは信頼している。誰よりも強い男だと思っている。

 だがそれでも、なにが起こるのかわからないのが戦争というものだ。


 戦争というのは恐ろしいものなのだと、改めて思う。


「シズル……無事に帰ってこいよ」


 戦争が終わったら、この隣に立つ純粋無垢な友人と三人で笑い合いたい。

 そして婚約者として、ずっと傍にいたい。

 それがユースティアのただ一つの想いだった。




「父上!」


 倒れる父を見たシズルは、慌てて駆け寄る。

 だがその瞬間、地面から伸びる影の刃が襲い掛かった。


「邪魔を、するな!」


 雷の剣でそれを薙ぎ払うが、数が多い。

 すべてを捌き切れず刃が掠るが、そんなものは気にしてる暇はないとただ前へ突き進んだ。


「残念ですが、そこまでです」

「っ――⁉」


 だがしかし、シズルが辿り着くより早く、二人を囲うような黒い球体が生まれた。

 それが魔王ヘルの魔術だということがわかるより早く、球体は地面に吸い込まれるように消え、その場から無くなってしまう。


「ぁ……」

「二人の身体は私が頂きました……英雄二人は、色々と使い道がありますので」

「……使い、道?」


 魔王ヘルの言葉に、シズルは思わず足を止めて彼女を見る。

 彼女はただ、うっすら笑みを浮かべるだけ。


「クレスは、お前の仲間じゃなかったのか?」

「ええ、とても良くしてくださった友人です。ただ、彼も私の父の仇……死んだなら死んだで、役になってもらわないと」


 ヘルの言葉に怒りがこみあげてくる。

 シズルの意思とは関係なく、バチバチと魔力が漏れ始め、夕暮れ時の戦場を明るく灯し始めた。

 

『シズル! 怒りに呑み込まれるな』

「……大丈夫」

『……ああ』


 親を殺され、さらに使い道などという言い方をされれば誰でも激怒するだろう。

 そしてシズル・フォルブレイズという男は、この世界に転生してからずっと家族を大切に想ってきた。


 だからこそ、その怒りと悲しみは深いものだろう。

 それでも今は戦争中。

 怒りに身を委ねるなど、絶対にありえてはいけないことだ。


 だからヴリトラは、シズルの落ち着いた声に一瞬ホッとする。

 だが――。


「今日ここで全部終わっても、それでいいから」

『なっ⁉ 待――』


 ヴリトラがシズルを止めようと声を上げる、それより早く彼の意識は薄れ始める。

 理由は、シズルのあまりにも激しすぎる怒りの感情。


『あ、あああ……』

「……ごめんヴリトラ」


 淡々と、ただヘルを見据えるシズルの瞳はどこまでも落ち着いたものだった。

 身から溢れる雷の魔力も、静かに輝くのみ。

 だがしかし、見る者が見ればわかるそれは、どこまでの昏い感情を内包したもので――。


「ふ、ふふふ……」


 魔王ヘルはそれを見て、ゾッとした。

 これまで魔王の娘、そして魔王として生きてきて、多くの魔物や魔族たちを見てきた彼女から見ても、今のシズルはなにかが違う。


「ああ、これですね……これが本物の神の力……」


 人のまなこから変化した黄金の龍眼がまっすぐ射抜いて来る。

 シズルの身体から止まらず溢れる静かな雷が形を変え、彼の身体へと纏われていく。

 雷で出来た羽根が背中から生え、尻尾が、そして鱗が……。


 黄金の髪がまるでその全てを守るように伸びていき、そうしてシズルの変身は終わる。 

 それはまるで生物が新たな進化を遂げる瞬間を見ているようだった。


「ああ、なんて美しい……」


 今まさに、シズル・フォルブレイズは人から地上最強の生物、龍の力を取り込んでいく。

 その力は、魔王として生きてきた彼女でさえ戦慄を隠せないほどで、同時に彼女の想像以上の力だった。


「ようやくここまで来ました。さあシズル・フォルブレイズ! その力を見せてみなさい!」

「……」


 瞬間、シズルが飛び出す。

 そうヘルが認識したときには、彼女の身体は吹き飛ばされていた。


「ごふっ!」


 殴れた、と理解したのは、シズルが追いかけて来なかったから。

 もっと言うと、自分が地面に転がり、血を吐いてからだ。


「……」

「……ふふ、さて。ここからどうしたものでしょう?」


 ダメージが大きく、引き攣った顔はきっと相当ブサイクになっているだろうと予想出来る。

 魔王と呼ばれ、最強の魔族である自分がたった一撃でこのありさまなのだから、正真正銘の化物だろう。


 シズルの表情は、どこまでも昏い。

 まるで感情をすべてそぎ落とされてしまったようだ。


「まるで虫けらを見るような目。まあ神々からすれば、人も魔族も、この世界に住むすべては虫けら同等のものなのかもしれませんね」


 ヘルが立ち上がる。

 そして闇色の鎌を取り出した。


「さあ、ここからが正念場です……」


 ありとあらゆる存在を喰らう蛇の残滓。

 極々わずかなそれでさえ、魔王である自分のすべてを侵食するほどの強力な力。

 だがそれすらも、今は頼りなく見える。


「はぁ!」


 たった一撃。シズルから与えられたダメージはあまりにも大きい。

 だからこそ防戦に回ってはならないと、ヘルは前に飛び出した。


「……死ね」


 シズルが虚無の瞳で、力なく掌をかざす。

 そこから生み出されるエネルギーの大きさにヘルは一瞬恐れ、しかし逃げずに手に持った鎌を振り切る。

 ほぼ同時に放たれた破壊の力が、ヘルの放つ闇の魔力と拮抗し、極限の魔力のぶつかり合いが周囲の空間を歪ませた。


「っ! ぐ、うぅぅぅ!」

「……」


 苦悶の表情を浮かべるヘルに対して、シズルはなにも変わらず淡々と雷を放つだけ。


「……」

「……ハァァァァ!」


 気合一閃。

 闇の鎌から放出される黒い魔力が力を増し、黄金の魔力を飲み込み始める。

 このままいけば雷を喰らいきれるだろう。


 だが、それでもシズルの表情は動かない。


「死ね」

「っ――⁉」


 拮抗した、押し返した。

 だがそれでも、更なる力が上乗せされ、一気に押し返された。


「こ、れ……は⁉」


 恐ろしい力だとヘルは思った。

 あまりにも圧倒的過ぎる。

 ヘルの使う闇の鎌に罅が入り、このままいけば自分は呑み込まれるだろう。


 だからこそ――。


「ふふ……ふふふふふ」


 ヘルは笑った。


「ああクレス。貴方とともに背負い続けた私たちの願い……それは今日……」


 言葉の途中で、闇の鎌が折れる。

 そして魔力の出所を失った闇は黄金の雷に呑み込まれ、その場から姿を消すのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る