エピローグ
グレン・フォルブレイズ――アストライア王国が誇る大英雄。
彼が戦場に出るだけで敵は恐怖し、味方は勝利を確信する。
クレス・アストライア――アストライア王国が誇る勇者にして大精霊の契約者。
そして、王国を追い詰めた魔王すら退けた王国最強の戦士。
「くかか、中々盛り上がってていいじゃねぇか」
「……」
「おいおいクレス、なにを黙り込んでんだ? 俺がこの場に出てくるのが意外だったか?」
かつて魔王戦役において、多くの英雄を輩出した。
しかしこの二人以上に活躍した者はいない。
それほどまでに、グレン・フォルブレイズとクレス・アストライアは『特別な存在』だったのだ。
「……いや、君ならこの場にやって来ると思ってたよ。たとえ片目、片腕を無くそうと」
「だよな」
柔らかく微笑むクレスと、獰猛に笑うグレン。
二人は戦争以前から親友同士であり、そして共に並んで魔王を倒し、王国を平和に導いた存在。
「で、王国には喧嘩売るわ、うちに攻め込むは好き放題してくれたが、落とし前は当然付けてくれるんだよな?」
「もちろん。この戦争が終わったら、ちゃんと全部僕が背負うさ」
そんな二人が対峙したことにより、周囲の緊張はどんどん高まっていく。
笑い合いながら友人同士の語らいをしているようにしか見えないが、その間に発せられる闘気は戦場を飲み込むほど濃いものだったから。
二人の間には、シズルでさえ入れない『なにか』があった。
「まあお前にはお前の事情があるんだろうが……やっていいことと悪いこと、あるよな?」
「大事の前には小さなこと、かもしれないよ?」
「悪いが……」
――俺の息子の命以上に重いものはこの世にはねぇんだよ!
その言葉と同時に、グレンは片腕で大剣を振り下ろす。
同時に迸る炎がまるで龍の如く激烈な熱を持ってクレスに襲い掛かった。
「はぁ!」
一閃――クレスの剣が炎をかき消す。
火の粉が戦場を舞、まるで緋色の魂が天に向かうように風に揺れた。
「おらぁぁぁぁぁ!」
「っ――⁉」
炎と同時に飛び込んでいたグレンの咆哮。
それと同時に再び振り下ろされた大剣がクレスを叩き潰そうと迫る。
「くっ――⁉」
クレスが剣で受け止めた瞬間、まるで落雷が落ちたような衝撃が戦場に響き渡った。
「片腕しかないのに、相変わらずの馬鹿力だね」
「たかが腕一本無くしたからって、俺の力が変わるわけねぇだろ!」
「普通腕が一本無くなったら、バランスが取れなくなって力も弱くなるんだよ」
「そんなの、勘でなんとかなるだろうが!」
なるわけない、と離れたところで見ていたシズルは思う。
人体はそんな簡単なつくりをしていないのだ。
だがそれでも、グレンは自身の言葉の通り、まるで意に介さず戦っている。
炎を身に纏い、一挙一動するたびに舞う炎と気迫は獰猛な獣を彷彿させる。
片腕で振り回される大剣は嵐のように大地を削り、反撃するクレスも危険を感じて防戦となっていた。
もちろんクレスも反撃はするが、それを待っていたかのようにグレンも攻勢に出る。
「強い……」
シズルはクレスと対峙したとき、勝てないと思った。
だが今、グレンは不自由となった身体でありながらもそのクレスを圧倒している。
あまりにも理不尽な強さに、シズルは感嘆とともに疑問を覚えてしまった。
「なんで、あんなに強いんだ?」
グレンの動きはシズルの知っている父をはるかに超えている。
もちろん、これまで真剣勝負をしてきたことはないので、これが戦場のグレンの力だと言われればそうなのだが……。
『……シズル。あの男は』
「ヴリトラ、どうし――っ⁉」
ヴリトラがなにかを言いかけた瞬間、シズルの方に炎が飛んできた。
慌てて避けると、炎の発生源であるグレンは悪いと言わんばかりに手で謝罪している。
どうやらクレスを攻撃する際に、炎をこちらに飛ばしてしまったらしい。
「まあ、今のは仕方ないか……」
グレンだってクレス相手に余裕などあるはずがないのだから、二人の戦いから目を離してしまった自分が悪いと思う。
「……」
グレンの動きは決して理に適っているわけでない。
だがその分、読み辛く、なにより理不尽なほど早く力強い動きにクレスが押され始めた。
「強いんだけど……なんか……」
普通の強さと違う気がし、嫌な予感がする。
グレンの剣を受け止めきれず、クレスが思い切り吹き飛ばされた。
それを追いかけたグレンは、突然その動きを止める。
「え?」
戦いはグレンが押していたはずだ。
だがしかし、今苦悶の表情を浮かべているはクレスではなく、グレンの方だった。
「ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ……へへへ、さすがに年が年だから、しんどいぜ」
まるでシズルにそう言い聞かせるように声を出すが、その顔色は真っ青だ。
とても普通の状態じゃないと思い、改めて先ほどのグレンの動きを思い出す。
大精霊の契約者であるクレスよりも高い攻撃力で圧倒した動き。
それはまるで、命を燃やしているようで――。
「父上……まさか……」
「おいなんて顔してやがる? 俺のことはどうでもいいから、さっさと体力回復させてこの場から離れな」
やせ我慢なのが一目でわかる笑みを浮かべたグレンに、シズルはなぜ父がこれほど強いのか理解した。
そして同時に、これ以上戦わせるわけにはいかない。
「ふう、やっぱり君は滅茶苦茶をする」
「……そうでもしなきゃ、お前を止められないからな」
「まあ、そんな君だからこそ、先に退場してもらったはずなんだけどね」
体中を埃塗れにしながら、それでも笑みを絶やさないクレス。
そしてまるで、ここからが本番だと言わんばかりに光の魔力を纏い始めた。
「さあ、それじゃあ終わらせようか」
「ああ、お前の負けでな」
クレスに対抗するように、グレンの身体から獄炎があふれ出す。
「駄目だ……」
次の一撃、それで決着がつく。
そしてそれは、たとえどうなってもグレンの命が消えゆくもので――。
「駄目だ!」
「シズル!」
「っ――⁉」
止めるために飛び出そうとした瞬間、グレンが叫ぶ。
「後は全部、お前に任せた」
「え?」
その意味を理解出来ずにシズルは一瞬、ほんの一瞬だけ動きを止めてしまう。
そしてその一瞬ですべての決着はついた。
「……なあクレス」
「なんだい?」
「けっこう、楽しかったぜ。今日も、これまでも……」
「うん……僕もだ」
クレスの剣はグレンの腹を貫通し、そして――。
「これだから、君は滅茶苦茶なんだ……だけど、これで僕の選んだ道は……」
クレスの腹部もまた、グレンの剣で貫通していた。
同時に倒れる二人。
「……あ、父上?」
どちらも間違いなく致命傷で、ピクリとも動かない。
ただ地面に紅い血が染み込んでいくだけ。
「父上ぇぇぇぇぇ!」
戦場にシズルの悲鳴が響き、同時に空に暗雲が広がり始め――。
ただ一人、魔王ヘルだけが倒れた二人をじっと見つめるのであった。
雷帝の軌跡 ~俺だけ使える【雷魔術】で異世界最強に!~
5章 『勇者の選択』 完
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