第24話 守りたい者

 戦いというのは単純な強さだけでは決まらないことが多い。


 たとえば剣の技量で負けていても、魔術で押し切れる場合もあるし、その逆もある。


 現実とゲームとは違うし、戦いはルールありのスポーツとも違う。だからこそ――。


「ハァ……ハァ……」

「随分と粘るね」


 この戦いが始まってから何度も感じていたことだが、この勇者クレスという男はシズルの『上位互換』だ。


 剣も、魔力も、力も、速度も、戦闘における戦略も、あらゆる面で十二歳のシズル・フォルブレイズを上回っている。


 ヴリトラの力を限界ギリギリまで引き出してなお、この男には届かない。


「くそ……」


 反撃に出たクレスを相手を相手に戦い続けたシズルは、その場で膝をつく。


 すでに身体は傷だらけ。致命傷こそ免れているが、『自力の差』というのはそう簡単には覆らなかった。


『シズル、これ以上は無理だ! 一度退いて態勢を……』

「勝てなくても、ここで足止めを続けないと」


 もはやシズルはクレスに勝てるとは思っていなかった。


 しかしこの血と肉が飛び交う戦場において、このような敵を放置するわけにはいかない。


 いくらエイルたちが冒険者として優秀で戦況を優位にしていても、クレス一人がやってくるだけで全てがひっくり返ってしまうのだから。


「太陽が沈み始めたら魔物たちも退いていく。だからそれまでは――」

「無理だよ」


 これまでの戦況を見て、魔物たちは夜は戦わないと思っていたシズルはクレスの言葉に戸惑いの声をあげる。


「今までは、僕たちが魔物たちを退かせてただけだからね。こうなった以上、今日は最後まで戦い続けるさ」

「くっ……」


 つまりそれは、ここでクレスを倒せない時点でフォルブレイズ軍が敗北するということ。


 しかしこの男の強さは圧倒的だ。シズルには、勇者クレスを倒せるビジョンがなかった。


「シズル君の力は凄い。少なくとも僕が同じ年齢だったときよりも数段上の実力だった。きっとあと数年もすれば、互角に戦えただろうね」

「今勝てないと、意味がないんですよ」

「その通り」


 結局のところ、戦いとは『今持っているもの』でどうするか。


 どれだけ将来性があろうと、未来に英雄になるだけのポテンシャルがあろうと『今』死んでしまえばその未来はどこにもないのと一緒だ。


「こうならないように、今まで戦ってきたんだけどなぁ……」

『シズル、我に一つ提案がある』

「却下」


 シズルはヴリトラの声色から、なにを提案しようとしているのか分かった。


『……シズルよ』

「今は諦めて退けって話でしょ?』

『そうだ。我はシズルの才能を信じている。いずれはあの男を超え、世界最強にもなれる。だからこそ――』 

「無理だって」


 この世界に転生してから十二年。

 優しい家族に囲まれて育ち、守りたい場所が出来て、大切な者がいる。


 そんなこのフォルブレイズ家を守るのは自分の役割なのだ。


「ごめんねヴリトラ。未来のためにって意味は理解できるんだ。だけどさ、人間ってそれだけじゃ、動けないんだよ」

『シズル……』

「ここで俺が逃げて、いつかクレスを倒せたとしても……その先になにも残ってなかったら意味がないんだ」


 おかしな子どもであったにも関わらず、大切に育ててくれた家族や使用人。

 ずっと傍にいてくれたルキナや、新しい婚約者になったユースティア。

 友達のイリスに、アポロ、戦友のローザリンデ。

 自分のことを主と認めてくれるエイルたち。


 ただ一人で逃げるには、この世界には大切な者が多すぎた。


 だからこそ、たとえ自分が刺し違えてでも『今』この男を倒さなければならない。


「覚悟の灯った良い瞳だ。本当にシズル君は期待通りだった。けど……」


 先ほどからときおり、こうしてクレスは言葉を濁す

 まるで期待通りであったが、期待以上ではなかったとでも言いたげだ。


「そもそも貴方に期待してもらいたいなんて、思ってませんよ」

「だよね。まあそれはもういいんだ。君の力を知るって目的は終わったし――」


 ――もう終わらせよう。


 その瞬間、クレスの持つ剣が凄まじい光を放つ。


 初めて見せるクレスの全力の一撃は、今のシズルには対抗策がなかった。


 それでもただ見ているだけでいいはずもなく、シズルもまた黄金色の魔力を解き放ち、極光の剣に対抗しようと構える。


 二人の魔力が高まり、戦場を照らし始めた瞬間――。


「おいおいおい、テメェらだけでなに盛り上がってんだ、ああん⁉」


 雷光の飛び交う戦場を二分するように、巨大な深紅の炎が迸る。


「っ――⁉」

「この炎は⁉」


 二人が強大な魔力を秘めた炎の発信源を見ると、大剣を構えた一人の男が立っていた。


 燃えるような紅髪、片目、片腕を無くしてなお鍛え上げられた身体は歴戦の勇士を思い浮かべさせる。


 ただそこに立っているだけで圧倒的な存在感を出すその男は――。


「よおシズル、それからクレス。俺も混ぜろよ」


 かつて魔王戦役において勇者クレスとともに戦い続けた、英雄と呼ばれた男、『グレン・フォルブレイズ』だった。

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