第23話 限界の力
自分の限界以上の力は、諸刃の剣だ。
雷の大精霊ヴリトラという世界最強の力を使いこなすには、十二歳という身体はあまりにも未熟過ぎた。
だが、たとえそうだとしてもこの力を『今』使いこなさなければ、目の前の男には勝てない。
「あ、あああ! ヴリトラ! もっと、もっと力を!」
『シズル、これ以上は……!?』
「いいから!」
『くっ……』
元々その力をすべて分け与えるつもりだったヴリトラも、しかし今のシズルの力量では厳しいことに気付く。
このままではシズルは己の力に飲み込まれるだろう。
それは……たとえこの場を凌いだとしても意味がない。
『ここまでだ!』
だからこそ、ヴリトラは自分が止めなければならないと強く思う。
シズルが扱える限界まで引き出したところで、与えていた力をすべて止めたのだ。
「ヴリトラ⁉」
『シズルよ! 過ぎたる力は災いを及ぼす! 今のお前では、これでもすでに限界を超えているのだ!』
「……」
シズルはなにも言わない。
ヴリトラの言葉が間違いなく正しいことを理解していたからだ。
「わかった……あとは、俺の力でなんとかする」
『シズルは今まで努力し続けてきた。たとえ我が力を使いこなせなくとも、戦いという領域で負けると決まったわけではない』
「うん」
シズルはこの世界に転生してから、ただ一日も鍛錬をサボったことがない。
赤ん坊のときは魔力と体力がなくなるまでずっと魔術の鍛錬を行ってきて、身体が成長するとあらゆる武器を使いこなすべく、練習してきた。
――そうだ。このような日が来ることを想定して、俺は鍛錬を続けてきた。
たとえ剣が通用しないことがあっても、槍なら戦えるかもしれない。槍が駄目なら斧は? 距離を取って攻撃できる鞭は? マールからは短刀の投合術も学んできた。
魔術だけではない。あらゆるシチュエーションで勝てる自分であるために、様々なパターンの練習をしてきたのだ。
「……ふぅ」
大きく深呼吸をして、改めてクレスを見る。彼は余裕そうな表情でこちらを見ていた。
実際、クレスにとってシズルは脅威に値しない程度の存在なのだろう。
まだ本気を出していないのは伝わってくるし、恐らく本来の彼の実力はもっと恐ろしいものだ。
ただ落ち着いて見てみると、先ほどまで感じていた『絶対的な差』というのはなかった。
「なんか俺、焦ってたのかも」
『自分より強い敵を大きく見てしまうのは仕方ない。だがしかし、それに吞まれなければ勝機は十分にある』
「だね……うん、思ってたよりずっと、勝てそうだ」
『よし、ならもう大丈夫だな』
先ほどよりもずっと身近にヴリトラを感じる。
これは本来シズルが扱える限界量を超えている状態だ。
きっと長くは持たない。だが――今この瞬間だけ。
「行きます!」
「そう、それが君たちの選択なんだね。なら僕は――」
飛び出したシズルに対して、クレスはどこか違うところを見ているような表情。
だがそれを気にしている余裕はシズルにはなかった。
雷で生み出した数十の短刀を一斉に飛ばす。
それはかつて闇の大精霊ルージュが、シズルに向けてきた『
それはまるで銃弾のように凄まじい勢いでクレスに迫る。
だがそれは光の一閃ですべて薙ぎ払われた。
「こんな小手先の魔術が僕に通用するとでも思ってるのかな?」
「思ってませんよ!」
光と雷がぶつかり合い、戦場をすさまじい光が照らす。
結果、視界を一部閉ざされたクレスの懐には、シズルが入り込んでいた。
「早いね」
「どういたしまして」
武器などいらない。今のシズルはヴリトラから与えられた魔力で強化しており、この身体一つ一つが武器なのだから。
「喰ら、えぇぇぇぇ!」
「ぐっ……!?」
巨大な雷が落ちたような轟音が鳴り響く。
シズルのパンチがクレスの腹部を打ち抜き、大型トラックに吹き飛ばされたような勢いでクレスが吹き飛ぶ。
「まだまだぁ!」
強化されたシズルの動きはまさに雷そのもの。
飛ばされたクレスを追いかけるように飛び、そして空中に蹴り飛ばすと更にそれを追いかける。
大型魔獣ですら一撃で粉砕する威力を持つそれは、生身の人間が受けていい攻撃ではなかった。
――だけど、足りない!
手ごたえはある。だがそれでも、この男は『世界最強』なのだ。
空中で態勢の整わないクレスを思い切り地面に叩きつけると、シズルは己の背中に雷の翼を生み出した。
「『雷翼の
空中から生み出される雷の翼。それがマシンガンのように地面に降り注ぐ。
周囲一帯はシズルの攻撃によって砂煙が舞い上がり、クレスがいた場所はもう見えなくなっていた。
「はぁぁぁぁぁぁぁ!!」
それでもシズルは攻撃を止めない。
人間相手では初めて『殺す気』で攻撃を続けた。
そうしなければ、この男は倒せないと確信していたから。
そして――砂煙の中から雷翼を切り裂く光が伸びてきた。
「ぐっ――⁉」
間一髪、シズルはその攻撃を躱したが、雷翼が斬られたことで空中でのバランスを崩して地面に落ちる。
しっかり着地をしたのでダメージはない。しかし、そのせいで攻撃をの手を止めてしまった。
「さあ、次はこっちの番だね」
「……本当に、化物だ」
シズルの攻撃をあれだけ受けて、なおダメージを受けていない様を見せるクレスに、シズルは冷や汗をかかざるを得なかった。
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