第22話 本当の力

 シズルがこの世界に転生してから今まで、多くの強敵たちと戦ってきた。


 それぞれが世界最強クラスであり、単純な強さだけではなく、恐ろしい能力を秘めているそれらは、ヴリトラの力なくしては勝つことは出来なかっただろう。


 だがそれでも、シズルは自分が本当に勝てないと思ったことはなかった。


 生まれてからずっと鍛錬を続け、この身体自体も才能に溢れている。

 天才と呼ばれるのも当然だと思ったし、その期待に応えるためにずっと動いてきたのだ。


「だけど――」


 光の剣閃が飛んでくる。

 

 それを躱した先にはすでに勇者クレスが回り込んでおり、鋭い二の剣がシズルを斬り裂こうと迫る。


「くっ⁉」

「おっと」


 慌てて掌を前に出し、雷の魔力を爆発させる。


 至近距離からの反撃は、しかしクレスの超人的な反射速度で飛び退いたためにダメージを与えることが出来なかった。


 そうして二人は距離を取り、そして睨み合う。


「ハァ、ハァ……なんて強さ」


 すでにこのような攻防は何度も続いていて、その度に精神をすり減らされる。


 シズルはたしかに様々な強敵たちと戦ってきたが、それでもこれほどまでに力の差を感じたのは初めての経験だった。


「今まではまあ、追い詰められることがあっても絶対に勝てないってことはなかったんだけど……今回は無理かも」

『うむ……恐ろしい男だ。あらゆる面で今のシズルを超えている』

「ね……どうしよっか」


 力で負けていれば速さで、速さで負けていれば魔力量で、魔力量で負けていても、経験や戦略で。

 単純な話、戦いはなにかに負けていても違うなにかで勝てればそれでいい。

 

 だがしかし、この勇者クレスという男は壮絶な戦争の最前線で戦い続け、そして今も危険な魔族領で一人残り続けた男。


 その戦いの経験値は、たとえ十二年間鍛え続けたとはいえ、今のシズルを大きく上回っている。


「ああくそ……だからって逃げるわけにはいかないし」


 この戦場にクレスが出てきたということは、彼らにとってなにかしらのタイミングが揃ったということだ。


 理由はわからないが、撤退したところで城塞都市ガリアまで攻められたら同じである。


 結局のところ、この戦争はシズルがクレスを倒せるかどうか、それがすべてなのだから。


「さすがグレンの子だ。正直ここまで粘られるとは思わなかったよ」

「それはどうも……こっちもこれだけ圧倒されるとは思いませんでしたよ」


 相変わらず最初と変わらない軽口を叩くクレスに、シズルは自身の弱みを見せないために同じく軽く応える。


「多分シズル君はいずれ、僕を超えて世界最強になると思う」

「その言葉は、クレスさんがフォルブレイズ家に遊びに来たときに言ってくれたら素直に喜べたんですけど」

「……たしかにね」


 シズルの言葉に一瞬遠い目をしながら、クレスは苦笑する。

 そこに込められた想いがどんなものなのかはわからないが、彼は彼なりになにか思うことがあるのだというのは伝わってきた。


「シズル君が強いというのは本心だ。だけど、まだ足りないね」

「足りない?」

「うん……だから君にはもっと本気になってもらいたいな」


 その言葉の意味がシズルには理解出来なかった。

 

 自分はすでに本気を出している。ヴリトラの力も以前より引き出せるようになっているし、そもそも手を抜けるような相手ではないのだから当然だろう。


 だがクレスはまだ上があると確信しているような言い方。


『……シズル、敵の言い分をあまり聞く耳を持つな』

「ヴリトラ?」

『たしかにシズルはまだ我の力を出し切れていない。だがしかし、それはまだ扱えないからであり、使ってしまえばそれは――』

「大丈夫だよ」


 なにかを言い淀むヴリトラの言葉が気にはなるが、しかしシズルにとって彼は誰よりも信頼できる相棒。

 クレスの言葉よりも、ずっと信頼できる。


「仮にそんな力があったとしても関係ない。俺たちは、今持ってるもので戦わないといけないんだからさ」


 たしかにクレスは強い。過去最強の敵と言ってもいいだろう。


 だがしかし、彼は人間だ。

 フェンリルのように強靭な生命力を持っているわけでもなく、リッチに呪われたヘルメスのように無限にいる存在ではない。

 

「攻撃さえ当てることが出来れば、十分勝機はあるんだから」 

「それが、出来るかな?」

「やりますよ」


 ――だから君にはもっと本気になってもらいたいな


 先ほどの言葉は、一つのきっかけだった。


 たしかに自分は手を抜いてはいない。だがしかし、その先があるとすればそれは――。


「ヴリトラ……俺のことは気にせず、力を貸して欲しい」

『……いいだろう』


 シズルの限界を超えさせてくれるのは、いつも相棒の力。


『シズルはいずれ世界最強になる男だ! ならば我が力の本懐、受け取るがいい!』


 ヴリトラの力がシズルに流れ込んでくる。それはこれまで以上に強力で、凄まじい圧力が襲い掛かって来る。


 だがこれを飲み込めば、更なる力を得ることが出来ると確信した。


「うおおおおおおおお!」


 叫ぶ! 自分を奮い立たせるように空高くへと大きく声を上げる。


 その瞬間、黒雲が空を覆い天空が荒れ始める。

 激しく鳴り響く雷の音はまるで神の怒りのようで、戦場に立つすべての存在が空を見上げた。




「……まるで龍。これが雷の大精霊の本当の力ですか」

「うん……」


 その様子を見ていたヘルは、シズルの力の奔流を感じてて恐れを抱いていた。

 魔王と呼ばれ、危険な魔族領をまとめ上げた彼女でさえ、今のシズルの力は恐ろしいものだったのだ。


「だけど……これじゃない」

「え?」

「この力では、まだ足りないんだ……」


 天をも揺るがすシズルの姿を見てなお、勇者クレスはただ一人、その奥に眠る力を見据えていた。

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