第21話 戦場の勇者
クレス・アストライアがどういう人間かと問われたら、多くの人がこう答えるだろう。
世界最強にしてもっとも高潔な人物、と。
「さて、こうして戦場で相まみえるのは初めてだね」
「そうですね」
――底が見えない。
柔和な笑みを浮かべて微笑む男性を前にして、シズルは恐ろしい魔獣を前にしている錯覚を覚えた。
これまでフォルブレイズの屋敷で何度も相対してきた。訓練も一緒にしてもらったし、実際に剣を交えたこともある。
その時から強いことは十分わかっていたが、しかしこれは――。
「勝てると思う?」
「……厳しいな。あれはもはや、人の域を超えている」
「だよね……」
シズルは目の前の勇者を見て、自分との実力差をはっきりと感じていた。
相手の強さを読み取れないということは、それだけの差があるということなのだ。
「父上の嘘つき」
元々、フォルブレイズ側の作戦としてシズルを戦場に出さない方針だった。
理由としては敵側にいる勇者クレスを抑えられる可能性があるのが、シズルだけだったから。
だがしかし、こうして対峙すればわかるが、今の自分ではクレス・アストライアという超人に勝つことは出来ない。
「結局のところ、切り札云々は全部俺を戦場に出さないようにするための方便だったってわけだ」
「まあ仕方あるまい。いかに強くとも、親はいつまでも子を半人前扱いするものだからな」
だからといって、この状況を打破できる人間は他にはいない。
「さて、いくら言っても問題は解決しないし……それじゃあやりますか」
「おう!」
基本的にこの戦場において、シズルは本気を出したことはない。
理由は父の言葉の通り、勇者クレスと対峙したときに体力を消耗していては、勝ち目がなかったからだ。
「『
ヴリトラがシズルの身体の中に入り、そして体内から凄まじい雷のエネルギーがあふれ出す。
それを感じながら、シズルはこれまで抑えていた魔力をすべて開放した。
「っ――先ほどまでも本気ではなかったということですか!」
「そうみたいだね。うん、さすがはグレンの息子だ」
驚くヘルに対して、クレスはどこか懐かしそうに微笑む。
魔王と勇者。
二人同時に相手をしなければならないことを考えれば、力を温存している余裕などなかった。
大地を迸る雷。
一流の戦士でさえ影を追うことが出来ないほどの速度で一気に距離を詰めたシズルは、そのままヘルに向かって雷剣を振り下ろす。
「くっ⁉」
ヘルが咄嗟に生み出した闇の壁に防がれるが、先ほどと違い今のシズルはそんなものでは止まらない。
「ハアァァァァ!」
パリン、とガラスが割れるような音と激しい雷音が戦場に響き、闇の魔力が一気に散らされる。
そしてそのまま片を付けると、ヘルに斬りかかった所で――。
「やらせないよ」
「ちぃっ⁉」
ヘルとシズルの間に入ったクレスが、手に持った光の剣で受け止めた。
触れた瞬間にわかる。
強大な魔力で生み出された武器であり、勇者の代名詞とも言える――。
「聖剣アストライア!」
「そう、魔王殺しの剣だ」
光の大精霊アストライアが生み出したと呼ばれる世界最強の剣は、シズルの雷剣を受け止めてなお傷一つ付かず、それどころかその巨大な魔力に押し込まれてしまう。
「さあ、それじゃあ大精霊同士の戦いを始めようか。あ、ヘルはそこで見てていいからね」
「わかりました。貴方に言うのも烏滸がましいですが、お気を付けて」
「くっ――!」
危険を感じた。
それはこれまでの死闘の中で培われてきたシズルの感覚が、はっきりとそう伝えてきたのだ。
思わず大きく距離を取り、態勢を整えようとして、すぐ目の前のクレスの姿があることに驚愕する。
そして横薙ぎされた聖剣を受け止めるが、気軽に振られたとは思えないほどに重かった。
「大した速さだけど、実は僕も速度には自信があるんだ」
「こ、のぉぉぉぉ⁉」
踏ん張り切れずに遠くに吹き飛ばされながらも、シズルは追って来るクレスから目を離さない。
そこから始まるのは、一方的な防戦。
クレスの攻撃を下手に受け止めるのは不味いと思い、なんとか躱すことだけを考える。
一瞬でも動きを止めれば自分は真っ二つにされる未来が見えていて、シズルにとってこれほど強いと思う敵は初めてだった。
「いちおう、俺もそれなりに強いはずなんだけど……世界は広い!」
「少なくとも僕が君くらいの年齢のときよりは強いから、自信を持っていいよ」
「ここで死んだら未来がないので、自信なんて持てませんね!」
もしゲームなどでステータスがあれば、きっとクレスはすべてがカンストしてるのだろう。
それほどまでに攻撃は強く、動きは早く、技量は極められていた。
それでもなんとかなっているのは、これまでの経験、そしてヴリトラという強大な力の後押しがあるからだ。
「これは……本当に不味い」
勝機が見えなかった。
かつてないほどの強敵を前に、シズルはただ一方的に追い詰められてしまう。
すでに太陽は沈みかけ、紅い夕日が戦場を染め上げる。
そんな中で、黄金の雷と白い閃光がぶつかり合いながら、命の輝きを煌めかせ続けるのであった。
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