第20話 闇の大鎌
魔王ヘルの猛攻は続いていた。
明らかに異質な魔力を纏った彼女の大鎌を前に、シズルは防戦一方になってしまう。
「こ、これは不味いかも⁉」
「絶対にあの大鎌に触れるなよ! あれは、あの力は我らのすべてを喰らい尽くすぞ!」
「もちろん触れないけど!」
距離を取って雷を放ってみても、ヘルが大鎌を振るうだけですべての魔力が消えてしまう。
先ほどはわからなかったが、あれは魔力同士がぶつかっているわけではない。
文字通り、『魔力を喰らっている』のだ。
これまで見たことのない危険な力を前に、さすがのシズルも迂闊には近づけない状態が続いていた。
「うわ……あれはさすがにずるくない?」
「あれはかつて太古の神々すら喰らったと言われている魔獣の力」
「っていうと、フェンリルみたいな?」
「……」
シズルの言葉にヴリトラは真剣な表情で首を横に振る。
いったい何が違うと言うのか……。
そう思っていると、ヴリトラは過去を思い出す様に口を開いた。
「たしかに白狼も神々を喰らったが、しかしあの力はもっと恐ろしい……神々を滅ぼしかけた力」
「……滅ぼしかけた」
「気を引き締めろよシズル。生半可な覚悟であれと相対すれば、すべてを失うぞ」
魔王ヘルの瞳は狂気に彩られ、とても正気を保っているようには見えない。
最初とはずいぶんの差で、それが強大な力に飲み込まれている状態なのだということはなんとなくわかった。
「まあでも……いくら凄い力でも、制御できない力なんて意味ないよ」
「ア、アアァァァァァァ!」
再びヘルが飛び掛かってくる。
身体能力が強化されているのか、それとも元々魔族の持つ力なのか、シズルから見ても恐ろしい速度で動く少女。
少なくともシズルがこれまで体験してきた中では、一番と言っていい動きだ。
だが――それだけ。
「これくらいなら、ローザリンデやエイルたちの動きの方が鋭い」
ヘルの大振りを避けて、彼女の背中に回り込むとシズルは思い切り蹴り飛ばす。
魔術で強化したシズルの一撃は巨大な魔物たちをも上回り、ヘルは大きく吹き飛ばされた。
「いくらなんでも、あんな動きだったら当たらないよ」
「……うむ。そうだな!」
彼女の動きはたしかに超人的であるが、その分技量という点では随分と荒い。
この程度であれば、いくら一撃必殺の攻撃手段を持っていようと、今のシズルにとっては危険もなにもないと言える。
「ア、ア、ア、アアアアアァァァ!」
普通の魔物なら再起不能になるくらいの力で蹴ったはずだが、感覚がマヒしているのか、まるでダメージを負ったようには見えない。
攻撃が躱されたことで苛立ったのか、ヘルは狂ったように空に向けて叫ぶと、すぐさま飛び掛かってくる。
それはまるで獣のような動きだ。
「だから、当たらないって!」
これまでのやり取りで、危険なのは彼女の持つ鎌だけだということは分かっている。
だからこそシズルは危険を承知で一歩踏み込み、そしてヘルの腕を掴むとそのまま一本背負いをして地面に叩きつけた。
「――ガハッ」
「こんな危ないのは、必要ないね!」
ヘルの手から離れた大鎌は、さすがに単体ではその力を発揮できないらしい。
シズルが放った雷によって遠くに飛ばされて、カラカラと音を立てながら荒野を滑っていった。
「……っ」
「あ……」
大鎌から手を離したからか、地面に仰向けで倒れているヘルの瞳に正気が戻ったことに気が付いた。
どうするべきか、と思っていると彼女の身体が地面に沈み込む。
これはルージュがよく使う、影から影に動く魔術。
逃がさない、と思って手を伸ばすが遅く、すぐに遠く離れたところにヘルが移動していた。
「……本当に、子どもとは思えない恐ろしい強さですね」
先ほどの状態はよほど体力を消耗するのか、ヘルは額から汗を流し表情は苦しそうだ。
大鎌はすでになく、どうやら影の中に仕舞ったらしい。
「降参する?」
「まさか」
「だったら、俺は戦争を終わらせるために君を殺さないといけないけど」
「……ふ、ふふふ。この期に及んで、ずいぶんと甘いことです」
シズルの言葉がおかしいのかヘルが笑う。
実際にこうして戦ってみて、シズルは己の方が魔王ヘルよりも強いことを確信していた。
それはヘルも同じだろう。
だからこそ、彼女の余裕な態度が気になる。
戦争の首謀者である以上、なにかしらの切り札を持っていることは想像に難くないが、しかしそれでも対処できる自信がシズルにはあった。
「たしかに貴方は強い。その年齢を考えれば、いずれ世界最強になれる逸材でしょう」
「……」
「だけど、それは『今』じゃない」
そうして、ヘルの影から一人の男がゆっくりと現れる。
シズルはその男を知っていた。それはかつて父であり英雄だったグレンの親友であり、そして大陸で『勇者』と謳われる世界最強の男。
「やあシズル君。元気だったかい?」
勇者クレスは戦場に似合わない微笑みを浮かべながら、腰の剣に手をかけた。
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