第19話 魔王ヘル
【前書き】
長らくお待たせしました。
スローペースですが、雷帝も少しずつ再開していきます。
―――――――――――――――――――――――
シズルの活躍で魔物の軍勢はどんどんと数を減らしていく。
とはいえ、クレスや魔王を名乗る存在がまだ姿を見せない今、大規模魔術を使って動けなくなるわけにはいかず、戦況が優位になるのは局地的なものだった。
「……これじゃ埒が明かないんだけど」
『仕方あるまい。戦争の勝敗は個人で決まるものではないからな』
「そうだね」
日が暮れ始め、意外なことに魔物たちはまるで人間のように自陣へと帰っていく。
そうなれば当然フォルブレイズ側も体力を回復させるために引かざるを得ない。
そんな日々が続き、ある程度戦況が膠着し始めたころ、ある一区画でおかしな現象が起きた。
「なんだ? あの禍々しい魔力は……」
戦場のど真ん中でボス級の魔物たちを倒していたシズルは、突如現れた強大な魔力に反応してそちらを見る。
明らかに普通の魔物とは違う。大きさだけで言えばかつて倒したフェンリルの方が強いが、しかしどこか歪さを感じさせた。
「嫌な予感がする……」
シズルは近くにいた魔物たちを一掃すると、急いでその現場に向かう。
そうして辿り着いた先には、人も、そして魔物もすべて倒れており、ただ一人佇む少女の姿。
「これはっ――⁉」
「あら? あなたは……そう、あの男の息子ですね」
少女は薄く笑うと黒いワンピースの裾を掴み、丁寧にお辞儀をする。
まるで王侯貴族の令嬢のようで、この戦場で明らかに場違いな存在にも見えるが――。
『油断するなよシズル……』
「この状況で油断するほど、馬鹿じゃないよ」
少女はゆっくりと顔を上げると、シズルに向かって微笑んだ。
「私の名はヘル。かつて魔族領を支配していた魔王の娘にして、現魔王です」
「……」
「自己紹介をしたのだから、そちらもするのが筋ではありませんか?」
「シズル・フォルブレイズ……」
「ふふふ……」
シズルが名を名乗ると、魔王を名乗る少女ヘルはただただ愉快そうに笑う。
「なにがおかしい?」
「いえいえ……かつて父を滅ぼした英雄の息子とこうして対峙したらどういう風に感じるか、ずっと疑問でしたがそれが解消されて……ええ、とても気分がいいです」
父を滅ぼした、という言葉にシズルは少しだけ心が軋む。
彼女は魔族で、そして自分は人間だ。そして、お互いに戦争をしていた。
だからこそ父であるグレンは勇者クレスとともに魔王を倒したのだが、それはあくまでも国同士の問題。
こうして実際に殺された側の子どもが目の前にいると思うと、シズルとしても簡単に割り切ることは出来そうになかった。
「もしかして同情していますか? それなら心配いりませんよ。思ったよりもずっと、なにも感じませんから」
「……そう」
「多分そうですね。私の復讐心は人間すべてを呪うことはできないのでしょう」
「え?」
「気にしないでください。結局のところ、私が嫌いなのは世界でただ一人だけだった、ということを再確認しただけですから」
その言葉はおそらく、ヘルの本心なのだろう。
実際にシズルを見る彼女は、ただどこにでもいる人を見る瞳だった。
とはいえ、シズルとしても彼女を見逃すという選択肢はない。
なにせヘルはこの場にいる人間だけでなく仲間であるはずの『魔物』もまとめて滅ぼしているのだから
「たとえ貴方がどういう想いを抱いているとしても、俺には関係ない」
「そうですね。私も自分の考えを理解して欲しいとは、思っていませんよ」
シズルが雷を解き放つと、ヘルは闇の魔力を纏った。
結局のところ、自分たちは相容れることは出来ないのだ。
「はっ!」
「ふふふ」
シズルが牽制程度の雷を解き放つと、ヘルは笑いながら闇の壁を生み出して防いでしまう。
それと同時に空に黒い球体を浮かび上がらせ、シズルへと飛ばしてきた。
「この程度なら」
『避ける必要もない!』
彼女がしたことは自分も出来る。そう言うようにシズルは自分の正面に雷の壁を生み出して、闇色の球体をすべて打ち消した。
「なるほど……これが噂に聞く神殺しの雷ですか。なんとも、破壊に特化した力ですね」
「そうかもね!」
お互い一歩も動かず、それぞれ魔術を放っていく。
その一撃一撃が大型の魔物を消し炭に出来る威力を込めているはずだが、ヘルはなんなくそれを撃ち落とし、反撃してた。
「強い。これが、父上の言っていた……」
単純な強さだけでいえば、魔物の方が強いかもしれない。ただしかし、魔族というのは魔力の扱いに長け、そして人と同じように『思考』する存在。
それゆえに、一定以上のレベルになってくると単純な力押しが通じない相手となる。
とはいえ、今のシズルは強い。
大精霊、神喰らいの魔獣、悪魔、古代の死霊王。
数々の強敵たちを下してきた今のシズルは、それこそ世界最強に手が届くほどの強さを持っている。
互角に見えた戦いも、徐々に形勢はシズルに偏り始めていた。
「……いちおうこれでも殺す気で攻撃しているのですけど……とんでもない化け物ですね」
「失礼だな」
「魔王である私を圧倒するだけの魔力、化物と言わずなんと言えばいいのですか?」
「油断したらあっという間にやられるから、こっちも必死なんだよ?」
お互い魔術で攻撃をしながら、相手の実力に驚きを隠せなかった。
それを誤魔化す様に軽口をたたくのだが、すでにほとんどの魔物も人間も殺された戦場では、不自然な空間としか言いようがない惨状。
二人の魔力によって空間が歪み、近くで争っていた人も魔物も手を止めてただただ魅入っていた。
「なんか……これって」
強力な雷と闇のぶつかり合いは、かつて大切な少女を守るときと酷似していると思った。
魔王ヘルが黒髪で、どことなくルージュに似ていたからかもしれない。
それに、同じように闇の魔術を使っているところも、そっくりだ。
「ルージュと戦ってたときみたい」
「その名をっ――!」
「え?」
「呼ぶナァァァぁぁ!!」
突如、先ほどまでどこまでも冷静だった魔王ヘルが激高しだした。
「あああ! あの闇の大精霊が、我が故郷のすべてを壊し! 私は……私は!」
打ち合いをしていた闇を消したヘルは、両手で顔を覆い蹲る。
まさかの事態にシズルは攻撃するべきか悩み、いくら敵であってもこの状況では躊躇わざるを得なかった。
なにより――。
『なんという魔力の高まりだ……シズル、気を付けろ!』
「わかってる!」
不意に立ち上がった魔王ヘルは、生気を無くしたような瞳で涙を流していた。
だらんと力なく下げられた両腕は、もはや生きる気力すらないようにも見える。
ただし――高まり続ける魔力が無ければ、の話だが。
『来るぞ!』
「っ――⁉」
ヘルが動いた、と思った時にはシズルの目の前にいて、両手で持った闇色の鎌を振り下ろす。
それを大きく飛び退いて躱すが、ヘルの勢いは止まらない。
「アアアアアア!」
嵐のような鎌の連撃は、シズルでさえ躱すので精一杯なほど鋭い。
なにより狂気に彩られたその攻撃は、受け止めることさえ憚れるもので、触れるだけで危険を予兆させるものだった。
「だったら!」
両手を前に出し、雷の結界を生み出す。
触れれば大型の魔物でさえ燃やし尽くしてしまうそれを、ヘルはさらに大きくした鎌で切り裂いた。
単純に魔力がぶつかり合った感じではなく、本当に最初からなかったかのように『切り裂かれた』のだ。
「えぇ⁉ あんなのアリ⁉」
『あれは本当に不味いぞ! 今わかったがあの力は――!』
「ヤバイのは見てわかるって!」
とにかく触れるだけで危険なことが分かったシズルは、大きく離れる。
パワーも速度も上回っているが、戦いというのはそれだけでは決まらないものだ。
単純な話、あの触れたら負けの鎌をなんとかしないと勝ち目はない。
それほど、今の魔王ヘルは強く、恐ろしい存在だった。
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