第18話 雷の王

 城塞都市マテリアの正面には、魔王ヘル率いる魔族の軍団。


 敵勢力は膨大だが、フォルブレイズ領の戦士たちの素行はともかく実力は本物である。


 強力な魔物を相手にしながらも、防衛戦線は未だ打ち破られる気配はない。


「とはいえ、それもじり貧だな」


 片腕と片目を無くし、険しい表情で眼前を見るグレンの呟きは、現状をはっきりと見据えていた。


「俺がある程度纏めて吹き飛ばしますよ」


 かつて交易都市を襲った魔物の集団を蹴散らしたように、シズルにはそれが出来るだけの力がある。

 そう思って提案したが、グレンは首を横に振った。


「駄目だ」

「なぜ?」

「お前はフォルブレイズ側の切り札だからだからな」

「……」


 たしかに、シズルが全力を出せば一時的には魔物の群れを撤退に追い込めるだろう。

 だがしかし、敵の戦力はまだ全体像が見えておらず、なによりシズルが倒れた状態でクレスが出てきたら、フォルブレイズ側に抵抗出来る人間がいない。


 だからこそ、シズルの力は温存されていた。


「つーか、なんでここにいるんだよお前。ガリアで大人しくしとけって言われてただろうが」

「この状況で、大人しくなんてしてられるわけないじゃないですか」

「……はぁ。あとでエリザベートに怒られても知らねぇからな」


 呆れたようにため息を吐きながら、ともに眼前の敵を見る。


 魔族領からやってきたそれは、異形の姿をしている魔物が多い。

 それだけでなく、魔族と呼ばれる人型の存在たちも確認されている。


「魔族のやつらが本格的に来たら厄介だな」

「強いんですか?」

「あー、どっちかというと魔物の方が強いのは多いかもな。だがあいつらは俺ら人間と同じように考えるし、感情もあるし……まあ、要するにただ力押しをしてくるだけのやつらじゃねえってこった」


 その言葉にシズルも頷く。


 魔物の群れなら、それより強い力で叩きのめせばいい。

 ただ魔族は狡猾で、絡め手まで使うとなると、こちらもそれなりの対応が必要となってくるだろう。


「父上はそういうの、苦手そうですもんね」

「いいんだよ。そういうのは、得意なやつに考えて貰えばな」


 そう自信満々に言い切れるのは、それだけエリザベートのことを信頼しているからだ。 


「俺も、出来ることならただ戦うだけの方がいいですけどね」

「まあそう言うわけにはいかねえだろ。なんせ、この戦いが終わったらお前だって一人立ちしなきゃならねえくらいだしよ」

「……」


 グレンはそう軽く言うが、シズルとしてはあまり乗り気になれない案件だ。

 とはいえ、いつまでも逃げるわけにはいかないだろう。


 グレンというフォルブレイズ家を支えてきた大炎はホムラへと譲り渡され、これまで曖昧だったシズルという立場も決まってくる。

 そのための準備を、イリーナやエリザベートはずっとしてきてくれた。


「なんにせよ、この戦いで負けたら全部終わりだけどな」


 カッカッカ、と快活に笑う姿は決して負けるとは思っていない姿だ。


 片腕と片目を無くしてなお、この男は英雄なのだ。だからこそ、こうして笑っていられる。


「負けませんよ」

「お?」

「だってここはフォルブレイズですよ。王国の壊剣とまで呼ばれた、アストライア王国最強の領地ですから」


 シズルが軽く魔力を放出する。その力は零れ落ちた部分だけですら、並の魔術師十人分以上の力を秘めていた。


「ちょっとだけ戦場に行ってきますね」

「……まあ、無理しない程度にな」

「もちろん、自分の役目はしっかりとわかってますから」


 ただ、やはりこうして自分の生まれ故郷を襲った敵たちには一度痛い目に合わせてやりたい。


 そう思ってシズルは城壁から飛び降りると、そのまま戦場へと駆けていった。




 血と肉が飛び交うのが戦場だ、と昔読んだ小説に表現されていた。


 その言葉はきっと、本当に戦争を経験した者以外には理解出来ないことだろう。


「シズル様⁉ どうしてここに⁉」

「やあエイル、ちょっとだけ加勢に来たよ」


 エイルやグレイオスたちは冒険者たちを率いて戦場の最前線で戦っていた。

 周囲には無数の魔物の死骸が並び、戦況は優位に進んでいるらしい。


 とはいえ、それでも数は敵が圧倒的に多い。死骸の中には人間の冒険者たちも多く見受けられ、まったくの無傷というわけではないようだ。


「押してるところに後押しして、士気をあげるのも戦争の常套手段でしょ」


 そうしてシズルは少し離れたところで暴れいる一体の魔物――かつて戦ったオーガよりもさらに巨体な、黒い鬼を見据える。

 多くの槍や矢が突き刺さってなお暴れまわるその敵は、どうやらエイルたちも苦戦していたらしい。


「ブラックオーガです。オーガ種の最上位で、知能は低いですがその力と耐久力は凄まじく――」

「ふぅん」

「シズル様?」


 シズルは魔の森に棲んでいたオーガを思い出す。

 オーガは自己再生能力を持っていて、シズルも簡単には倒せなかった。


 だがそれはまだ幼く、なにより『ヴリトラ』と契約する前の話。


「じゃあ行ってくるね」

「シズル様⁉ そちらは戦場の最前線――」


 こちらの存在に気付いた魔物たちが襲い掛かってくるが、シズルはすぐさま雷剣を生み出すと斬り、掌から雷を飛ばして吹き飛ばす。


 そうして一直線にブラックオーガに近づくと、敵は手に持った巨大な棍棒を振り上げてきた。


「遅い、遅すぎるっ!」


 それが振り下ろされるよりも先に、シズルは一気に懐に入ると、その雷剣で巨大なブラックオーガの首を刎ね飛ばした。


「これは、ついでだよ!」


 そうして斬られたことすら自覚がないまま立ちっぱなしになる魔物に向かって、巨大な雷を生み出してその肉体を消し飛ばす。


 残ったのは、最初に跳ね飛ばされて宙を浮いていたブラックオーガの首だけ。


 ボトッ、と地面に落ちるとそのままコロコロと転がる。


 それを見た魔物たちは一斉にシズルを見て――。


「さあ、次はお前たちだ」


 軽く雷で威嚇をしてやると、戦意を無くした魔物たちが一斉に逃げ出した。

 

 魔物たちは動物と一緒で強い者を大将として暴れる傾向にあり、その大将が倒されると逃げるのもまた道理。

 これで、この周辺にいた魔物たちはしばらく使い物にならないだろう。


「それじゃあエイル。俺はこのまま別のエリアに行ってくるから、残党処理はよろしく」

「え? あ、はいってシズル様――!」


 呆然とした部下たちを背にして、シズルは次のエリアを進む。


 そうしてリーダー格の魔物たちを次々と倒していき、戦況を偏らせていく。


「……雷の、王?」


 その圧倒的な強さを見た冒険者たちは、そうぽつりとつぶやくのであった。

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