第17話 兄弟

 魔族領からやってきた一団は、やはりというか魔王軍を名乗りフォルブレイズ領に攻撃を仕掛けてきた。


 これに対してエリザベートは即座に応戦。現地である城塞都市マテリアに防衛を命ずる。


「……始まったか」

「兄上」


 城塞都市ガリアの城壁の上で、シズルとホムラは西を見ていた。

 そちらでは今、激しい戦争が始まったと言う話を聞いていた。


 すでにホムラはフォルブレイズの名を背負い、今後領主としてこの戦いに参戦していくことだろう。

 

 今回の侵略は魔族領にとっては国を挙げた総力戦のはず。

 となれば、今このタイミングでホムラが最前線に出るのは時期早々というものだ。


「よく我慢しましたね」

「ただ前に出るだけで良かったときとは、違うからな」


 その言葉にシズルは頷く。

 シズル自身、同じ気持ちだからだ。


「まだ始まったばかりですが、情勢は悪くないと言う話です」

「まああっちにはエイルやグレイオスたちもいるからな」


 今回の戦争が始まるにあたり、エリザベートはこの戦いをフォルブレイズの総力をかけて戦うべきだと最初に宣言した。


 そのためシズルの直属であるエイルたち大陸トップクラスの戦士たちも動員しての防衛線となっている。


「シズル様。情勢報告」

「ああ、ハットリ」

「否、我サスケ」

「……ごめん」


 未だにハットリとサスケの二人の見た目が判断できないシズルは素直に謝ると、城塞都市マテリアの状況を聞く。


 それによると、敵軍は新生魔王軍を名乗り、実際に魔王を名乗る女性がいるらしい。


「魔王ヘル……か」

「は、今更魔王とか名乗られて、こっちがビビるとでも思ってんのかね」


 かつて魔王戦役において、勇者クレスと英雄グレンを中心としたパーティーが倒したとされる魔王。


 当時は泥沼の戦争が続き、人間と魔族の両方が大きく疲弊したという。

 結果的に勇者クレスの言葉で戦争は終結したが、どうやら魔族側にとっては水に流せるものではなかったのだろう。


 二十年以上の月日が経っても、こうして再び魔王を名乗り戦争を仕掛けてくるのだから。


「そいつを倒せば終わるか?」

「いや、このタイミングで来たってことは、多分クレスも敵側でしょう」


 もはや勇者も敬称も必要ない。ただの敵としてシズルはクレスを見ていた。

 それはホムラも同じで、名前を出しただけで瞳を鋭くさせる。


「で、お前はどうするつもりだ?」

「まあ義母上にも言われてますから、しばらくは大人しくしてますよ。さすがに、みんなの命を背負って戦ってるわけですから」

「……だな」

 

 今エリザベートはこれまで培った手腕を持ってフォルブレイズ軍を動かしている。

 もちろんグレンも一緒になっているが、彼はどちらかというと自身が兵士となって戦っていることが多く、全軍を指揮しるよりも兵士たちを鼓舞する方が向いていた。


「しっかしお袋も容赦ねえよな。片腕無くした親父をそのまま最前線に放り込むなんてよ」

「まあそのおかげで前線の士気は最高潮らしいですけどね」


 すでにサスケはいなくなっていて、再び城塞都市マテリアに戻ったのだろうと思う。


 グレンはこのフォルブレイズ領において、もはや伝説とも謳われる存在だ。たとえ戦うことが出来なくとも、その場にいるだけで戦場の士気は大きく変わる。


 すでにエリザベートの戦略によって、クレスの非道な行動。そして魔王軍を名乗る敵の、卑劣な行為は領内、そして王国中に広まっている。


 義憤にかられた在野の戦士やお金に敏感な傭兵、それに国中の冒険者たち。

 王国軍もこのままクレスに舐められっぱなしでは終われない。


 今アストライア王国はこの戦争をきっかけに、あらゆる人材がフォルブレイズ領へと向かってきていることだろう。


 そしてそれは、敵側も同じはず。


「まさに総力戦って感じだな」

「ですね……となると、俺もこのままじゃいられないか」


 シズルは今まで、自身が大精霊の契約者であることを隠し続けてきた。

 もちろんグレンやエリザベート、それに家族の面々はなんとなく察して聞かずにいてくれているが、これ以上隠しきることはおそらく難しい。


 なにせ、元とはいえクレスは勇者。

 その実力は今の自分以上であり、そして王国で彼に勝てる者は存在しないだろう。 


 しかし世界で唯一の雷魔術の使い手として生まれ、その上大精霊の契約者とバレた場合、王国がどのような手段に出るかは、正直想像が出来ない。

 

「おいシズル、一つだけ言っておいてやる」


 戦い以外の不安要素に頭を悩ませていると、ホムラが真剣な表情でこちらを見る。


「たとえお前がなにを隠していようと、お前は俺の自慢の弟だ」

「……」

「だから、動けねぇ俺の代わりに存分にやりな。うるせぇ外野どもは全部、黙らせてやるからよ」

「……ふは」


 ニカっと昔から変わらない、子どものような笑みを浮かべる兄に、シズルはつい噴き出してしまう。


 そうだ、この兄はこうだと思う。


 自分の想いを真っすぐ伝え、なにも迷わず、ただ前だけを見る。


 そんな兄に、シズルは憧れた。たとえ転生する前の年齢と合わせたら自身の子どもくらいの年だとしても、この世界を全力で熱く生きる彼は、憧れを抱くには十分な男だ。


 だからシズルも笑い返す。


「だったら、兄上の分まで全力でやってやりますよ」

「おう……今回は任せたぜ」


 そうして二人で城壁から西を見て、風に流れてくる戦場の匂いを感じるのであった。

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