第36話 シノビ

 第三層を攻略している中で、これまでの階層と一番違ったのは出てくるモンスターの質ではなく、多くの罠などが仕掛けられていることだった。


 エイルやグレイオスたちもモンスター相手ならまだまだ十分戦えるのだが、こと罠に関しては専門家という訳でもなく、中々苦戦気味だ。


 イリスのマッピングのおかげで致命的なものは避けられているのだが、すべてを把握できるわけではなく、時折怪しい部分が見受けられた。


「というか、落とし穴ってふざけてるように見えて、実際にダンジョンで嵌ると絶望的なやつだよね」

「ダンジョントラップの中ではもっとも多くの冒険者を殺すと言われていますからね。シズル様は絶対に先頭を歩かないように。でないと、ホムラ様のようになりますよ」

「うん」


 第三層で最初の方はホムラが先頭を歩いて魔物と戦っていたが、今はシズルと同じく中心部に押し入られている。というのも、率先して先陣を切った結果、多くの罠を発動させてパーティーを危険に晒したからだ。


 普通なら不貞腐れて納得しないであろう兄だが、今回の件は意外なことに堪えたらしく、不満な顔は隠さないままだが大人しくしていた。


「……まあ、今回は俺が悪いからな」

「別に兄上じゃなくてもトラップは発動してましたよ。ただ、相性が悪かっただけです」

「ふん……」


 シズルはそう慰めてみるが、本人は中々機嫌が良くならない。別にこれは他の誰かに対して思っているのではなく、自分のことを許せないだけの状態だと思う。


 というのも、こうして不満そうか顔をしながらも、今戦闘を歩くA級冒険者の二人を真剣な表情で見つめているからだ。


「盗めるもんは、全部盗んでやる」


 貴族であり、プライドも高いホムラだが、自分に足りないものがあるにも関わらず己を大きく見せようとする人間でもない。己の強さも弱さも飲み込み、より高みに至るために前に向く。


 もし兄が敵に回れば、これほど怖い人間もいないだろうとシズルは本気で思った。


「しかし、彼らの噂はかねがね聞いていましたが、本当に凄いですね」


 シズルの前で護衛の形を取るエイルが感心しているのは、先頭を歩く二人組。まるで忍者のような恰好をしている彼らもエイルやグレイオスと同じくA級冒険者であり、『千里眼』と『不退転』の二つ名を持つ冒険者だ。


「『千里眼』のサスケはあらゆる罠を発見し、『不退転』のハットリはあらゆる罠を解除する。この二人のパーティー『シノビ』の手にかかれば、どんなダンジョンも攻略可能と言われていましたが、実際にそれを目にするとすさまじいですね」

「うん……兄上が引っかかりまくってた罠を、最初から知ってるみたいに解除していくもんね」


 その名前といい、思わず日本の忍者を思い出させる二人組は、両方とも同じ国の出身らしい。大陸とは少し離れた島国ジパングでは隠れ里が多くあり、シノビのような技の使い手が多くいるという。


「まさしくファンタジージャパン」

「シズル様、ジパングですよ?」

「ああ、うんそうだね」


 多分この自分の言葉をきちんと理解出来る者は、ヴリトラ以外にはいないだろうなと思いつつ、シズルたちは順調に第三層を進んでいく。




 『シノビ』の二人は戦闘能力ではエイルやグレイオスたちには劣るものの、その活躍は素晴らしいもので、彼らがいなければ第三層を進む足は相当遅いものだっただろう。


 だが大方の予想を裏切り、シズルたちはほぼノンストップで第三層を攻略していき、再び荘厳な扉の前に立っていた。


「さて、どうするよ」


 ホムラの言葉にシズルは考える。


 これまで通りであれば、この扉の先はまた危険が広がっていることは間違いない。もちろんこのまま進むべきではあるのだが、これまでと違いホムラやローザリンデを含めた冒険者たちは相当疲労している。


 第一層の巨大ゴーレムにしても、第二層のヒュドラにしても、シズルがいなければ攻略出来たかどうか怪しい強敵たちだった。そして階を降りるごとに強力になっていくと仮定するならば、この先にいるのはヒュドラ以上の化物だろう。


「ぅー!」

『アポロ、大丈夫だよ』


 イリスに抑えらているものの、アポロは扉の先を睨みながら威嚇するように声をあげている。これまで見たことのない彼の反応に、シズルはより一層の危険を感じた。


「……今日は、ここまでにしましょう」

「いいのかシズル?」

「はい。みんなの疲労もかなり溜まっていますし、正直第三層はこれまでと違って他のB級冒険者たちでは入り込めない領域になっています。となれば、この場にいるメンバーでこの階層をあらかたマッピングと罠の解除に勤めながら魔物を減らしていくことを優先しましょう」


 下層の魔物が上層に上がりこむことは滅多にないが、それでもないとは言い切れない。


 第二層で探索をしている冒険者たちがこの階層の魔物と遭遇すれば、とても手に負えないだろう。


 なにより、万が一スタンピードが発生した場合、この階層の魔物たちを少しでも減らしておくのは重要だ。


 ダンジョンの魔物を生みだす力も無限ではない。時間が経てば生まれ直すとはいえ、それでも気休めになるだろう。


「それが良さそうですね。我々も『シノビ』のお二人がいければここまで順調には来れなかったでしょうし、このタイミングで一旦本格的なダンジョン探索を行うことは無駄にはならないでしょう」

「うん、それじゃあみんな。まずはこの第三層を完全に攻略しちゃおうか」


 反対する者は誰もおらず、シズルたちは一度この第三層を攻略することを決めるのであった。


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