第23話 昔話
昔々あるところに――
「まあ、あるところ、というのがこのアストラル魔術学園で、昔というのは五百年前の話なんだが」
「話の腰を折るのが早いよ」
「おっとすまん」
どうやらユースティアは昔話などを語るのがあまり得意な方ではないらしい。
ラウンジに入り、そのまま茶菓子と紅茶を準備してからユースティアの昔話を聞き始めたのだが、開幕五秒で話を切られては集中出来ないものだ。
「さて、それじゃあ準備も出来た事だし、今度こそきちんと語るとしようか」
「はい、楽しみです!」
隣で瞳を輝かせているルキナを見て、少し不思議に思う。
「ルキナは物語を知ってるんじゃないの?」
「知っていますが、それはあくまで本での知識ですし……実際に語り継がれている話、となるときっとまた違うものなんです!」
「ふ、まあ確かに市場に出ている物はある意味、物語向けに脚色されているからな。私も聞かされてきた話とはだいぶ違っていて、面白いと思ったものだ」
「あー、なるほどね」
地球の歴史でも、色々と歴史というのは脚色されているものだったが、それに近い感覚なのだろう。確かに普通に歴史を語られるよりも、物語として山あり谷ありの方が面白いものだ。
日本の戦国時代然り、三国志然り、神話然り。古今東西、あらゆる物語は次から次へと読者の望む方向へと向かっていく。
「まあそれが行き過ぎて、歴史上の登場人物は性別とかまで入れ替えられちゃうわけだけど……」
自分が読む側であれば笑って済まされるが、今の自分の立場の場合、下手をしなくても歴史書に載るので笑えなかった。
「日本って恐ろしい国だなぁ」
「にほん?」
「あ、ごめんねルキナ。独り言だから気にしないで。さ、それじゃあせっかくだし、ユースティアの話を聞かせて貰おっか」
「はい!」
「そこまで期待されると少し緊張するな。まあ、とりあえず、物語はこの学園から始まるわけだが――」
そう言って語りだしたユースティアの話は、シズルにとって初めて聞く話であったがどこかで聞いたような話であった。
――それはラピスラズリ家がまだ小さな男爵だった時代。
当時のラピスラズリ男爵令嬢ティアラはアストラル魔術学園で雑草娘として苛められていた。
しかしティアラはめげず、折れず、雑草根性上等と言わんばかりに堂々と前を向き続けたという。
その姿が気に喰わなかった多くの令嬢は、彼女を陥れようと学園で最も権力を持つ者、すなわち王子をけしかけた。
彼女の貴族らしからぬ振舞いを王子の前でさらし者にし、そして不敬を働いたとあざ笑うために。
「そうして令嬢たちに嵌められたティアラは、泥に塗れた状態で王子と対面することになる」
「えっぐ……」
「そう言うな。貴族の女子なんて裏ではもっとエグいことをたくさんしている。この程度、子どもの悪戯だよ」
「……そうなのルキナ?」
「えと……」
そっと視線を逸らされるので、それが事実なのだと理解する。少なくともルキナはそんなことをしないと思っているが、女性不振になりそうで怖い話である。
「そうしてティアラとラインハルト王子は学園で初めて向かい合うことになるのだが……」
「だが?」
「王子はティアラの振舞いを見て、不敬だとは思わなかった。それどころか、彼女の行動を見て楽しそうに笑ったのだ」
その言葉に、シズルは一瞬意味が分からなかった。
「……楽しそうに?」
「ああ。ずっと王子としての立場、そしてその檻の中で生きてきた王子にとって、貴族でありながら泥にまみれる令嬢の姿は余りにも衝撃的だったらしい。さらに王子を前にしてなお頭を垂れず、堂々と泥を拭うその破天荒な行動に、感動すらしたそうだ」
「ラインハルト王とティアラ女王の出会いの一幕! でも、やっぱり私が知ってる話と少し違いますね」
「物語だとこの辺り、もう少しロマンティックに描かれているからな。まああと、登場する貴族令嬢たちも少し控えめかな? だが我が家に伝わっているのはこんな感じだよ」
「実際にあった物語だろうし、あんまり令嬢たちを悪役にし過ぎたら問題だもんね」
「そう言う事だ。さて、こうしてラインハルト王子とティアラは出会い交流を深めていくので、令嬢たちにとっては面白くない展開だったわけだ。だから――」
ラインハルト王子とティアラはお互い身分を超えた友人同士になった。だがしかし、そんな二人の仲を見て嫉妬した令嬢たちは、今度はとある女子生徒に近づくことになる。
そう、それこそ当時、王子の婚約者であったルサルカ・フリューゲン公爵令嬢。
「ルサルカは最初、王子の心が安らぐならとティアラが傍にいることを認めていた。しかし、王子の事を愛していた彼女はだんだん周りの令嬢の言葉に惑わされ始め、そして――」
最初は軽い嫌み程度の話だった。しかしそれがだんだんとエスカレートしていき、次第にそれまでの令嬢が行ってきたものとはレベルが違うようになってくる。
ティアラは心の強い令嬢ではあったが、相手が悪すぎた。
王国でもトップクラスの強大過ぎる権力。周囲には味方はおらず、令嬢たちはみな彼女が屈辱に塗れる姿を見てあざ笑う。
いかに強がろうと、まだ少女というべき年齢の彼女にとって、あまりにも辛い環境であった。
「そうしてティアラの心が令嬢たちの悪意によって屈しようとしたその時――友人を称するラインハルト王子が颯爽と助けに来た!」
「おおー」
なんとも王道的な展開に思わず感心してしまう。
どうやら物語は一つの山場に近づいていているらしく、ユースティアの身振り手振りが大きく、そして声にも力が入っていく。
「ティアラにとってもラインハルトにとっても、お互いは友人同士だった。だがしかし、周囲の令嬢の悪意に弱ったティアラを見た王子は、彼女が一人の少女だったということを強く意識した! そして――自分に味方はいないと思っていたティアラもまた、たった一人で駆けつけてくれた王子を強く意識するようになったのだ!」
隣を見るとルキナがハラハラドキドキと感情表現を隠さず、真剣に話を聞いている。そしてユースティアの熱はさらに増していく。
「王子と共に公爵令嬢に立ち向かうティアラ! だがしかし、それが余計にルサルカの感情を逆なでさせる。王子は自分の婚約者だ! 貴様のような下賤な身で近づくな! そう鬼のように目を血走らせる彼女はついに、直接的な行為に手を染めだす! ティアラの暗殺を謀ったのだ! だが王子はそれを読んでいた! いついかなる時でもティアラを守ると、常に傍に居続けた!」
それからしばらく、二人はルサルカの悪意に対して抵抗を続ける。
流石に王子が相手では他の令嬢たちも手が出せず、王子側もまた公爵令嬢であり婚約者であるルサルカ相手に強くは言えなかった。
そうして人間関係が最悪な状況が続いた魔術学園。このままではいずれ王宮の勢力争いにすら発展しかねないと危惧した王子は、学園のパーティーでついに婚約者であるルサルカと決着を付ける事にした。
『ルサルカ・フリューゲン! 貴様は国母となる身でありながら、その身を嫉妬の炎で臣下であり我が友のティアラを傷付けた! 私としてもこれ以上貴様の横暴に付き合う気はない!』
「そう言うラインハルトにルサルカは涙と血を流しながら反論する!」
『私こそあなたに相応しい! 貴方と国のためにこの身を全て捧げてきました! なのに、どうして貴方は私でなくそのようなみすぼらしい、貴族の世界の事すら理解しようとしない女を守るのですか!? この国と、貴方の事を一番に考えているのはこの私なのに!』
「そう言うルサルカは本気で王子を愛していた。愛していたからこそ、彼の心が自分に向かずにいることが我慢できなかったのだ」
そこで、これまで熱く語っていたユースティアの声のトーンが一段下がり、テンポもわずかだが遅くなる。
「王子はティアラを友と呼んだ。だがルサルカの目には、彼らが仲睦まじい恋人にしか映らなかった。そうして王子から見放された彼女は、心のない婚約という縛りだけが最後の拠り所であったのだが……しかしそれも王子自らの手で破棄されることになる」
「何というか……」
シズルはその話を聞いて、前世の悪役令嬢モノの物語を思い出してしまう。そんな意識があるからか、ついそれまでの悪事に目を瞑ってルサルカに同情してしまった。
「そうしてラインハルト王子と男爵令嬢ティアラは次第に惹かれ合って、身分を超えた愛を育んでいくんですよね! ティアラ女王その後、その貴族らしからぬ思考で民に富を与えて、聖女と呼ばれるようになる。聖女物語です!」
だがこの辺りは男女で感じ取り方が違うのか、それとも前知識が違うからかルキナは楽しそうに物語の続きを促していく。
「そうだな。それが市場に出回っている物語で、ここからは王子と、後の女王陛下になるティアラとの愛物語……なのだが、我々が伝え聞かされている話はここから大きく様相を変える」
「え?」
「失意と絶望のどん底まで落ちたルサルカが、最後の最後に行ってはならない事をしてしまうのだ」
「行ってはいけない事……ですか?」
その話は聞いた事がなかったのだろう。ルキナが不安そうな表情で尋ねると、ユースティアは神妙な顔で頷いた。
「ああ。我々魔術師は精霊の力を借りて魔術を行使する。当然、精霊というのは友であり、隣人であり、決してぞんざいに扱っていい存在ではない。だが、ルサルカは当時の公爵家で秘匿されていた禁断の魔術……精霊たちを『生贄』にして、最悪の存在を召喚してしまったのだ」
「……最悪の存在?」
「ああ。それはルサルカの身体に乗り移り、そして我が物顔で学園に通い続け、そして――」
学園中の男子生徒たちを、その美貌と魔力、そして身体を使って篭絡し尽くしたのである。
それが――ユースティアの語る聖女伝説の本当の姿。
血と怨嗟と絶望、そして光の物語。
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