第24話 聖女物語の真実

 日は沈み始め、窓の外から入ってくる太陽の光は紅く伸びていた。


 その光はユースティアの黄金の髪をさらに輝かせ、幻想的な雰囲気を出している。


そしてそれに合わせて彼女の物語は佳境に入り、声のトーンも自然と重くなっていた。


「恋に溺れ、嫉妬に狂った公爵令嬢ルサルカの怨嗟によって召喚されたその『化物』は……狂人と化した彼女に乗り移り、まるで本人のように過ごしていたらしい」

「……それは」

「ああ、とても恐ろしい事だ。当時、周りの生徒たちはルサルカが王子にフラれたことで、その婚約者としての重責から解放された、憑き物が落ちた、そんな風に思っていた。だからこそ、ルサルカという少女がすでにこの世から消えていなくなっていたことに、気付けなかったのだ」


 シズルが思い出すのは、ホラーやSF映画だった。周囲の誰も気づけないうちに別人に成りすまし、そうして内側から全てを壊していく。


 敵が明確なら戦えばいい。だがそもそも、敵がいるということすら気付けないというのは戦いすら成立しないまま蹂躙されてしまうということだ。


「ルサルカに成りすました『化物』は狡猾だった。それまで高圧的だった彼女とは打って変わり、おしとやかな理想の令嬢を演じていき、徐々に味方を増やしていったのだ。元々美しい容姿に高い身分のルサルカは、学園中の男子にとって高根の花だったのだろう。そんな彼女が王子の婚約者から離れ、一人の女性となったことで周囲の反応は激変する」


 男子生徒たちは次第に恋心から信望へと変わり、そしてまるでルサルカこそ尽くすべき主と言わんばかりに、彼女をたたえ始めたのだ。


「そしてそれこそが彼女を食い殺し、乗り移った『化物』の思い通りだった。気が付けば時の宰相や騎士団長、それに教皇といった王国の重鎮たちの子息はみなルサルカの中に潜む『化物』に夢中になり、そして彼女を傷つけたティアラとラインハルトに対して敵対するようになるのだ」

「そんな……」


 ルキナが少し怯えた声を上げる。


彼女にとって聖女ティアラの物語はあくまでも恋愛を中心としたものだが、真実は国の根底を揺るがす大事件であったのだ。


「王子たちが未来の重鎮を全て奪われたことに気付いたのは、すでに『化物』が学園の男子生徒たちを掌握しきった後だった」


 そして――事件は起きる。


「ルサルカを中心とした、学園内での王子の行動に対する糾弾……クーデターだ」

「で、でもいくら男子生徒たちを奪われても、女子生徒たちが……」

「女子生徒たちは成り上がりのティアラが気に食わなかった。そして、王子という婚約者を奪われたルサルカに同情心さえ抱いていた」

「あ……」

「もちろん婚約者を骨抜きにされ、奪われた者はルサルカに賛同しなかったそうだが……学園の生徒のほとんどは、ティアラという成り上がりよりも、ルサルカという名門貴族を選んだのだ。その結果、王子たちは窮地に追い込まれることになるのだが……」


 そこまで話したところで、ユースティアが窓の外を見る。すでに日は沈み、うっすらと月が浮かび上がっていた。


「しまったな。無駄に長く話し過ぎた。続きはまたにしよう」

「ええー」

「そ、そんなぁ」


 盛り上がる場面で切り上げられてしまい、ルキナ共々声を上げてしまう。そんな自分たちに対して、ユースティアは少し意地悪げに笑っていた。


「ふふ、そんな顔をするな。あまり遅いと寮母にも心配をかけるし、学園側も良い顔をしないから今日はここまでだ」

「で、でも追い詰められた王子様たちがどうなったのか気になって、このままだと夜も眠れないです!」

「それを想像するのも楽しいだろう? そうだな、この話の続きは……王子の依頼を達成出来たらにしようか」


 そう言った瞬間、ルキナが勢いよく振りむいて両手をぎゅっと握ってくる。


「シズル様!」

「うぉっ」

「お願いします! どうか、どうか一刻も早く事件の解決を!」


 柔らかい手のひらの感触と、真っすぐ見つめてくる彼女の瞳に思わず感じ入るものがある。


いつもなら照れてすぐ手を離してしまう彼女だが、よほど物語の続きが知りたい気持ちが強いのか、今の状況に気付いていないらしい。


「る、ルキナ近い近い!」

「シズル様、お願いです!」

「ユースティア、ちょっと――」

「おっと、私はもうお邪魔かな。それではシズル、ローレライ、また明日。ミディールには私の方から話しておこう」


 ルキナの勢いに押されたシズルをからかう様にそう言うと、ユースティアはラウンジから去って行ってしまう。


 残されたシズルは目の前にある愛らしい少女のお願いを聞くべき、ただ頷くだけであった。


―――――――――――――――――――

【後書き】

100話目達成!

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