第25話 情報収集

 学園の授業は午前中で終わりの鐘を告げた。


「よしシズル! それじゃあ行こうか!」

「ねえミディール。なんで俺まで付いてく必要があるわけ?」

「何言ってるんだいシズル。いいか、ナンパは一人にしてならず! もちろん僕くらいになれば一人でも余裕だけどね」

「じゃあ一人で行ってよ」


 あとそんなことを大声で言わないで欲しいと思う。


 周囲のクラスメイトたちが訝し気な表情で見ているのを背中で感じつつ、シズルは早々に教室から出ていこうとするミディールを追いかける。


 すでにミディールには事情を全て話し、共通の認識を持ってもらっていた。実際彼自身、何度か普通科には遊びに出向いているらしいが、やはり現状については気になっていたらしい。


「言っとくけど、普通科に行くのは情報収集が目的だからね」

「もちろんわかっているさ。だからこそ僕が間に入るんじゃないか」

「……はぁ。これで変な噂が立ったら嫌だなぁ」


 シズルは元来恋愛ごとには真面目な男である。当然だがルキナという大事な婚約者がいる以上、浮気など持っての他だ。


 今回の件はもちろん彼女の許可を得ているとはいえ、例えば逆の立場でルキナが男子生徒をナンパしに行けばいい気はしないだろう。


 わかっているとはいえ、彼女を悲しませるようなことはしたくない。可能ならミディール一人に行かせて、自分は遠巻きに様子を伺うようにしたいくらいだ。


「おいおいシズル。これから女子生徒に近づこうっていうのに、そんな辛気臭い顔をしたら相手に失礼じゃないか! もっと明るき元気に行こうぜ!」

「ミディールはずいぶんと楽しそうだね」

「もちろん楽しいさ! なにせ合法的に女の子たちと遊べるんだからね!」


 どうやらミディールはエリーから許可を得てから他の女子たちと会えることがよほど嬉しいらしい。


 合法的とはいえ、遊びに行くわけではない。そう言いたいが、彼のような心意気でいないと普通にボロが出そうだとも思う。


 とはいえ、気乗りしないものはしないのだ。


 そんな様子のシズルにミディールは呆れた様子を見せる。


「まったく……いいかいシズル。僕たちが今から向かうのは戦場だ。あそこでは数多の男たちが屍を築いてきた」

「うん、何言ってるか分からない」

「まあ聞け。僕たちがこれから行うのは情報収集。だけど女の子たちだってバカじゃない。最初は警戒するさ。そんな彼女たちに君は自分の都合を押し付けて、不満な顔をする。どうだい? 相手は声をかけられて、辛い思いをする。それは流石に酷いと思わないかい?」

「……まあ、そうだね」


 途中の言っている意味は分からない部分もあるが、確かにこちらから声をかけるのに不機嫌そうな顔をするのは相手に失礼な話である。


 もっと言えば自分たちは話を聞こうとしている立場。それなのに相手の気を悪くするような行動は控えるべきだろう。


「うん、俺が悪かった。確かに相手に失礼だよね」

「よーし、シズルもやる気になったしこれはもう勝ったな! さあ今回シズルは初めてのナンパだろう? だったら記念に一番の相手は選ばせてあげるよ」

「……」


 この男、本当に目的を理解しているのだろうか、疑問に思うシズルであった。




 ミディールと普通科にやってきたシズルは、彼の言う通りあっさり女子生徒たちで固まっているグループのナンパに成功した。


 最初は六人で集まっていた相手に二人で行くのはどうかと思ったが、そもそも目的が情報収集であるのだ。であるならば、変に二人組を狙って本当にナンパのごとく声をかけるよりハードルも低かった。


 声をかけると、彼女たちは雲の上の存在であるミディールとシズルに声かけられたことにあって感極まり、すぐについてくる。


 そうしてとりあえず三人ずつ担当するように情報収集をするため、話し始めるのだが――


「そうなんですよ! 私たち、何も悪いことしてないのにいきなり婚約破棄しようって、あんまりだと思いませんかシズル様!?」

「うん、そうだね」

「それもこれも全部あの女が悪いんです! 男子たちをみーんな誑かして! 聞いてますシズル様!?」

「うん、そうだね」

「知ってますか!? あの女、婚約者でもない癖にわざとらしく腕を組んだり、たまに抱きしめたり……すごく触るんですよ! 淑女として信じられないと思いませんかシズル様!?」

「……うん、そうだね」


 ――助けてルキナ。


 シズルは彼女たちの圧力に、ただただ押し込まれてしまい心の中でルキナに助けを求めてしまう。


 そもそも、シズルはこういった風に女子生徒と話すことはこれまでなかった。それは前世も含めての話である。


 こうなるとシズルに出来るのはただただゴーレムのように決められた動作、すなわち同意と頷きの二択しかない。


 ただ彼女たちにとってただ話を聞いてくれる男、というのも貴重なのか、どんどん情報は集まっていった。


「じゃあ君たちは、やっぱりそのノウゲート嬢が何かしているんじゃないかって疑ってるんだ」

「そうです! だって明らかに男子たちの様子がおかしいんですもん」

「おかしい?」

「はい! 婚約者がいようと外で遊ぶくらいは別に構わないですけど……」


 その感覚がいまいち掴めないシズルにはわからない感覚だが、実際そのこと自体は彼女たちもそう腹を立てているわけではないらしい。


「婚約破棄はやり過ぎです! だってこれは私たちが決めることじゃなくて家が決めることだし、もしそれを蔑ろにしたら勘当されたっておかしくないんですよ! なのにあの人たち、当たり前みたいに婚約破棄を突き付けてきて……うっ」

「あ、ちょ、泣かないで……」

「だって……だってぇ……」


 婚約破棄のことを思い出したのか、彼女たちは一人が泣くと順番に涙を流し始めた。


 女性に泣かれることに慣れていないシズルは慌てふためき、彼女たちを慰めようと近づき声をかける。


「あの、さ。辛いことを聞いちゃってごめんね」

「シズル様はとても優しいのですね……ああ、私の婚約者が貴方だったらどれほど良かったか……」

「ええ、ローレライ様が羨ましい。ああでも、私たちみたいな下級貴族が貴方様にこうしてお近づきになれただけでも十分幸せなのに……」

「どうしてこうも欲が出てしまうのでしょう……ねえシズル様、今夜、ひと時だけで構いませんので、私たちと火遊びをいたしませんか?」

「……」


 ――助けてルキナ。この子たち、瞳が肉食獣みたいに殺気立ってて怖いよ。


 もはやあれがウソ泣きだったことに気付いたシズルは、女の怖さを知って恐れ慄く。


 そして、隣で楽しそうに他の三人の女子生徒と談笑しているミディールを見て、やはり自分はいらなかったんじゃないかと思うシズルであった。

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