第26話 異変

 ミディールと一緒に数日間ナンパもどきを繰り返し、たくさんの女子生徒から話を聞いた。そして情報を集めた結果――


「というわけで、やっぱりエステル・ノウゲートって女子が怪しいのは間違いないかな。彼女が近づくことで明らかに態度が変わった生徒が多くいるらしい」

「そうか……ということは、噂は本当だったという事だな?」

「うん……実際、噂で聞くよりもかなり深刻だね」


 いつものラウンジに集まったシズルは、ユースティアに現状の経過を報告していた。


 毎日行っている定例のミーティング。いつもならこの場にはルキナとミディールがいるはずなのだが、ルキナは自身の派閥の子に相談をされているため不在であり、そしてミディールは――


「まさかミイラ取りがミイラになるとは……」

「ミイラ取り? なんだそれは」

「あ、特に意味はないからあんまり気にしないで」


 この世界にはない諺を使ってしまったせいか、ユースティアが不思議そうに首をかしげる。


 とはいえ、ここで意味を掘り下げても何か進展するわけでもないどころか、ユースティアが怒りを見せかねないため黙っておくことにした。


「そうか……それで、ミディールは上手く取り入ることが出来たか?」

「うっ……」


 そしてその言葉は、今一番聞きたくない言葉であった。


 先ほどのミイラ取りが、ということをつい零してしまったが、つまりそう言う事である。


 多くの女子生徒たちから情報を集めたと判断したミディールは、そのままシズルに相談もなく例の女子生徒、エステルに近づいて行ったのだ。


そして、シズルが気付いたときには、まさかの彼女と腕を組んで歩いていたのである。


 しかも、エステルの表情は明らかに恋するもので、しかもミディールも満更ではない態度。


 明らかに不自然な変化に、シズルはミディールが何かされたのではないかと疑いを持ち、一度距離を取ることを選んだ。


「……一度、ちゃんと確認しないとな」


 これはつい先ほどの出来事のため、まだユースティアには言えていないことだ。


ここでそんなことを言ってしまえば、直情的な彼女である。その足でミディールの下へと向かって張り手の一発でも食らわせかねない。


 もっと言えば、ミディールの婚約者であるエリーにバレたら昼ドラよろしく、心中物語が発生してしまいそうである。


流石に学園でそんな事件は起きて欲しくないシズルは、中々言い出せないでいた。


「言葉はだいぶ選ばないと……」


 遠目から見た限り、ミディールの様子がおかしいのは間違いなかった。


彼は基本的に馬鹿だが、王子の敵になりかねない相手に靡くとは思えないし、エリーの事は大切にしているとも言っていた。


 かなり警戒して近づいただろうし、それで簡単に落とされるなど、何かおかしなことをされたと考える方が自然だろう。


「とりあえず、この後ミディールと合流して、話を聞いてみるよ」

「そうか。それなら私も一緒に行くが?」

「いや、それよりもユースティアにはジークハルト王子の方には何か進展がないか、話を聞いてきてほしいんだ」


 今はまだミディールの状態を隠しておきたい。そう思った瞬間、何故自分が彼女に浮気がバレたくない夫のような考え方を持たねばならぬのだと、ミディールを恨めしく思ってしまう。


「む? それならそっちを先にして、その後ミディールと――」

「いいからいいから。二手に分かれた方が効率もいいし。あと俺、王子が苦手だからあんまり近づきたくないんだよね」

「そ、そう言う事は大きな声で言わないように……」


 そんな風に窘められつつ、今のミディールに彼女を近づけたくないのが本音であった。


 場合によってはその場で戦闘にもなりかねないし、敵に自分たちの情報が漏れている可能性も高い。そうである以上、シズルが一人で行って先手を取る必要があると考えていた。




「というわけで、どういうつもりかなミディール」

「シズル、彼女はいい子だよ。だからこれ以上疑う必要はないんだ」


 訓練場にミディールを呼び出し、事情を尋ねるとそのような返答が返ってきた。


この時点でパッと見た感じ、彼の状態におかしなところはない。だがその態度、そして発する言葉には違和感しかなかった。


「そう、ミディールはあの子が何もおかしくないって、そう言うんだ」

「ああ! 間違いないね! 何だったら君にも紹介しようか? エステルもシズルと会って話してみたいって言ってたし」

「ふぅん……」


 ミディールの言葉にどうするべきか一瞬考える。


明らかに『なにか』をされているのは明白だが、このままでは埒が明かないような気もしていた。


虎穴に入らざれば虎子を得ず、という言葉もある通り、危険を冒さなければ手に入らない情報もあるだろう。


 しかしそれと同時に、敵の手口が全く分からないまま近づくのも危険すぎるという思いもあった。


 ――シズル様があの子に近づくの、嫌です……。


 ふと、ルキナの言葉を思い出した。


「まあ止めておくよ。別に彼女が敵じゃないってミディールが言うならその通りだろうし、それだったら無意味に関わる必要もないからね」

「そうかい? まあ気が変わったら言ってくれ。僕も出来る事なら、エステルのお願いは聞いてあげたいんだ」


 その言葉がどこまで本気なのか、探るように彼の瞳をじっと見る。しかしわからない。


本当にエステルという女子生徒を思っているのか、それとも別の思惑があるのか今のシズルでは判断が付かなかった。


「ねえミディール。一つだけ聞いてもいい?」

「ん? 何だ?」

「君にはエリーっていう婚約者がいるわけだけど、彼女とそのノウゲート嬢、どっちが大切?」


 そう言った瞬間、ミディールの瞳が大きく揺れた。だがそれも一瞬。すぐにいつもの軽薄そうな顔に戻ると、手を顔に当てて大きく笑いだした。


「ははは、なんだいその質問? 答える必要なんてないと思うけど?」

「……うん、そうだね。変な質問をしてごめん」

「いやいや、別に構わないよ。そしたらシズル、僕はもうエステルの所に戻るから、ユースティアたちにもよろしくね」


 背を向けてシズルから離れていくミディールは、どこか焦ったような様子にも見える。しかしそれは勘違いかもしれない。


 ただ一つ言える事は、今のミディールの状態は決して正常ではないということだ。


その理由まではわからないが、それを突き止めるまではエステルには近づかない方がいいだろうとシズルは思った。


「エステル・ノウゲート……彼女は何者なんだ?」


 最初に見た時は、ただその立ち振る舞いが並みではないという思いだけだった。


その実力は、下手をすればローザリンデ以上。しかし普通の学園生がそれだけの実力を手に入れられるとは、そう思えなかった。


 そして次に見た時、明らかに実力を隠して男に近づいていくだけの、良く分からない女子生徒。


 ただそれだけだと思っていのに、こうして学園でも屈指の権力者であるミディールすら彼女の手に落ちた。


その方法までは分からないが、何か裏があるのは間違いない。


「とりあえず一人で考えても仕方がないな。今の状況を一度ユースティアに相談して、王子にも報告しよう」


 もし自分一人だったら、間違いなくあのままミディールに言われた通りエステルの下へと向かっていた事だろう。


しかし今のシズルには守るべき大切な婚約者がいる。


「万が一、洗脳か何か強力なスキルでもあったとしたら、その対策も考えないといけないし……」


 少なくともシズルがこれまで学んできた魔術の中に、洗脳などという危険極まりないものは存在しない。


しかし、それを言えばエリクサーだってあらゆる文献には存在しなかったのだ。


 自分が知らないからと言って、存在しないとは限らない。だからこそ、その一歩を踏み出すことに躊躇した。


 そしてその躊躇がなければ,どうなっていたことか、シズルは思わず背筋がぞっとする。


「本当に、ルキナには感謝しかないなぁ……」


 そんな事を思いながら、ユースティアと再び合流して今回の件について話し合うのであった。

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