第27話 情報共有②
ミディールとの話し合いを終えたシズルは、再びラウンジへ。するとそこにはすでにジークハルトへ報告を終えたユースティアが待ち構えていた。
そうして先ほどの出来事を話すと、彼女は腕を組んだまま瞳を閉じる。
「そうか、ミディールが……」
「うん、正気を失った感じではないけど、何かをされてるのは間違いないと思う」
「だろうな」
「あれ?」
思いのほかユースティアが冷静だったことにシズルは思わず首をかしげる。
自分の報告を聞けば恐らく怒りか失望か、何かしらの態度を見せると思ったが、まるで想定の範囲内だという態度だ。
「うん? どうした?」
「いや、ユースティアならあの男叩き切ってやる! くらいは言うと思ったから……」
「なるほど……お前が私をどう思っているのか、良く分かるセリフだな」
「ごめんなさい」
笑顔は威嚇行動であると前世で聞いた事があるが、まさにその通り。
ユースティアがニッコリと笑う仕草は普通に怒鳴られるより何倍も怖いものだった。
彼女は呆れた様子でこちらを睨みつけると、腕を組む。
「まったく、お前というやつは……おい、目を逸らさずしっかりこっちを見ろ」
「ああ、うん……そうだね」
「だから何故微妙に視線を逸らすのだお前は」
その姿勢が癖なのはこれまでの行動で分かるのだが、そうされると同年代よりも大きな胸が強調されてしまい、シズルとしても目のやり場に困ってしまうのだ。
視線を合わせようとするとどうしても目がそれを追いそうになるため、出来れば勘弁して欲しかった。
「と、ところでユースティア。殿下は何て?」
「露骨に話を逸らそうとするが……まあいい。ジークハルト様はその女子生徒にはあまり興味がないようだ。もしかしたら、あの方の視点ではまた別に怪しい者がいるのかもしれん」
「……そこまで何か掴んでるならこっちにも共有してくれたらいいのに」
「そう言うな。あの方には敵が多い。私やミディールですら、真の意味で信用など出来ないのだ」
その言葉を発するユースティアはどこか達観したような、それでいて諦めたような複雑な表情を見せる。
どうやら彼女は自身がジークハルトに信用されていないことに対して、仕方がないと思いつつも思う事があるらしい。
その辺り、政治的な問題があるのが貴族というものである。
たとえ婚約関係であっても、最後にはお互いの家に利があるかどうか。そこに不利益がもたらされれば裏切られるのは当然の話であった。
シズルから見れば、ユースティアはジークハルトの事を婚約者として全幅の信頼を置いている。
それでも王子にとっては信頼に値するわけではないというのが、なんともモヤモヤする話だ。
「……だから貴族生活は嫌なんだよなぁ」
「おい、聞こえてるぞ」
「あ……」
ポロっと零してしまった言葉にユースティアが厳しい視線を向けてくる。
彼女にとって貴族として生まれ、貴族として生きていくことは既定路線。当然その覚悟も出来ているだろうし、己の生き方を否定する言葉は納得しがたいものだろう。
「いいかシズル。この学園でお前と出会ってからそれなりに経っているから、そう思う男だということは理解してる。だがな、それでもお前は貴族として生まれ、そして新しい貴族として生きていくことになるんだ。そんな態度を取っていては、ローレライが不安に思うぞ」
「あ……」
その言葉に、ハッと思う。確かに自分がこのような態度を取っていれば、自分に嫁ぐ予定のルキナは不安に思うかもしれない。
彼女なら自分が貴族としてではなく冒険者として生きると言っても付いてきてくれると思うが、だからといってそれを望んでいるかと言えばきっと違うだろう。
貴族としても大成することを信じているからこそ、彼女は何も言わずに一緒にいてくれるのだ。
「……これからは言動には気を付けることにするよ」
「それがいい。もっと前向きになれば更にいいがな」
「うん、そうだね」
少し意地悪げに笑うユースティアに対して、これまでの考え方を見直そうと思うシズルであった。
「しかしあれだ」
「ん?」
「お前を動かそうと思えば、ローレライの名前を出せばいいんだな。よくわかった」
その言葉を聞いて、ほんの少しだけユースティアを睨んでしまう。
「……言っとくけど」
「別にローレライを利用しようなんて思っていないから安心しろ。今のはただの冗談だ」
言おうとした言葉に対して被せるように先手を打たれてしまい、言葉にしようとしたことを言えなくなってしまう。
パクパクと情けなく口を開けたり開いたりしていると、その様子が面白かったのかユースティアが笑ってきた。
「はは、お前は駆け引きが苦手だからな。そのザマでは後々苦労するぞ?」
「……そういう奴らは全員力づくで黙らせるから大丈夫」
「そういうことをするなという話だ。まったく、これだからフォルブレイズは……」
まるでフォルブレイズを悪口のように言ってくるユースティアだが、その使い方が一切間違っていない事は父と兄を見れば疑う余地はなかった。
あえて言うなら自分は違うはずなので、そこだけは訂正したい。
「とりあえずお前は、そういう策略などに強い側近を傍に置くべきだと思うぞ」
「そんな人が簡単に見つかれば苦労はしないよ」
貴族間の駆け引きは苦手なので、ユースティアの言い分は良く分かる。
父には義母上であるエリザベートがいるように、そして兄にはローザリンデがいるように、この辺りのやり取りを出来る人間が傍に入ればどれだけ楽になる事か。
「まあ、本当はこういうのをサポートするのはローレライの役目だろうが……」
「ルキナもそんなに向いてなさそうだよね」
「あいつは貴族にしては優しすぎるからな」
学園生活を見ていても、ルキナの優しさは誰の目から見ても明らかだ。
実際、ルキナの優しさを慕って上流クラスの女子たちは集まっているようにも見える。
それは普通の貴族らしからぬ性格と言ってもいい。貴族としての考え方はシズルなどよりもしっかりしているが、生来の優しさはそれを覆してしう可能性があった。
もちろんシズルから見ればそれば長所だし、ユースティアも決して悪い意味で言っているわけではない。
ただ、魑魅魍魎が集まる貴族社会において、優しさだけではいけないのも間違いないのである。
「ルキナに何かしようとするやつがいたら、全部叩き潰す」
「お前なら本当にそれが出来てしまうから怖いな……だがなシズル、世の中力だけでは解決しない事だってあるんだ」
ユースティアは自分たちの事を本当に心配してくれているのだろう。
彼女はルキナを優しすぎると言うが、彼女だって十分優しいと思う。
ほとんどの者がシズルを見てその将来を見据えて近づくか、恐れて離れるかしかない中、彼女はただの友人として近くにいてくれるのだ。
そんな彼女と出会えて、この学園にやってきた甲斐があったと思う。
「ユースティア、君は良い人だね」
「なんだ突然?」
「いや別に。ただそう思っただけ」
もしこの先ユースティアに危害を加える相手がいたとしたら、自分はきっと彼女のために動くだろう。
それくらいには彼女に対して親愛の情を抱いているし、大切な友人だとも思う。
「差し当たって、ミディールを叩き潰そうか」
「……やり過ぎるなよ」
「大丈夫大丈夫。ミディールなら毎日叩きのめしてるんだから、ちょっとくらい大丈夫」
「本当にやり過ぎるなよ⁉」
どんな手段を取られたのか知らないが、あっさり敵の手に落ちた馬鹿を助けて、こんなよく分からない王子の依頼はさっさと完遂させたい。
そして普通の学園生活を送るのだと、固く決意するシズルであった。
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