第22話 情報共有

 三人揃って若干気まずい雰囲気を感じている中、最初に口を開いたのはシズルだった。


「ユースティアの方はもう大丈夫なの?」

「……ああ。エリーもだいぶ落ち着いて、そのままミディールと二人で出て行ったからな」


 疲れた様子を見せるユースティアに、あの後も中々大変だったのだろうなと思う。


 普段から相手を厳しい指摘をするように見えてこの少女、かなり身内に甘い。


 そのせいであまり強く相手を抑えつけると言った事が出来ないようにも感じた。


 だからこそ相手はそんなユースティアに甘えてしまうのかもしれない。


 シズルが見た感じ、エリーは完全にそのタイプだ。普段から感情的な彼女を抑えるのに大分苦労しているのだろうなと思う。


「お疲れ様。そういえばルキナから聞いたんだけど――」


 先ほどの話をユースティアにも伝えてみたところ、考える素振りをしながらルキナを見る。


「ローレライ、その話は本当か?」

「はい。噂話で直接本人と接しているわけではないのですが……」

「そうか……」


 ユースティアは複雑な顔をして視線を落とす。


 先ほどまでの会話の中で、彼女がそんな表情をするような話はなかったはずなので、不思議に思った。


「どうしたの?」

「いやなに……同じクラスなのに、私はそんな話を聞いた事がなくてな。だからもしかして、私はあまり頼られていないのかもしれないと思うと、少し……」

「あー、それは……」


 思わず言葉に窮してしまう。シズルが逆の立場であってもそう考えてしまうからだ。


 とはいえ、ユースティアには学園で散々フォローをしてもらっている。へこんでいる彼女をそのままにしては置けなかった。


 シズルは頭をフル回転させながら言葉を紡ぐ。


「た、多分ユースティアにはこんな下々の話、聞かせられないって思ったんじゃないかな!?」

「私と同じく公爵令嬢のローレライには聞かせられているのに?」

「それはほら、何となく派閥で雰囲気ってあるでしょ。ルキナのところはどっちかというと緩い感じだし」


 仕事の上下関係でも話がしやすい上司と、話し辛い上司というものがある。厳しい上司が駄目という話ではなく、お互いのスタンスの問題だ。


『みんな一緒に』というのがルキナのグループだとしたら、『トップを立てよう』というのがユースティアのグループの特徴か。


 今回の場合、ルキナのグループは穏やかな令嬢が多く、それゆえに一般クラスとの交流もあり、情報も多く持っていたのだろう。


 逆にユースティアのグループは強気な令嬢が多く、この程度の些事は自分たちで解決しようという雰囲気を感じる。


 だからこそ情報が回ってこなかっただけであり、彼女が頼られないとか近づきがたいとか、そんな理由ではないだろうと思った。


 それを一生懸命伝えると、自分の必死さが面白かったのか、ユースティアは顔を背けて口元に手を当てる。隠しているが、明らかに笑っていた。


「ふふっ……シズル、お前は人を励ますのが下手だな」

「……ひどくない?」

「すまんすまん、謝るからそう膨れるな。気持ちは伝わってきたさ」


 ありがとう、と笑顔を見せる彼女はやはり魅力的で、きっと世の男たちはこれを見たらすぐに恋に落ちるだろう。

 

 シズルとて、ルキナという婚約者がいなければどうなっていたかわからないと思う。


「まあそうだな。とりあえず明日、他の女子たちには私の方から聞いてみるとしよう」

「うん、それが良いと思うよ」

「とはいえ、動くのは早い方がいいな。先に一般クラスを見に行くか」

「え? 今から?」

「ああ。このくらいの時間ならまだ教室にも誰かが残っているだろう?」

「あー……」 


 切り替えが早いと言うか、物事に対する動きが俊敏というべきか、ユースティアは決めたら即行動というタイプのようだ。


 確かに動くなら早い方がいいと言うのも間違ってないと思うが、それでもその言葉に賛成し辛かった。


「どうした?」

「今日はやめておいた方がいいと思う」

「ふむ……どうしてだ? 怪しいのなら先手を打って調査すべきだと思うが」


 自分のアイデアが却下されたことに対して不満はなさそうだが、疑問に対する理由はきっちり抑えたいのだろう。納得のいく理由でなければ一人でも行きかねない。


 とはいえ、シズルにしてもちゃんと理由はある。


「だってさ、もしその一般クラスの少女が殿下の言う敵なんだとしたら、俺たちみたいなのがいきなり一般クラスに行ったら警戒すると思うんだよね」

「……なるほど」


 こちらの言葉に納得するユースティアを見て、ホッとする。今すぐこのメンツが一般クラスに乗り込もうものなら、すぐに噂になるだろう。


 もしそれでその少女がシロだった場合、状況は振り出しに戻るどころかマイナスだ。


 何せジークハルトの言う『敵』とやらは確実に存在し、そして水面下で何かを行っている。


 となれば、当然自分の事を調査しようとしている者がいると考えるのが筋だろう。


 そこにきて、学園でも上流クラスでもトップカーストの集団が一般クラスに殴り込もうものなら、今後は警戒して尻尾を隠すかもしれない。


 そうなれば、これから先その敵を見つける事は困難なる。


「だからまず、こっちである程度の目星を付けるのが重要だと思う。とりあえず聞き込みをするにしても、俺らだと目立ちすぎるから……」

「他の者を使う、と?」

「うん。出来れば一般クラスと交流があって、それでいて自然に溶け込める人がいいんだけど……」


 上流クラスと一般クラス、学園は平等を謳っているとはいえ、流石にそこには明確な壁が存在する。その壁を突破できる者など、早々いるものではないのだが――


「それならミディールが適任だな」

「……あ」

「アイツなら一般クラスの女子生徒にも手を出しているようだし、その手の情報も集めやすいだろう」

「確かに……」


 思いもよらなかった名前だが、言われてみれば彼ほど適役はいないように感じる。


 何せ今回の調査は婚約者に鬱憤を溜めている女子生徒たちから情報を得ることだ。


 となれば、当然女子たちも自分だって、という気持ちが沸かないわけがない。


 そこにミディールのような家格も高く、顔もいい男が近づけば、それなりに情報を落とす者もいるだろう。


「いやでも、それって女子生徒たちを騙すことになるんじゃ……」

「何を言っている。女子たちだってミディールが近づいてきたら、それがどういう意味かちゃんとわかるさ。わかっていて手を出すんだ。その辺り、女子は強かだよ。お前が思っている以上にな」

「えー……」


 そうなんだろうか、と思いルキナを見ると、彼女はそっと視線を横に逸らした。


 それはつまり、ルキナの周りの女子でさえそういう火遊びを好む女子がいるということ。


 やっぱり女子怖い、とシズルは思う。


「それにミディールだってそこまで節操なしじゃない。アイツはあれで、エリーの事はちゃんと婚約者として大切にしているからな」

「大切にしてるんだったら、浮気は良くないと思う」

「本当にお前は貴族の男子らしくないな。まあ私としてもその方が好ましいが、それではいずれ大変だぞ? 騙されないように気を付けろよ」


 何故か正論を言ったら心配された。


「ふぅ……しかしあれだ。貴族の男子生徒が一人の女子生徒を篭絡した、などと聞くと我が先祖の話を思い出す」

「先祖の話?」

「ああ。もう何百年も前、我がラピスラズリ公爵家がまだ、ただの一貴族だった頃の話だよ」

「王子と聖女の恋物語ですよね!?」


 ユースティアがそう言った瞬間、隣のルキナが少し興奮した様子で前に出る。こんなに自己主張をしてくる彼女は珍しく、思わず目を丸くして見てしまう。


 しかしルキナはそんな自分には気付かず、瞳をキラキラと輝かせている。どうやらよほど好きな物語らしい。


「ルキナは知ってるの?」

「はい、とってもいいお話なんですよ!」


 興奮止まず、といった様子の彼女を見て、ユースティアは苦笑する。


「我々からすれば先祖の昔話だが、まあ女子たちのウケは良い話だからな。それに物語としては良く出来ているよ」

「へえ……ちなみにどんな話なの?」

「ああそれは……と流石にここで話すと長くなるし、とりあえずラウンジの方で茶菓子でも食べながら話そうか。どうせ今日は、その目的のクラスには行かないのだからな」

「わぁ! ラピスラズリ様から直接聖女様のお話を聞けるなんて感激です!」


 そう言って歩き出すユースティアの後ろを付いていくルキナを見ると、なんだか彼女を取られたようでちょっとだけ悔しいシズルであった。

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