第43話 理不尽な強さ
講堂の外には五十を超える男子生徒たち。そしてその奥にはまるで女王のようにこちらを見下すエステルと、薄い笑みを浮かべるジークハルト。
男子生徒たちは正気を失っているらしく、その瞳に生気がない。どうやらこれまでのように、中途半端な洗脳は止めたらしい。
これまでエステルに洗脳されていなかったはずの男子生徒たちまで混ざっているのだから、今回は本気のようだ。
とはいえ、シズルからすれば関係ない。正気があろうとなかろうと、やるべきことはこの場の制圧なのだから。
「さて、やるか」
シズルはこれまで抑えていた己の魔力を開放する。
瞬間、爆発的な魔力が周囲に広がり、それだけで正気を失っているはずの生徒たちがうめき声をあげて一歩下がる。
遠くではこちらを見て笑みを深くする二人組がいるが、まずは目の前の生徒たちを止めることからだろう。
『く、くくく! くははははは! どうやらついに我が力を見せるときが来たようだな! 我は待ちわびたぞ! この学園に来てからというものの、平和な時間が長かったが、ついに、ついに我が――!」
心の中でヴリトラが歓喜の声を上げている。よほどこれまで退屈だったようだ。
おかげで自分の制御を超えて魔力が溢れそうになるのだが、それを無理やり抑えつけてシズルは前を向いた。
「行くよヴリトラ」
『応!」
その言葉とともに、シズルの身体がかき消える。
そう思わせるほどの速度で動くと、手前にいた数人がその場に崩れ落ちる。
『なんだシズル! 無手でやるのか?」
「雷の剣とかは殺傷能力が高くて手加減し辛いからね! ほら、次いくよ」
今のシズルが『身体強化』で攻撃をすれば、まともに鍛えていない学園の生徒たちなど簡単にひき肉になってしまう。
なにせシズルは八歳の時にはすでにオーガと力比べをして勝てるほどなのだ。
ゆえに、こうして高速で動きながら、まるで鬼ごっこの鬼がタッチをするように触れるだけだ。
ただそれだけだが、相手の身体に微弱な電気を流して気を失わせることが可能だった。
後遺症が残っては後味が悪いので調整はかなり必要だが、こういった細かい魔力のコントロールは赤ん坊のころから行っていて得意なのだ。
「さ、次!」
そうして再びシズルの身体が消える。
その度に数人まとめて崩れ落ちるのだから、もし彼らが正気を保っていたらどれほど理不尽な光景に見えたことだろうか。
「うゎ……ジーク様あれヤバイですね」
「ふふふ、これくらいはやってもらわなくては困る」
遠くで引き攣った笑みを浮かべるエステルに対して、ジークハルトは笑みを深くしたままだ。
それが見えてはいたが、あの二人は最後に回す。
ジークハルトの実力も未知数だが、それ以上にエステルは片手間で相手を出来る相手ではないからだ。
「ふっ!」
そう油断させながら、途中で不意打ち気味に雷の短刀を投げてみるも、二人揃って余裕をもって避けてしまう。
これ以上の攻撃は無意味だろうと判断し、シズルは目の前の男子生徒たちに集中する。
そうして数回シズルが高速で動くと、その場に立っていられるのはたった三人だけになった。
「さて、これで後は君たちだけだね」
「……ジーク様ぁ。せっかく用意した私の騎士様たち、全然役に立たないんですけどぉ」
シズルによってその場に倒された男子生徒の数は五十を超える。
それにエステルの魔力のせいか、普通の状態よりも遥かに身体能力が向上してるようでもあった。
だがしかし、幼い時から鍛え続け、凶悪な魔物と戦い、ルージュやフェンリルという正真正銘の化物たちと死闘を繰り広げてきたのだ。
たとえ悪魔によって強化されたとしても、学園の生徒レベルはシズルからすれば物の数ではない。
「素晴らしい」
そんな中、ジークハルトは冷淡な瞳を緩めながら、まるで賞賛の意を込めて拍手をする。そこに悪意は欠片もなく、心底感動してるようにも見えた。
「シズル・フォルブレイズ。王国が誇る『懐剣』フォルブレイズに生まれた麒麟児。その噂は王都にまで響いていたが、なんてことはない。噂などよりも遥かに上ではないか!」
ジークハルトは妙に嬉しそうに褒め称える。
それを横で見ていたエステルは、困ったような、それでいて仕方がないなぁとでも言うような瞳で彼を見ている。
シズルからすれば、そんなジークハルトの態度に困惑をしてしまう。
確かにエステルの力は自分からしても脅威だが、だからといって負けるとは思っていない。
だというのに、ジークハルトの態度はまるで、自分たちが負けることなど想定もしていないようで、少し気になってしまう。
「ジーク様、フォルブレイズ様が困惑してますよ?」
「おっと失礼。お前がその才能だけを頼りにしていないことは以前の授業で知っていたが……本気になったらこれほどとは思わなくてな」
そうして嬉しそうに笑うのだから、やはり掴みどころのない男だと思う。
それと同時に、油断できない男だと、改めて思うのであった。
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