第42話 襲撃

 どっちが先だった、という話ではないだろう。


 ユースティアとジークハルト、共に相手のことを理解し、即座に行動に移ることはわかっていた。


 だからこそ彼女は即断即決で女子生徒をまとめ上げたし、ジークハルトは同じように男子生徒を集めた。


「こんにちわー。みなさんこんなに集まって、私は仲間外れですか?」


 突然現れたエステルに対して、ほとんどの女子生徒は呆気に取られ、そしてその能天気な笑みを見て殺気立つ。


 この集まりが何のための集まりか、わかっていないと思っているのだろう。


 女子生徒のうちの一人が前に出ようとする。だがそれよりも早く、動く者がいた。


「ノウゲート……これは貴様を断罪するために集まった集会だ。わかっていて来たのだろう?」

「えー、そんなことわかりませんよぉ。ただ人が集まって楽しそうだなぁって思って来ただけなのに……ねえ、ジーク様」


 エステルがあざとく、そして嫌らしい笑みを浮かべながら、誰もいない場所に語り掛ける。その瞬間、空間が歪み、一人の美男子が現れた。


「ふ、あまりユースティアを煽るな。何度も言っているが、彼女は私の婚約者だ」

「ぶー、まだそんなこと言ってるんですかぁ? 私がここにいるのに、嫉妬しちゃいますよー」

「なっ――」


 突如現れたジークハルトにユースティアも、そしてその他の女子生徒たちも驚き声を上げる。


 それはそうだろう。空間転移などお伽噺にしか登場しないものだ。少なくとも、精霊から力を借りて使う六属性の魔術では、不可能とされている。


 これまで魔術を習ってきたものの、そしてこの学園で初めて魔術を習い始めた者もみんな信じられない思いのはずだ。


「……空間転移? ルキナのゲートとは違う形で?」


 その突然の登場にシズルも驚いたが、それはユースティアたちとは違う理由だ。


 なぜならシズルはルキナとルージュがゲートを使い、遠いローレライ領からフォルブレイズ領まで転移できることを知っているから。


 ただそれは大精霊という、神にもっとも近い存在が、満月という一番力を振るえる限定的な物。


 だというのに、目の前の存在はそれを当たり前のように行使したことに、驚いたのだ。


 壇上の上で驚き声が出せなくなっているユースティアに対して、エステルはふざけた態度で近づいていく。


「あははー驚いてますねぇ」

「正直言おう、お前がここまで出来る化物だとは思わなかった」

「あ、化物呼びは酷いですよ。ちゃんとエステルって呼んで欲しいです」

「ノウゲート……貴様は本当に、人間じゃないんだな?」


 ユースティアのいる壇上の上までやってきたエステルは、その笑みを深くする。


 それと同時に、周囲の空間が歪み始め、凄まじい圧力 と濃厚な殺気を交えた闇の魔力が、講堂内を覆いつくした。


「その質問、答える必要ありますかぁ?」

「ぐっ――」


 思わず膝を着くユースティア。そして彼女を小馬鹿にしたように笑うエステル。周囲の生徒たちの一部はすでに気絶している者も多くいる。


「くふふ。本当はここで全部終わりにしてもいいんですけどねぇ……怖い人たちが睨んでいるので、頼もしい男性陣に助けてもらおうかなぁ」

「……なに?」


 エステルはそう言うとその場から消え、いつの間にかジークハルトの横に立つ。


 そしてまるで恋人のようにその腕に抱き着くと、軽く周囲を見渡して、その後にシズルを見た。


「それじゃあ皆さん。頑張ってくださいね」

「君たちが真に原石から宝石へと変われることを祈っている」

 

 二人揃ってその場から消え、それと同時に行動を覆っていた闇の魔力もまた、霧散して通常通りの場所へと戻っていく。


 シズルが講堂内を見渡すと、意思をしっかりと持っている女子生徒たちも衰弱こそしてるが、命に別状はなさそうだ。


 ほとんど影響を受けなかったルキナと、強い意志でいつも通り振るまうエリーが女子生徒たちを介抱しているなか、シズルは間近でエステルの殺気を受けたユースティアに近づいていく。

 

「ユースティア、大丈夫?」

「ああ……問題ない。だが」

「うん……一応、君の予想通りの展開だね」

「あれほどの化物だとは予想外だったがな……」


 ユースティアはここにジークハルトとエステルがやってくることを見越していた。

そして、エステルが己を挑発してくることも。


 ゆえに彼女はエステルが『人ではない』ことを強調し、そして見事その作戦通りエステルは本性を現したのだ。


「これで、ここにいる女子たちの将来は守られるね」


 男爵令嬢とはいえ、王子が庇う女子を全員で叩けば、事実はどうあれ世間からの評判は悪くなってしまう。


 だがしかし、それが『王子を操っている人でないなにか』であれば話は別である。


 そして同時に、これで生徒たちにとって王子すら『被害者』となった。


 細かい事情を知ってる者は少なくとも、あれを見て王子が正気だと思う者もいないだろう。


「本当に、ユースティアは王子を守ろうとしてるんだね」

「ああ。この国にはあの人が必要なのだ」

「……」


 王宮の政争に関わらずに生きてきたシズルにとって、あのような歪な力を頼りにしている王子が本当に必要なのか、わからない。


 この学園の生徒を犠牲にしてでも、力を得ることを選んだようにしか、見えないのだ。


「……シズル。お前が思っていることも理解できる。きっと私の方がおかしいのだ。だがそれでもっ――」

「いいよ別に。俺には何が正しいかなんてわからないしね。だから、君のために動くだけだ」


 この学園にきて出来た友人であるユースティア。


 彼女が道を外すようなことがあればシズルは止めるが、今の彼女は少なくとも前を向いている。


 シズルだったら、王子は殴り飛ばしてお終いにしていたことを、彼女はこの場にいる全員を助けるために動いた。


 一人の貴族として、尊敬できる少女だ。 


「シズル……頼めるか?」

「もちろん、俺はそのためにここにいるんだからね」


 講堂の外からうめき声が聞こえ始める。どうやら操られた男子生徒たちがシズルの『雷結界ショックウェイブ』を破ろうとして、返り討ちになっているらしい。


 外の状況を何となく理解したのだろう。女子生徒たちも怯えた様子を見せていた。


「ノウゲート嬢……もうノウゲートでいいか。あいつと男子は俺が叩きのめすから、その後のことは任せるよ」

「……ああ。私は王子をもう一度説得する。あの女の力が通用しないと分かれば、きっとジークハルト様も目を覚ましてくださるはずだ!」


 それが希望的観測だということは、ユースティアも分かっていることだろう。


 ジークハルトも、シズルというイレギュラーな存在を認知しているのだ。それでもこうして戦いに来たということは、もう退く気などないということ。

 

 だがそれでも関係ない。シズルは今、友人であるユースティアのために動くと決めたのだ。


 だから彼女がジークハルトの説得を望むというなら、それが出来るように動くだけである。


「シズル様……」


 不安そうな表情でルキナが近づいてくる。


 あのエステルの殺気は間違いなく人外のそれだ。間近でそれを感じ取った彼女も、生半可な敵ではないことを理解しているのだろう。


「ルキナ。もしもの時は……ルージュに守ってもらってね」

「はい……でももしも、その時は」

「駄目だよ」


 ルキナが一瞬だけ見せた覚悟を決めた様子を見せるが、それをシズルは軽く口に指をあてて止めてしまう。


「ルキナはそんなこと思わなくていいから。俺が、全部ちゃんと終わらせるから」

「……はい」


 ルキナの信頼する瞳を受け止めながら、シズルは彼女に背中を向ける。


「どうか、ご武運を」

「うん、それじゃあ行ってくるね」


 そうして歩き出した時。


「シズル……」

「ユースティア」


 彼女は自分の歩く先で心配そうに見つめてくる。己で立てた計画とはいえ、あまりにも自分に負担が大きいことに対して思うことがあるのだろう。


「そんなに心配そうな顔をしなくてもいいよ。俺は大丈夫だから」

「っ――ああ、すまない……任せたぞ!」

「うん、任された」


 ユースティアが申し訳なさそうにしているが、それに対してシズルの言葉は軽い。きっとそれは彼女と自分の危機意識の違いだろう。


 背後から多数の視線を受けながら、シズルは講堂の外へと向かう。


 その先にいるであろう、敵を倒すために。


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