第41話 天秤の乙女

 昨日の作戦会議から一夜明けたこの日、当然のように授業はない。だがそれでも学園には生徒が集まっていた。


 入学式のときに生徒が集まった講堂。


 その壇上に立つのは、王国が誇る公爵家の一つ、ラピスラズリ公爵令嬢のユースティア。そしてその横に立つのは、伯爵家令嬢のエリー・ベアトリスと、ルキナだ。


「みんな、突然の事態にも関わらず、よく集まってくれた」


 広い講堂にも関わらず、ユースティアの凛とした声は良く響く。


 そして彼女を見上げる少女たちは、その誰も彼もが静まり返り、真剣な表情でユースティアを見上げていた。


「先日の件で諸君もすでに分かっていると思うが、この学園では今、未曽有の危機が起きている。たった一人の男爵令嬢によって、学園中の、いや王国の未来を担う男子が奪われようとしているのだ」


 ユースティアはまず今なにが起きているのかについて、女子生徒たちと共有することから始めた。


 エステル・ノウゲートという男爵令嬢。


 彼女のこれまでの行動を話し、実際に婚約者を奪われた女子生徒一人一人を壇上に呼びながらと婚約者の様子がおかしくなったことを話させる。


 そうやって徐々に女子同士の団結力を高めることで、彼女たちのモチベーションを高めていくのだ。


 時には思い出したように泣き出す少女も出たが、その辺りユースティアは巧みだった。


 女子生徒たちの過去をすでに調べ上げている彼女は、慰めるように、そして周囲から同情を誘う様に上手く誘導していく。


「……凄いなぁ」


 この行動が彼女の本心でないことは、シズルにだってわかっていた。


 ユースティアは『自分のために』同じ学園の仲間を利用してなにかことを為すようなことをするような少女ではない。


 だが今は、今だけは違う。彼女は『この王国の未来』のために立ち上がった。


 自分の感情と王国の未来を天秤に乗せ、そして決めたのだ。


 あとで恨まれようと、そして今回の行動の結果、己が王国から追いやられることになろうと、それでもユースティアは選んだ。


「天秤の乙女……か」


 初めてユースティアと出会ったあと、シズルはルキナから彼女のことを聞いてた。


 王国第二王子ジークハルト・アストライアの婚約者であり、『天秤』と呼ばれるアストライア王国が誇る法の番人、ラピスラズリ公爵家の一人娘。


 彼女の家系は代々王国の法を司ってきた、現代日本で言うところの法務大臣のような立場だ。その権力は絶大で、王族ですら場合によっては裁かれる。


 ゆえに、その力が振るわれることはほとんどない。あまりに強すぎる権威は、諸刃の剣となるからだ。


 かの一族がもし間違えた方向性に進んでしまえば、国が滅びかねない危険性すらあるのだから。


「だから、ユースティアは自分の権力をこれまで使わないようにしていたんだよね」


 壇上で堂々となされるこの演説は、エステル・ノウゲートという一人の女子生徒を断罪するために行っているものだ。


 そして彼女がその権力を全て使うことは、この場にいるすべての貴族令嬢たちに大義名分を与えることになる。


 王族すら裁きかねない力の集合体。それがこの集団なのだ。


「これより私は、婚約者であるジークハルト第二王子すら退け、かの魔女を断罪する! そしてそれは王族に反旗を翻すものだ。ゆえにこの先、私は王国より敵意を持つ者として未来を閉ざされる可能性は十分にある! だがしかし!」


 ユースティアの声はどんどんを大きくなっていく。


「それでも私は、許せないのだ! 一人の女として我が敬愛する王子を狂わせたあの魔女を! そして一人の貴族として王国の未来を闇に閉ざそうとするあの悪魔を!」


 ユースティアは自分の感情を理解し、コントロールし、そしてわざと狂わせる。まともな理性を保ったままではきっと、耐えられないから。


「この道は未来のない茨の道だ。ゆえに最後に一度だけ諸君らに問う! 私に大義がないと思うものは今すぐこの講堂から去れ! だがしかし、少しでも王国の未来に憂いを覚える者は、私に続け!」


 この日一番の大きな声を出して、彼女は叫ぶ。


「我が名はユースティア・ラピスラズリ! 王国が誇る『天秤』、ラピスラズリ公爵の娘! 私はこの国を仇為す敵を許さない! たとえこの身が破滅へと誘う行為だとしても、私は止まらない! 全ての責任はこの私が取る! この国を想う者よ! 一人の男を愛する者よ! 私に、続けぇぇぇぇぇ‼」


 その瞬間、講堂がまるで巨大な地震のごとき揺れる。


 それまで大人しく座ってみていた女子生徒たちがまるで獣のように瞳を血走らせ、立ち上がり吼える。それはユースティアを自分たちの王だと認めた証拠だ。


 この場の誰一人、出ていこうとする者はいなかった。凄まじいカリスマ。これが次世代の国母になるために生まれた来た少女の、本当の力。


 熱狂は留まることを知らず、シズルは彼女たちをただ大人しく見ているだけだ。


 これからの計画はすでに昨夜のうちに話し合っている。


 彼女たちを引き連れて男子寮まで行き、王子を引っ張り出す。そして、全員で糾弾し、それでもジークハルトを庇うようなら力づくでエステルを奪うことだ。


『上手くいくと思うか?』

「どうだろうね。少なくとも、簡単にはいかないと思うよ」


 この作戦には問題がいくつもある。


 まず一つは、男子生徒たちがみんな洗脳されているのであれば、力づくという行為そのものが危険であること。


 そして、エステル本人が悪魔であるのであれば、ここにいる生徒たちが束になっても敵わないということ。


『ふん、我とシズルがいればそんなもの物の数ではないわ』

「うん、そうだね。だからこそ、少し不安があるかな」


 この事態を、あの王子が想定していなかったとは思えない。


 ユースティアの行動は迅速を極めているが、それでもこの状況になることくらい簡単に想像できたはずだ。


 なにせ、ジークハルトは幼い時からユースティアを見てきた。自分などよりも、ずっとずっと知っているのだから。


「まあでも、俺は俺のやるべきことをするだけだよ」

『ふふふ、久しぶりの戦闘だな! 腕が鳴ると言うものだ』

「言っとくけど、戦闘は最後の手段だからね」

『分かっておるわ! だが、あちらはそう思っていないようだぞ?』

「え?」


 ヴリトラが言っている意味が最初はわからず疑問に思うが、すぐに周囲の状況に感づく。


「これは⁉」

『囲まれておる』


 シズルが『『雷探査サーチ!』』を行うと、すでにこの講堂は多数の男子生徒たちに囲まれていた。そして、まだ女子生徒たちはそのことに気付いていない。


「ち、さすがに相手も動きが早いね! 仕方ない、『雷結界ショックウェイブ!』!」


 この講堂を襲撃されないように、雷で出来た結界は張る。少なくとも、これでいきなり襲撃を受けるということはないはずだ。


 だが、シズルが突然出した魔力の奔流はいくら未熟な学園生徒であってもすぐに気付く。


 それまで興奮した面持ちで叫んでいた女子生徒たちは、一斉にこちらに向いてきた。


 そして――。


「くふふー。凄い魔術だけど、ちょっとだけ気付くの遅れましたねー」


 シズルが振り向くと、すでに講堂内に入り込んだエステルが、悪魔らしく微笑むのであった。


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