第44話 本気のぶつかり合い

「それで、王子はどうするおつもりで?」

「どうする、とは?」

「このまま横の女と離れてくれるなら手荒な真似をする気はありません。だけど……敵対すると言うなら手加減しませんよ?」


 バチバチと、掌に魔力を集中させて雷の剣を顕現させる。


 普段シズルが使っている剣はそう大きなものではないが、それでもそこに込められた魔力は並みの魔物であれば触れただけで蒸発してしまうほどの威力を秘めていた。


「エステルを差し出せ……か」

「ねえジーク様? なんでちょっと考えてるんですか?」

「いやなに、それも一つの選択肢かと思ってな」

「いやいやいや、そんなのノーですよノー! あれもう手加減する気なしでもすもん! 私、このままだとジュってなって、バチバチってなってキャー! ですよ⁉」


 こちらの状況とはずいぶん異なり、目の前の二人はどこまでもふざけた様子で余裕を隠さない。


 それがどうにも不自然で、そして自然な対応にも見える。


「ふむ……」


 ほんの少し思案気に瞳を伏せるジークハルトだが、次に顔を上げると少し楽しそうな表情を見せた。


「というわけだフォルブレイズ。残念ながら、エステルは渡せないな」

「そうですか……じゃあ力づくでいきますよ?」

「ああ、お前とは一度戦ってみたかったんだ。是非とも一手、頼もう」


 そう言ってジークハルトは腰に差した長剣を抜く。その仕草は堂に入っており、フォルブレイズ家の騎士たちよりも強いことはわかった。


 だが、その程度だ。


「ふっ」


 先ほど同様、シズルの姿が消える。それほどの高速移動を、この距離でジークハルトが見切れるとは思えなかった。


 一瞬で距離を詰めて、せめて一撃で終わらせる。そう思ったのだが――。


「っ⁉」

「どうしたフォルブレイズ? まさか私が剣を受け止めたことが、そんなに意外か?」


 シズルの雷剣をジークハルトは防いだ。しかも、まるでこちらの動作を先読みしたのではないかと思うほど、完璧に。


 確実に実力差のある相手だと思っていたシズルは、思わず驚きを隠せなかった。


「いやしかし、お前の動きはとんでもないな。距離を詰めてきた瞬間がまるで見えなかったぞ」

「っ――。だったら何で⁉」

「ふっ、それは自分で考えるのだな」


 そう言いながら、ジークハルトはつばぜり合いを嫌うように大きく後ろに跳んだ。


 王家の人間であるジークハルトは確かに魔力量は多いだろう。そしてこの国では王族のみが契約できるという、『光精霊の加護』を持っているのも間違いない。


 だがしかし、今のシズルはオーガですら力押しで勝てるだけの身体能力を秘めているのだ。


 その状態のシズルと力でほぼ互角。そしてその動きを完全に見切るなど、いくら王族とはいえ、しょせん学園の一生徒でしかないジークハルトに出来るとは思えなかった。


「ジーク様格好いいですぅ」


 まるで自分は無関係とでも言うように、外野で応援しているのはエステル。


 だがしかし、これもおかしな話である。ジークハルトとエステル、どちらが強いかなど一目瞭然。


 それでもこうして危険に晒されながら、余裕でいるのは――。


「考えごとかフォルブレイズ? 今度はこちらから行くぞ」

「っ――⁉」


 飛び出してきたジークハルトの動きは、シズルが想像するよりも速い。だが、それでも想像の範囲内だ。


 シズルはジークハルトの剣を受け止め、そのまま反撃をする、つもりだった。だがそれも、想定以上に重たい一撃に、受け止めた手を動かせなくなる。


「ぐっ⁉」

「どうした? 思っていたのと違うとでも言いたそうだな?」

「っ……なん……だ、これ」


 まるで巨大な鉄の塊を受け止めているような重さ。いくら魔術で強化していたとしても、とても普通の人間が出せる力ではない。


「ぐっ……なめ、るなぁ!」

「っ――」


 シズルは己の一瞬だけ身体強化に込める魔力を引き上げて、ジークハルトを押し返す。


 それが余程意外だったのか、これまで余裕を見せていた彼が初めて驚きを見せた。


 そして一気に後ろに跳ぶと、再び距離が開いたまま相対することになる。


「まさか、あの状態から今の私を押し返せるとは思わなかったぞ」

「……王子、あんた一体」

「フォルブレイズ、お前は自分だけが特別だとだとでも思っているのか?」

「なに?」

「とてつもない力を持った存在と契約しているのは、お前だけではないという事だ」


 そう言った瞬間、ジークハルトの体内から闇色の魔力が一気に膨れ上がる。それは決してシズルが普段から慣れ親しんでいる、精霊の力などではなく――。


『シズル、あやつは……』

「わかってる」


 ヴリトラの言葉を遮りながら、シズルはとある方向を見る。


 そこには、醜悪な笑みを浮かべた一人の少女が、闇色のオーラを纏いながらそっとジークハルトに近づいて行った。


「くふふぅ……さあ、第二ラウンドと行きましょうか。今度はこっちも、本気ですよぉ。ねえ、ジーク様」

「ああ、もちろんだ。フォルブレイズの本当の力を、見ておきたいからな」

「ぶー、そこは君のためにって言うのが正解ですよぉ」

「私にそのような感情はない」


 そんな風に二人で掛け合いを続けながら、ジークハルトは更に魔力の質を上げてくる。その圧力は――先日倒したフェンリル並みの力を誇っていた。


「……ははは、これは本当に、予想外だ。だけど――」

『これが悪魔の力か。だが――』


 シズルは己の力をさらに開放する。それは周囲を覆う闇の魔力すら吹き飛ばしてなお止まることはない。


「悪いけど、負ける気はしないかなぁ!」

「それは私もだ、フォルブレイズ!」


 そうして、シズルとジークハルト。時代を代表する二人の神童は、お互いの魔力を高めながらぶつかり合うのであった。

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