第45話 ジークハルトの実力

 黄金の閃光が大地を爆ぜる。


 普通の人間ではまず間違いなく捉えることのできない高速移動。一瞬でジークハルトの懐に入り込んだシズルは、闇色のオーラを纏う黄金の君に向かって雷剣を振るう。


「とてつもないスピードだ。だが……」

「ちっ⁉」


 しかしその一撃はジークハルトに止められてしまう。それどころか、パワーという部分に関してはシズルを上回り、押し返してきた。


「どうした? この程度かフォルブレイズ!」


 シズルが生まれ持った魔力は膨大。さらに幼いころから鍛え続けてきた結果、並みの人間を遥かに超える量を誇っていた。


 そして魔力量はすなわち、純粋な出力でもあるはず。


 ヴリトラという圧倒的な力を持っているシズルは、仮に同じ魔力量を持っている人間が相手だとしても圧倒できるはずだった。


 だがしかし、ジークハルトの瞬発的な出力はシズルを上回っている。


 生まれてこの方自分以上の魔力量を持つ人間に出会ったことのないシズルは、驚きを隠せない。


 たとえ相手が悪魔の力を借りているとはいえ、信じられない思いだった。


 だが、それで動きを止めてしまえば即座にやられてしまうと、ヒット&アウェイの要領で動き続ける。


「どうやら力比べは私に分があるらしいな」

「別に、力自慢をしてるわけじゃないからね」


 超高速で動き続けているからだろう。ジークハルトはこちらの動きを完全には追い切れていない。


 ときおり視線が自分を見失っていることがはっきりわかったシズルは、その一瞬の隙をつくと一気に背後へ回り込み、その背に向けて飛び出した。


「これで、終わりだ!」


 完全に死角から放たれる超高速の一撃。これを防げる者など、それこそグレンのような英雄と呼ばれる一部の者だけだろう。


 だが――。


「悪いなフォルブレイズ」

「なっ⁉」


 完全に決まったと思われた攻撃は、振り向きもしないまま剣を背中に回したジークハルトによって防がれる。


 それと同時に繰り出される蹴りを何とか避けるが、シズルには何故ジークハルトが今の一撃を防げたのか、理解できなかった。


「どうした? そんなに不思議そうな顔をして。私が今の一撃を防げたことがそんなに不思議か?」

「……いや、別に」


 敵に弱みを見せる必要などない。シズルは今度こそと再び大地を蹴りだし、再びジークハルトの死角へと回り込む。


 彼は間違いなくシズルの動きを捉えられていない。


 だがそれでも、何度シズルが攻撃を繰り出しても、全てを受け止められて、その守りを突破することが出来ないでいた。


 その不自然な動きに、シズルはなにかがあるはずだと思うもそのタネを見つけられない。


「……くっ!」

「ふふふ、素晴らしい動きだ。しかもこれだけ見せながら、それでもまだ全力ではないな? だが、今程度では私の守りは破れんぞ?」


 シズルは決して手加減をしていない。確かにまだ本気を見せてこそいないが、だからといって一学生が防げる代物でもないはずだ。


 考えられるのは、ジークハルトに憑依するように消えたエステルの存在。


 彼女が自分の動きを知覚し、ジークハルトに力を貸している。もしくは、己の剣技をジークハルトへと委ねたか。


 どちらにしても、彼一人の力ではないだろうと推測する。


「だけどそれなら、意志を伝えるのにタイムラグがあるはず!」


 そこからの怒涛の攻撃を、もし他の生徒たちが見ていたら目を疑うことだろう。


 圧倒的な速度で動き回るシズルの通る先の雷光がまるで幻想的な輝きを見せる。


 いくらエステルが強大な力を持った悪魔であっても、それを受けるのはジークハルトという人間だ。


 当然、自分の動きが早くなれば早くなるほど、対応は後手に回ることだろう。


 シズルはこれまで持っていた雷剣を一度分解すると、もう少し小さな二刀の小太刀へと変化させた。


 シズルの持つ雷変万化の武器の一つであり、そしてもっとも攻撃の回転数の多い形だ。


「ハァァァァァ!」


 まるで嵐のような怒涛の連撃。これを受け止めきれる者など早々いない、はずだった。


「ふっ!」


 だがしかし、その全てをジークハルトは受けきる。シズルがいくら虚実を混ぜようと、本命の攻撃だけを的確に押さえ、無駄のない動きで防ぎ切った。


「これでも駄目かっ――⁉」

「く、くくく……凄まじいなフォルブレイズ! 受けきるだけで精いっぱいだ!」

「こっちは受け止められてることに驚いてるよ!」


 ジークハルトの動きは決して速くない。その速度だけで見ればシズルが圧倒している。


 そして剣技の腕にしても、たしかに年齢を考えれば驚異的な技量だが、それだけ。


 シズルは自分が剣技の才能があるとは思っていないが、それでも幼いころから鍛え続けてきたのは伊達ではない。自分の技量は目の前の王子とそう大差ないはずだ。


 負けているのは純粋な魔力量くらいな物だろう。


 それだってシズルが本気を出せば、簡単にひっくり変える程度の差でしかないのだ。


 だというのに、王子の守りを突破できる気配が見られなかった。


「くそ! なんで⁉」


 ジークハルトも決して余裕を見せているわけではない。彼の言う通り、自分の攻撃を受けるだけで精一杯で、とても反撃に出られるような状況ではないからだ。


 だがしかし、それはシズルとて同じこと。


 彼から反撃を受けないために、絶えず動き続けなければならないし、その分体力を大きく持っていかれている。


 これ以上は不味いと、一度大きく距離を取ってジークハルトを見ると、彼は余裕そうな表情を崩していない。だがしかし――。


「ハァ、ハァ、ハァ……」


 小さく呼吸を乱し、その額からは玉のような汗が流れている。どうやら余裕そうに見えるのは見栄を張っているだけで、彼自身も相当消耗しているようだ。


「……まったく、同じ人間とは思えない動きを見せてくれる」

「俺からしたら、同年代にこれだけ攻撃を防がれることがあるなんて、想像もしなかったよ」


 シズルは自分が普通だ、などと思うほど世間ずれはしていない。


 雷神様から力を与えられて転生し、幼いころから鍛え上げ続けてきた。さらにヴリトラというとてつもない存在と契約し、その力は日々増す一方だ。


 正直言って、純粋な戦闘能力で誰かにひけを取ることだって、ほとんどないと思っていたのだ。


 それがまさか、自分と同じ年齢の子どもにこれだけ抑えられるなど、誰が思うものか。


 少なくとも、学園で見たジークハルトの技量程度で防がれるような攻撃ではないはずなのだ。


「本当は、実力も隠してたんだ」

「なに。あれが私の実力だよ。ただ、防御だけは得意なのだ。防がなければ死んでしまうことの方が多かったからな」


 そう不敵に笑うジークハルトに、シズルは手に持った短刀を、ノーモーションで投げる。


 だがそれは、シズルが投げるよりも早くから防御態勢を取ったジークハルトには無意味だった。


「やっぱり……」

「しまったな。今のでタネが割れてしまったか」


 今のジークハルトの動きはあまりにも不自然だった。なぜなら彼は、シズルが動くよりも早く防御の態勢を取っていたのだから。


「……未来予知?」

「ふ、そこまで大層なものではない。危険予知……いや違うな。ただの勘だよ」

「はっ」


 シズルはその言葉に思わず吹き出してしまう。ただの勘、そう言ったが、それがどれだけとんでもないことか。


「日常的に命を狙われてたって話は聞いてたけど……」

「まったく暗殺者たちにも困ったものだ。寝てるとき程度ならともかく、風呂やトイレでも平気で入ってくるからな。おかげでゆっくりする暇もなかったよ」


 それが当然のことのように言うが、シズルには考えられない生活だ。


 勘とはつまり経験則の集合体。ゆえに経験のない者には働かないものだ。


 そして彼は、自分の危険が起きるよりも前からすでにその危険性を察知できるほど、戦闘における勘が研ぎ澄まされている。


 つまり、それだけ常に、彼は命の危険に晒され続けてきたということに他ならない。


「参ったね……」


 これまでシズルは幸せな生活を送ってきた。家族に恵まれ、周囲の人間に恵まれ、多くの才能と整った環境に身を置いてきた。


 ゆえに思うのだ。この目の前の少年は、地獄のような生活を送ってきてなお、当然のようにこの場に立っている。


「これは、俺も本気を出さないと勝てそうにないか」


 その言葉に、ジークハルトは嬉しそうに笑う。


「さあ、まだまだこの程度ではないのだろう? 私に見せてみろ。あらゆる宝石を上回る、最高の原石の力をな!」


 エステルの力が増しているのか、さらに強烈な圧力を放つジークハルト。


 そんな彼に対して、シズルはこれまで殺さないように抑えていた。だがしかし、目の前の敵はそれでは到底抑えられないことに、ようやく気付く。


 ゆえに決めた。自分の全力を出すこと。


 そしてその結果――。

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