第19話 休息
周囲の兵士たちと同じように鈍い銀色の鎧を着て、腰には直剣、背中には斧を背負ったそのオークが現れた瞬間、シズルは一気に戦闘態勢に入る。
ただそこにいるだけでも感じる圧倒的強者の風格。
シズルの知る限り最強の人間は父であるグレンだが、その本気を見た事がないため目の前のオークとどちらが強いか比較できない。
ただ、英雄とまで呼ばれる父と比較しても負けないかもしれない。ただ立っているだけなのにそう感じさせる何かがこのオークにはあった。
それを肌で感じ取ったのはホムラも同じだろう。額から汗を流し、臨戦態勢の構えを取っている。
「はは、こりゃ強ぇな」
「兄上、絶対に戦いを挑んだら駄目ですからね」
「おう……」
まるで狂犬のように目を滾らせオークを睨みつけるホムラだが、流石に目的は分かっているのか飛びかかるような事はしない。
とはいえ、戦えるなら戦いたい。そう思っているのがはっきりと分かる。
戦いを挑むなと言いつつ、目の前のオークを前にシズルも戦闘態勢を解くことが出来ないでいた。
おそらく、強さというだけ言えばかつて戦った闇の大精霊ルージュの方が上だ。
だがこのオークからはそんな根本的な強さを覆す、とても強い意志を感じる。
だからだろう。こうして目の前にいるだけなのに、凄まじい覚悟の炎を感じるのは。
とはいえ、当然ながら臨戦態勢に入っているのは自分とホムラの二人のみ。
このオーク自身に戦う気などないのか、こちらを一瞥すると、すぐに視線を外しローザリンデを見る。
「ローザリンデよ。久しぶりだな」
「ゲオルグか……ああ。ようやく使命を果たせたからな」
「……使命を果たした、か」
ゲオルグと呼ばれたオークは用意された椅子に座ると、まるで馬鹿にしたように鼻で笑う。
「ふっ、俺にはとてもそうは見えんがな。貴様の瞳、迷いが見えるぞ?」
「っ――!」
「そんな中途半端な覚悟でやるなら止めておけ。そんな者の末路など、今も昔も変わらず滅亡だけだ」
「貴様! 我らの覚悟を愚弄する気か!」
ローザリンデが激昂したように槍を構える。だというのに彼女の怒りなどまるで意に介していない様子でゲオルグは微動だにもしないで座っている。
「貴様らのやろうとしている事は理解している。だがな、俺にはこの一族を守るという使命があるのだ。そのためだったら、この命など惜しくはない」
「まるで我らが命を惜しんでいるとでも言いたげだな!」
「事実そうだろう? だからこそ使命などと高尚な言葉を使って、今回のような事が出来るのだ」
「くっ! 違う! 我らはこの大森林全てを守るために、仕方なく――」
そこまで言ってローザリンデは言葉を切る。その表情には悲痛と後悔が混ざり合ったような複雑なものだ。
そのまま顔を伏せ、何か反論することもなく槍を下ろした。
二人の会話の内容まではわからない。だがきっと、この森で生きる全ての者にとって、とても重要な何かなのだろう。
「ふん、まあいい。もはや賽は投げられた。貴様らエルフ共のその先を、俺達はここで見ている事しかできないのだからな」
ゲオルグは辺りのオーク達を見渡すと、そのまま扉へ視線を向ける。
するとずっとこのオークの様子を伺っていた兵士たちは安心したように揃って扉の外へと出て行った。
「別にお前らが暴れるとは思っていないが、貴様がいるとなると他のオーク達が気を張ってしまって仕方がない。悪いが俺が見張らせてもらうぞ」
「……ああ。手間をかける」
「ふん。あの狂風から謝罪の言葉を聞くことになるなど、他の部族に言っても誰も信じないだろうな」
それだけ言うと、ゲオルグは黙り込み瞳を閉じる。見張り、といっても別に何かを監視するわけではないらしい。
重苦しい雰囲気が休憩所に漂う。
「お前達も、声を荒げてすまないな。この先も魔物は多い。とりあえず少し休もう」
「おう、俺は寝るからよ。とりあえず移動時間になったら起こしてくれ」
先ほどからゲオルグに対して殺気を隠しきれない様子だったホムラだが、相手が無防備に寝始めたため興味を失ったのだろう。
そのまま木の床に寝転がると、イビキをかいて寝てしまう。
そのあっさりとした仕草にローザリンデは目を丸くしてしまうが、それで少し気が楽になったのだろう。
呆れたような、それでいて少しほっとしたような表情で眠るホムラを見下ろす。
「ふ、こいつは、空気が読めるのか読めないのか……」
「兄上は野生動物みたいなものだからね。こう見えて意外と勘は鋭いよ」
「みたいだな。シズルも疲れているだろう? そんなに警戒してたらこの後が持たないぞ」
「あー、バレてた?」
常に動けるように立ち位置を意識したり、魔力を練ったりしていたのだが、どうやらローザリンデにはバレていたらしい。
「ふ、これでもA級冒険者だからな。ゲオルグは大丈夫だから休め」
「ん、そうするね」
そうして今度こそシズルは警戒を解き、壁にもたれるように座り込む。
流石にホムラほど堂々と寝転ぶような真似はしないが、それでも寝ない程度に瞳を閉じて身体と心を休ませる。
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