第15話 シズルを思う

【前書き】

この話は本日2話目となりますので、ご注意ください。

―――――――――――――――――――


 ローレライ公爵邸では二人の美しい少女がベッドの上に座っていた。


 一人はいつもの二つに結った髪とは違い、真っ直ぐ背中まで下ろしたルキナ。もう一人は彼女の契約した大精霊であるルージュだ。


 二人共黒髪なので、見る人によっては美人姉妹にも見えることだろう。


「で、いつまで拗ねてるつもりよ」

「別に拗ねてないもん」


 すでにパジャマに着替えたルキナは膝を抱えて、窓の外の月を見る。


 彼女は前回シズルと別れてから、毎日月を見上げてはあと何日で満月、などと数えていた。


 そんな様子を日々見ていたルージュは、呆れた様子でため息を吐く。


「……はぁ。アイツの事情は手紙で読んだでしょ? 今行っても邪魔になるのよ」

「わかってるもん。だから会いたいなんて言ってないよ」

「言ってなくても態度に出てるのよ」

「……出てないもん」

 

 まったく自分を見ずに空を見上げる契約者に、ルージュは再びため息を吐く。


 事の発端は先月のシズルとのやりとりが原因だ。


 シズルが魔術学園に行かないなら自分も行かない。そう言いだしたルキナに対し、ルージュとしては特に言う事などなかった。


 恋に盲目などと言うが、ルージュからすればそれは何千年も見てきた人間の習性だ。


 美女が国を崩壊させるなど良くある話で、恋が行動に影響を与えるなど当たり前だし悪い事だとも思っていない。


 シズルの実力は認めているし、あの男ならたとえ国が相手でもきっとルキナを守り切るだろう。


 なにせ自分を相手に啖呵を切って勝利をもぎ取った男だ。


 実力だけではなく、運も周囲も味方をしているのだから、その程度はしてのけるだろうという信頼はある。


「まあ、別に学園程度に行かなくてもどうでもいいしね」


 シズルにしてもルキナにしても大精霊の契約者。


 人間の講師などいなくとも、魔術で困るようなことは何もないはずだ。とはいえ、それはあくまで大精霊であるルージュから見た場合。


 ルキナの父であるローラレイ公爵からすれば大問題。大慌てで親子会議が始まったものだ。


 といっても、大抵のことに関しては素直に聞くルキナだが、ことシズルの件に関しては頑固なため会議は依然として延長中である。

 

「だってルージュは知ってるんでしょ? エリクサーが実際に存在するって。なのにお父様は……」

「まあ存在はね。ただそれだって何百年も前の話だし、普通の人間からすればおとぎ話よ。言われるまで思い出しもしなかったわ」


 ルージュからすれば、シズルがそんな眉唾な物にまで手を出している事に驚いたくらいだ。


 二人の様子があんまりにも見てられなく、つい思い出した内容を口にしてしまったが、今もちゃんと存在しているかは疑問である。


「ねえルージュ……やっぱり私、シズル様をお手伝いしたいよ……」

「あのね、あんたあの親父にも言われたでしょ? 駄目ったら駄目。何度も言うけど『月影転移ゲート』は満月の夜しか使えないの。向こうで手伝い始めたら、次に戻ってこられるのが翌月よ。そんなの認められるわけないじゃない」

「うー……」

「唸っても駄目」


 枕を抱えこみ、全く怖くない顔で睨んでくるルキナを見て、何度目かになるため息を吐く。


 ここ最近はここまで言えば大人しくなっていたのだが、どうやら今日はまだまだ防衛態勢を解かないらしい。


「あの日、シズル様は泣いてた……」

「……それは」

「シズル様は昔言ってたよ。自分だって悩む事はあるって。自分は神様じゃないって。きっと今、シズル様は苦しみながら、悩みながらそれでも前を向いてるんだと思う。だったら、私はそんなあの人をほんの少しでも支えてあげたい」

「ルキナ……」 

「シズル様は昏い闇の中を漂っていた私を拾い上げてくれた。進むべき道がなかった私に道を照らしてくれたの」


 真っ直ぐに見据えるルキナの瞳はとても力強く、まるでシズルやかつて戦った光の勇者を思い出す。


 赤ん坊の頃から見守ってきた少女だが、いつの間にこんな風に成長したのだろうと思ってしまう。


「待ってるだけは嫌なの。私はシズル様の隣に立ってても恥ずかしくない、あの人の隣で支えられる女の子になりたいの」


 ここ数年、彼女は強くなった。それは魔術の腕だけじゃない。心の強さもだ。


 周囲の目を気にして、ただ求められている事を必死にやるだけの少女じゃない。今のルキナは、自分の明確な目標に向かって歩み進めている。


「だからお願いルージュ……」


 そんな未来を見据える心の強さはかつての親友を思い浮かばせ、つい視線を逸らしながらそっと呟く。


「……一日だけ」

「え?」

「満月の夜一日だけよ! それ以上は駄目だからね! あいつを支えたいって言うなら、その一日で何とかしなさい!」


 そう言った瞬間、ルキナはまるで花が咲いたように満面の笑みを浮かべて抱き着いてくる。


「うん! ありがとうルージュ!」

「あーもう、どうしてあんた達親子はこう! もう! 抱き着かなくていいから!」

「大好き! 流石! 頼りになる!」

「そういうのはあの男にしなさい! この馬鹿娘!」


 窓から差し込む月明りの下、二人の少女がベッドの上でじゃれ合う姿は愛らしいものだ。


「言っておくけど、会って話をするだけだから! 間違っても一緒にフォルセティア大森林を冒険するとか、魔物と戦うとか、そういうの一切なしよ! わかった!?」

「うん!」

「危険なことは一切しない!」

「わ、分かってるよ。もう、ルージュは心配し過ぎだよ」

「アンタ達親子はねえ、自分で決めた事には周りを無視して真っ直ぐ進み過ぎるんだから、言い過ぎるくらいが丁度いいのよ!」


 空に浮かぶ月はまだ満月ではない。それでもシズルの会えるのが楽しみなのだろう。ルキナは最初の不貞腐れた様子から一転して、とても機嫌よく月を見上げている。


「まだかなー、まだかなー」

「まだまだよ。いくら見つめても変わらないんだから、もう寝なさい」

「うん……シズル様も今、同じ月を見上げてるかな?」

「さあね。ただまあ、アイツはアイツであんたの事を想ってるんだから、もしかしたら同じ事を思ってるかもね」

「ふふふ……そうだと嬉しいな」


 ニコニコと笑う姿は、本当にマリアに似ているとルージュは思った。彼女も自分の事や、マグナスの事を話す時はいつも笑顔で嬉しそうに語ってくれたものだ。


「アイツ……この笑顔を曇らせるようだったら、承知しないわよ」


 ルージュはルキナの隣で月を見上げながら、そう呟くのであった。

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