第14話 ルキナを思う
この日、レノン子爵邸に泊まる事が決まったシズル達は、それぞれ個室を与えられていた。
すでに深夜と言っていい時間であるが、最後まで魔物の群れと戦い続けたホムラ達と違い、早々に魔力を使い果たして夕方まで眠っていたシズルは流石に寝付けない状態だ。
一人バルコニーに出て、高台の上に立つこの屋敷から街を見下ろすと、まだまだ騒ぎが収まらないらしく、そこら中に明かりが灯っている。
流石に声までは聞こえてこないが今夜は夜通しで宴だろう。
ふと空を見上げると、街を見守るように丸い月が浮かんでいた。
「ああ、そういえばもうすぐ満月か」
『なんだ? ルキナ殿の事が気になるのか?』
「うん、まあね……一応手紙では事情は書いたけど、あんな別れ方をしちゃったからさ」
ヴリトラがシズルの横に現れると、一緒になって空を見上げる。
一月ほど前、シズルは満月の下でルキナに自身の今後について伝えた。
と言っても時間もなく、細かい事情すら伝えきれなかった中途半端な別れとなっている。
母の事情があったとはいえ、もう少ししっかり時間を取って説明するべきだったと今更ながらに後悔してしまう。
「伝え辛いことを後回しにしたら、後々もっと伝え辛くなるって知ってたつもりなんだけどなぁ」
『まあ仕方あるまい。わかっていても中々動けないのが人というものだ』
「なんか悟ってるね」
『ふ、我もすでに十一歳。もう子供ではないのだよ』
それを言ってしまえば、自分は前世を含めるとすでに四十を超えている。
だというのに、この身で出来る事の少なさに散々歯がゆく思った物だ。
「前世で読んだ異世界転生チートの物語って、もっと悩みも何もない話なんだけどね」
『残念ながら現実はそこまでご都合主義ではないさ。我らが父から与えられた力は確かに強大だが、それも全ては担い手次第。そもそも単純な暴力が通用しない事など世の中腐るほどあるとも』
「ヴリトラは中々深いこと言うね」
この世界に転生して十年以上。自分の力がすでに最強だとは思わないが、それでも規格外な物であることは知っている。
だからこそ出来る事もたくさんあるだろうと思っていたが、世の中そう甘くない。
貴族の世界には貴族のルールがあり、大人のルールの中に子供は入れない。
たった一人の力ではこの世の中にあるルールを壊すことは、そう簡単に出来る事ではないのだと知った。
『母君のこと、あまり気負い過ぎるなよ。如何に強くとも、世には流れというものがあるのだ』
「だとしても……そう簡単に割り切れないよ」
『それならそれでいい。人はそうやって成長していくのだからな』
自分が生まれた事で母の視力がなくなり、下半身は動かなくなった。
それを知っていたシズルは、いずれ必ずどうにかしようと考えていた。
とはいえ、侯爵であるグレンが貴族の伝手を使ってあらゆる手を尽くし、それでも治療方法は発見できなかった症状だ。
インターネットもない、テレビもないこの時代でシズルが出来ることなど、たかがしれている。
王都にある魔術学園に入れば、侯爵領にいるときに比べて得られる情報量も桁が違う。
そこで冒険者登録をすれば、行動範囲だって広がる。
そうすれば、自分の力ならきっとなんとか出来ると思っていた。
それが甘い考えだと知ったのは三か月前。
母であるイリーナの容態が、シズルの想像を遥かに超えて悪かったと気付いた事だ。
『シズルの母君は、とても強いな』
「……そうだね」
そんなこと、生まれた時から知っていた。何せ彼女は、凶悪な龍が目の前に来ても子供が泣かないように笑顔を見せる女性なのだから。
シズルの前で辛い顔を見せたことなど、ついになかった。
グレンは知っていたのだろう、侯爵夫人も知っていた。
気付いていなかったのは、自分だけだった。自分だけが三か月前、母が突然倒れてようやく気付いたのだ。
――母の命はもう、時間がないのだと。
魔術学園に入って図書館で資料を探し、王都で冒険者として情報を集める? そんな悠長な時間など、ありはしないのだ。
医術にしても、魔術にしても、今のシズルに得られる情報など侯爵家の権力を総動員していて事に当たっているグレン達に比べれば微々たる物だ。
だからこそ、シズルは別方向からのアプローチに賭けた。
この世界の住人ならただのおとぎ話としか思わず、真剣に検討すれば鼻で笑われるような代物。
シズルのように、ファンタジー世界の外から来たからこそその可能性に賭けられる、あまりにも遠い奇跡。
「あらゆる病気を打ち払う霊薬エリクサー。絶対に見つけ出すよ」
『風の大精霊ディアドラ。ローザリンデ達が言う通りなら姿を消しているということだが、大精霊ほどの者が姿を消す以上、何かしらの事が起きていると見るべきだ。それでも行くのか?』
「もちろん」
一瞬の迷いもなくシズルは頷く。
たとえこの先に強大な何かが待ち受けていても、その全てを打ち砕く覚悟を持って動いているのだ。
『気付いていると思うが、ローザリンデもイリスも何かを隠しているぞ? それが悪意のあるものかまでは分からぬが、それでも――』
「ヴリトラ、分かってて聞くのは意地悪だね」
確かに彼女達は何かを隠している。
しかしそれでも何となく伝わってくるのだ。
彼女達はそれぞれ何かを抱えているが、それはこちらに対する悪意ではなく――
「イリスは言ったよね。助けてって。だからきっと、彼女達は敵じゃないよ」
『そうか、なら我はもう何も言わん。どんな障害が待ち受けていようと、ただ打ち砕くのみ!』
「うん、頼りにしているよ」
城塞都市ガリアを出てそろそろ一か月。明日はついにフォルセティア大森林に入ることになる。
そこから先は国外であり、完全に未知の領域だ。たとえローザリンデ達がいたとしても、今回の魔物の騒動といい、そう簡単には事は進まないだろう。
シズルは再び空を見上げて月を見る。
同じ空をルキナも見上げているのだろうかとか、別れ際に泣かせてしまったけど今も泣いてないだろうかとか、こんな時なのに彼女の事ばかりが頭に浮かんでしまう。
明日は早い。もう寝るべきだとわかっているのに、つい空を見上げながら婚約者の事を思いを募らせてしまうシズルであった。
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