第16話 フォルセティア大森林
交易都市レノンで馬車を預け、朝早くから馬を駆けさせて約一時間。
大陸を南北に分けるほど巨大な森、フォルセティア大森林へとたどり着いた。
「おー! 噂には聞いてたけどでっけぇなぁ!」
「……確かにこれは、魔の森とは比べ物にならないくらい大きいですね」
遠目でも分かっていたが、実際にこうして近くまでやってくるとその巨大さに圧倒される。
左右を見ても先は見えず、木々の一本一本がとてつもなく巨大なこの森は、一度迷い込んだら二度と出てこられなさそうだ。
先日の魔物の襲撃でも分かる通り、この森には凶悪な魔物もはびこっている。
並みの冒険者では入り込む事すら出来ない危険な森だ。
「さて、森に入る前にもう一度情報を共有しておこうか」
レノンから付いてきた兵士たちに馬を預けたローザリンデは、懐かしそうに森を見上げたあと、シズル達に向き合った。
そして、これまでの旅の中で教えて貰った情報を、整理するように話し始める。
「フォルセティア大森林は様々な種族がそれぞれ縄張りを作って生活をしているのだが、それは四段階の層に分かれている」
――第一層、半魔人の集落。
――第二層、獣人の集落
――第三層、エルフの集落。
――第四層、大精霊の祭壇。
これら四層からなる森こそ、フォルセティア大森林である。
半魔人とはゴブリンやオークなど、基本的には魔物と称されながらも神によって知性を与えられ、人と同じように生きる者達のことの総称だ。
シズルの住む城塞都市ガリアでは平和条約が結ばれているとはいえ、隣国との戦争をしていたこともありほとんどいない。
しかし交易都市レノンでは普通に商売や冒険者として行動をしていたのでシズルも見た事があった。
「森の外側に住む彼らは魔物達が森から出ないように間引きをする存在でもある」
「じゃあフォルセティ大森林の半魔人は王国にとっては味方なのかな?」
そう尋ねると、ローザリンデは難しい顔を作る。
「そう言いたいところだが、残念ながら違うな。彼らは自分達が魔物でもなく、そして人でもないことに劣等感を抱いている。だから基本的に人や他種族の事をあまりよく思っていないのだ」
交易都市レノンで見た半魔人達は普通に見えたシズルだが、森の中でしか生活をしていない者達は別らしい。
「森で生まれながら祝福を受けられない事も彼らの劣等感を煽ることになっているし、血の気が多い者がほとんどだ。正直必要がなければ近づかない方が賢明なのだが……」
森の奥に行くにはどうしてもオークの集落を通る必要があるそうだ。
エルフの事を毛嫌いしている彼らの縄張りを通る事はローザリンデとしても躊躇いがあるらしく、少し顔をしかめている。
「まあ、仕方あるまい。出来るだけさっと抜けて第二層の獣人達の集落まで行こう。今日はそこで一夜を明かして、翌日には祭壇まで行けるはずだ」
第二層に住む獣人達は第一層の者達に比べて比較的人に近い性質を持つ。
実際に王国よりも東には獣人の国もあるし、王国でも獣人達は普通に生活をしているからある程度身近な存在だ。
フォルセティア大森林に住む獣人達は敵を攻撃するような魔術こそ使えないものの、風の大精霊の加護は受けているため身体強化などは出来るらしい。
そのため半魔人と違い、風の大精霊ディアドラを信仰する者同士交流も深いそうだ。
「なあロザリー、そいつらは強ぇのか?」
「まあ個人の戦闘力で言えばより深い祝福を受けている我らエルフの方が強いが……彼らは集団戦闘に優れている。この森で狩りをさせれば、まず間違いなく一番優れているだろうな」
「お、そうかそうか!」
嬉しそうに笑うホムラにローザリンデは顔を引きつらせる。
「おい……間違っても喧嘩を売るなよ。売ったら森の中で置いていくからな!」
「おう!」
「その返事はどっちだ!? 喧嘩を売らないという意味だよな! 森に置き去りにされることを歓迎している意味じゃないよな!?」
「というか、愛称で呼ぶのはもういいんだ」
そんな二人の掛け合いを見ながら呟くが、ローザリンデはホムラに説教をするのに夢中で聞こえていないらしい。
ふと、隣に立つイリスを見ると、顔を強張らせて緊張しているのが分かった。
確かにフォルセティア大森林は凶悪な魔物が出るという話であるため、戦闘能力がほとんどないイリスが怖がるのは可笑しくないが、しかしここは彼女の故郷でもある。
今のイリスの表情は、故郷に帰る者の顔ではなく、むしろ何か恐ろしいところに戻ってきてしまったような、そんな顔だ。
「イリス?」
声をかけると彼女ははっと気づいた様子でシズルを見て、何かを言いたそうにしつつもローザリンデを見て首を横に振る。
どうやら今は何も答えられないらしい。
未だに彼女が助けを求める理由がわからずモヤモヤするが、本人から語られない限りシズルとしてもどうしようもないのが実情だ。
「そういえば……ねえローザリンデ」
「ん、なんだ?」
ホムラの首筋に槍の切っ先を突き付け、しっかり調教している彼女に声をかける。
「さっき祝福って言ったけど、それって何?」
「ああ、そういえば言っていなかったな。このフォルセティア大森林で生まれた者は基本的に大精霊ディアドラ様より祝福を受けるんだ。そしてそれは森の中央に住む種族ほど強く、そして外に近づくほど弱い」
「ってことは、エルフが一番強い祝福を受けてるってこと?」
「ああ。その辺りはそうだな……王国の人間で当てはめると、貴族と平民の差みたいなものだ」
「なるほど……」
その言葉にシズルは納得する。
細かい原理は知らないが、シズルの住むアストライア王国では基本的に貴族の血が混ざった人間以外は精霊の加護を受けられず、魔術が使えない。
それと同じように、このフォルセティア大森林ではエルフは魔術全般を、獣人は身体強化のみを、そして半魔人は全く使えないという事だろう。
王国に属する平民の立場が半魔人で、エルフが上位貴族、もしくは王族に近い立場なのかもしれない。
「……もしかしてローザリンデって凄く偉い人?」
「馬鹿を言うな。我々には人間と違って地位などは存在しない。それでもそうだな、あえて言うならイリスは……」
「イリス?」
「いや、何でもない。さあ、いつまでも入り口で居ては日が暮れてしまう。闇の中で森を歩くのは死活問題だからな。さっさと行くとしよう」
そう言って無理矢理話を切ったローザリンデは、森の中を進み始める。
明らかに何かを誤魔化したローザリンデと、森に対して恐怖を感じているイリス。
二人の態度が気になるものの、これだけ深い森だ。
早く行動するに越したことはないと、とりあえずシズルは何も聞かずに付いていく。
先日の魔物の襲撃。風の大精霊は姿を消した理由。イリスの助けを求める言葉。ローザリンデの態度。
はっきり言って、わからない事だらけだ。
だがそれでも、様々な危険や障害があることは承知の上で前を向く。
シズルにもこんなところで立ち止まっているわけにはいかない理由があるのだから。
「……歴史上のおとぎ話にしか出てこない奇跡の霊薬エリクサー……絶対に手に入れる」
そのために、シズルは森の中へと足を踏み入れるのであった。
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