第33話 帰還

 ヒュドラを倒して第三層の階段を見つけたあと、城塞都市マテリアに戻ってきたシズル一行は、そのまま冒険者ギルドに報告するため向かうことなった。


 扉を開くと、冒険者たちの視線が一気にこちらに向く。


 A級冒険者と言えば街のギルドに一組いるかいないか。


 そんな本来は慣れ合わない彼らがチームを組んでのダンジョンアタックともなれば、ギルドに所属している冒険者はもちろん、街の住民の関心を引いている状態だ。


 そんなB級以下の冒険者たちの、どうなったのかと言いたそうな雰囲気をひしひしと感じる。

 

 シズルたちはあえて気付かない振りをしながらカウンターへと向かって行った。


「お帰りなさい! みなさん無事で……無事……で?」

「ただいまセリア。とりあえず、みんな無傷とは言わないけど、無事に戻って来たよ」

「え、えぇっと……たしかに怪我とかはなさそうですが、なんで皆さんそんなに汚れているのですか?」

『っ――』

「っ――」


 そう言った瞬間、ホムラやエイルたちの視線が一斉にシズルとイリスに向く。


 そして二人は気まずそうに視線を逸らしながら、しかしこの場でイリスにまで視線が向けられるのは良くないと思い、シズルが前に出た。


「……言わなきゃ駄目?」

「はい、もちろん」


 いちおう最後まで抵抗をしてみるが、どうやら駄目らしい。


 そうしてどのようにセリアの疑問に答えるかどうや悩んでいると、二階に続く階段からギルドマスターが顔を出してきた。


「セリア、とりあえずこっちの会議室に彼らを通せ。ここは、人目が付きすぎる」

「あ、そうですね。それではみなさん、お疲れのところを大変恐縮なのですが、こちらへ」


 そうしてシズルを含むA級冒険者たち十一人は、案内されるがままに階段を上がる。


 その際、この場にいる誰一人も口を開かなかったことに、様子を窺っていた他の冒険者たちは恐ろしく感じるのであった。




「それでは……その古代の魔物、ヒュドラをシズル様が倒して、その際に起きた力に驚いたイリスさんが、魔術の制御に失敗して土煙と衝撃が皆さんの方に直撃し、泥だらけになったと……」

「はい……」

『……』

「しかもその飛んできた土はなどは雷によって溶けて熱い泥となったせいで、皆さん大なり小なり火傷をしたと」

「はい……その通りでございます」


 ペコリ、とイリスと二人で並んで頭を下げる。


 セリアの疑問に一つ一つ応えていくと、彼女は信じられないという表情をしていた。

 

 もちろんそれはシズルのせいで汚れたことに対してではない。ヒュドラという、これまでこのギルドの創設以来一度も見たことのないような化物が、すぐ近くにずっといたこと。


 そして、そんな化物をたった一人で倒してしまったシズルという少年の力に、驚いているのだ。


「セリアさん。シズル様をそんなに責めないで欲しい。そもそも我々だけでは、あのヒュドラを倒すことも、そして毒に抵抗することも出来なかったのですから」

「おう、そうだな。もっと言えば、俺らが自分の身くらい自分で守れなかったのが悪いんだからよ」

「え、エイルさん! グレイオスさん! 私は別に責めてなんてしてませんよ!」


 エイルたちが庇ってくれるし、他のメンバーも別にシズルたちを責めてなどいないだろう。だがシズルからすれば、ほぼ無傷で終われた探索にケチを付けてしまったものだと思ってしまう。


 もちろん、イリスが悪いなんてことは一切にない。あれだけの魔力の奔流に、精彩なコントロールが求められる魔術を維持など出来るはずがないのだから。


「とりあえず、話は分かりました。ところで、その第二層の探索についてもう少し話を聞かせて頂いてもよろしいでしょうか?」

「うん、そうだね。とりあえず、今のところ出てきた魔物たちはB級パーティーなら十分対応できると思う」

「そうですね。私も同意見です」


 その言葉にセリアの横に立っているギルドマスターが少々渋い顔をする。


「本当に大丈夫なんですか? もちろんシズル様やエイルの言葉を疑うわけじゃありませんが……」

「魔物の強さ自体は、B級パーティーでも対応できるからね。それに一度探索をした場所には罠らしい罠もなかったし」

「一度探索を終えた場所を、細かく調査する。そういう目的であれば、十分ですね」


 シズルの言葉を補足するように、エイルが言葉を足していく。


 他の者たちもそれは同様なのか、時折頷く仕草をするので、ギルドマスターも納得のいく表情になった。


「わかりました。それじゃあとりあえず、みなさんが攻略を終えた第二層までは、ギルドマスターの権限でB級パーティー以上なら入れるように状況を緩和するようにします」


 その言葉にシズルもホッとする。ここでも頑固にA級冒険者以上でなければダンジョンに入ることを許さない、というスタンスであれば、貴重な戦力たちを分断するような羽目になる。


 それは、第二層でヒュドラなどという危険な魔物が出た時点で危うい選択だ。出来る限り戦力を一ヵ所に固めて、シズルとイリスによるマッピングからの一転突破。これが今のところ一番被害の出ないやりかただと思う。


 なにより、これ以上こちらを特別扱いをし続けたら、B級冒険者たちのプライドもボロボロだろう。この領地に所属する強い冒険者というのは、いくらいても困らないものだ。


 他の領地に行かれる前に、飴をきちんと与えないと、今後にも関わってくる。


「マスターが話の分かる人で良かったよ。とりあえず、これから第二層までの地図を作るから、それが完成したら俺らは先に第三層に向かう。それで、その間に上層の調査は任せるけど、いいよね?」

「はい、もちろんです。セリア、これから探索に向かえる冒険者のリストアップと、説明会の準備だ。ここからは人海戦術で行くぞ!」

「は、はい!」


 ギルドマスターの言葉に急いで階下に向かうセリアを見送りながら、また仕事が増えて大変だなぁと思うシズルであった。



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