第34話 冒険者
「少し待って頂けないでしょうか?」
セリアとギルドマスターが会議室から出た後、シズルたちも宿に戻ろうとしたところ、エイルによって止められる。
「うん、どうしたの? って」
シズルが振り返ると、エイルとグレイオスたち『破砕』のメンバーが膝を着いて首を垂れていた。
驚いているのはシズルだけではない。他のA級冒険者たちと、ローザリンデたちもまた驚きながら彼らを見る。
「いやちょっと、本当にどうしたの?」
「ダンジョンからの道中、そしてあのヒュドラとの戦いを見て確信しました。貴方こそ、私が求めていた主。実力不足は承知でお願いしたいと思います。この『神槍』のエイルをどうか、傍に置いては頂けないでしょうか」
「この『剛腕』のグレイオスおよび、『破砕』のメンバーも同じ考えだ。いや、考えです。どうか……」
「え、えぇぇ……」
二人の突然の対応に困ってしまう。
シズルはこれまでフォルブレイズ家の子弟として、それ相応の対応を受けてきた。だがそれはフォルブレイズ家の次男だからだ。
それに対してエイルたちはシズル『個人』に忠誠を誓いたい、とそう言っているのだ。
「ちょ、ちょっと二人共、今は俺たちは冒険者なんだから、そんな貴族に対する扱いなんてしなくても……」
「いえ! シズル様を主として、この槍を捧げさせて頂きたいのです。そのためなら、これまで手に入れた冒険者としての名声など、すべて捨てても構わないと思う所存!」
「俺らが冒険者になったのは、誰も見たことのねえ光景を見てみたいと思ったからだ。そんで、シズル様。アンタなら、俺らの命を預けられると思った。これでも俺らは頑丈だから、実力が足りなくても盾くらいにはなれるぜ」
二人の瞳は真剣そのもので、冗談を言っているわけではないことはヒシヒシと伝わってくる。
たしかにシズルはいずれフォルブレイズ家から独立し、王国より領地を与えられ、そこの領主となることが決められている。
その際に、当然のことながらフォルブレイズ家から人材を奪っていくわけにはいかないだろう。
マールだけはすでに義母であるエリザベートと話しも済んでいるため連れて行けるが、それ以外の者はその新しい領地で登用しなければならない。
しかしたとえ前任者がいるであろう領地であろうと、フォルブレイズ家のような精強な騎士団は中々ないものだ。
シズルやホムラが異常なだけで、フォルブレイズ家の騎士たちは相当強い。それこそ、並みの冒険者たちでは歯が立たないほどだ。
「そう言う意味じゃ、俺に付いてきてくれるって話はありがたいけど……」
「いい話じゃねえか。いくらお前が強くたって、一人じゃ戦争は出来ねぇ。強いやつなら、いくらでも歓迎しとけよ」
「兄上……」
たしかに、シズルであれば自分が戦場に出られれば早々負けることはない。しかし、戦場がいつも一つとは限らない。
そうしたときに、一騎当千の力を持つ彼らが傍にいてくれることほど心強い者はいないだろう。
「ねえ二人共、なんで兄上じゃなくて俺に付いて来たいと思ったの?」
すでに地盤があり、そして冒険者たちにとって憧れでもあるグレン・フォルブレイズの正統後継者はホムラだ。
それに対してシズルは将来性こそ他の者に比べて群を抜いているとはいえ、安定性など欠片もない。
今王国などで評価されているのは、世界で唯一の【雷属性】ということの一点のみ。
政治力は皆無。領地の運営すらしたことのない素人でしかないシズルに付いてきても、良い思いが出来る可能性は未知数だ。
「もちろんホムラ様も器という意味では、主に仰ぐにふさわしい人物。しかしシズル様、私たちは『冒険者』なのです」
「……うん?」
意味が分からず首を捻っていると、エイルの隣で膝を着いた状態で笑い出す。
「ガハハ! 中々言うじゃねえかエイル。つまりシズル様、俺たち冒険者は常に『ハイリスクハイリターン』を望む、大馬鹿野郎だってことですよ」
「ああ、なるほどね」
それを言われてしまえば、納得せざるを得ない。なにせシズルも逆の立場なら、同じような方を選ぶからだ。
たしかに、冒険者が安全だけを取って動くなど、面白くもなんともない。
もちろん生きてこそなんぼの世界でもあるので、安全を取るのは重要だが、そもそもそんな安全だけを取るなら、シズルはこんなにも魔術の訓練もしてないし、世界最強など目指さない。
貴族の子弟として、後方で安穏と過ごせばいいのだ。だというのに、自分が今いる場所は、この大陸でも最も危険と言ってもいいであろうダンジョン攻略の中心。
「く、ふふ……」
「シズル様?」
「いや、今考えたら俺もずいぶんとバカだし、君たちもバカだよなぁって、そう思っただけだよ」
エイルたちはA級冒険者。しかもその中でもトップクラスの実力だ。
それこそローザリンデがフォルブレイズ家でホムラの目付け役に受け入れられたように、大貴族の傍付けになることも可能だろう。
公爵家、それに王族の近衛だって夢ではない。だというのに、今はなんの力もない、ただの子どもに付いて来たいというなど、バカ以外の何物でもないと思う。
そして、シズルは存外そんなバカが嫌いじゃなかった。
「うん。いいよエイル。それにグレイオスたち『破砕』のメンバーも、一緒に戦ってくれるっていうなら歓迎する」
その言葉に、エイルたちは輝かしいほど表情を明るくする。
「ほ、本当ですか!」
「へへへ……まさか俺があの噂の子どもの下に、本気で付くことになるなんてなぁ」
「多分、俺と一緒に戦うってことは、色々これから危険な目に合うと思う。それこそ、人知を超えたような化物とも。それでも……」
「もちろん、覚悟の上です! 我が槍は、そのために磨かれてきたのですから!」
「俺たちも当然、付いて行きますぜ」
「そう、それじゃあ改めて、よろしくねみんな」
そう言った瞬間、エイルと『破砕』のメンバーが破顔する中、置いていかれそうな雰囲気になっている他のA級冒険者たちを見る。
彼らはまだ、迷っているようだ。だとすれば、別にシズルから声をかける必要はない。
もともと、冒険者ギルドから優秀な人材を奪うために行動をしているわけではないのだから。
ただ、先ほどまでのダンジョンアタックにおいて、彼らの活躍も素晴らしかった。
こと戦闘に関してはエイルたちの方が優れているが、それ以外の動き。特に忍びのように気配なく動く姿は、今後のシズルの貴族生活で必要な力なのではないかと思わさせられる。
「まあ、それはおいおいとして、それじゃあ次のダンジョンに向けて、一度英気を養おうか」
そうして、シズルたちは初めてチームを組んだ彼らと共に、広い酒場で一度目のダンジョンアタックの成功を祝って、宴会をするのであった。
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