第35話 第三層

 シズルたちはヒュドラの大部屋から更にその奥の階段を下り第三層まで辿りついた。


 出てくる魔物たちはさらに凶悪になり、さすがにA級冒険者たちといえど無傷では済まなくなってきている。


 そのせいかこれまでに比べて攻略は遅々としているが、それでも今のところ大怪我に繋がるような事態にはなっていない。


「上の階層の冒険者たち、大丈夫かな」

「彼らも冒険者です。己の命の責任くらいは自分で持てることでしょう」


 先日のギルドでの報告以降、正式にシズルの部下へとなったエイルはシズルを守るような位置で歩いている。


 元々は先陣を切ることに拘っていたように思うが、どうやら自分へのアピールのためだったらしく、今はこうして護衛のように傍にいた。


 そのおかげで元々一番前で戦闘をしたがってたホムラが嬉々として第三層の強力な魔物たちを相手に突撃していく姿は、貴族の姿として正しいものなのかと疑問に思わずにはいられなかった。

 

 そんなホムラの背中を守るように立ち振る舞うローザリンデは中々大変そうだが、これも彼女の宿命だと思って受け入れて欲しい。


「第二層の魔物たちは、B級冒険者たちでも結構キツそうだよね」

「ええ。そのためシズル様がギルドに提案したように、パーティー単位の攻略ではなく、複数のパーティーが組んだクラン制が採用されました。これで危険を伴う独断専行も大きく減りますし、第二階層の魔物相手でも十分対応できると思いますよ」


 そんなエイルの言葉に頷きながら、シズルは周囲に魔物がどのくらいいるのかを確認する。

 

 このヘルメスの大迷宮は非情に複雑な作りをしている。さらに出てくる魔物たちも地上の魔物に比べて凶悪。


 もしイリスによる風魔術を使ったマッピングがなければ、一層を攻略するだけでも相当な時間を取られていたことだろう。


 実際、第一層、第二層ともに完璧な攻略はしないまま、シズルたちは先を進み、残った部分に関してはB級以下の冒険者たちによる人海戦術が取られていた。


 そうしなければ、いつこの危険なダンジョンからモンスターが溢れ、スタンピートが発生するかわからないからだ。


「とはいえこの第三層は、もう他の冒険者たちには任せられないね」

「そうですね。さすがに魔物の質が違い過ぎる。このダンジョンを作ったヘルメスという錬金術師は、あまりにもとんでもない」


 そう言いつつ前を見ると、ホムラに続くようにグレイオスたち『破砕』のメンバーが暴れまわっていた。


 第二層までは余裕のあった彼らだが、ここにきてやはり苦戦が見受けられる。今の時点で余裕をもってこの階層で対応出来ているのは、ホムラとローザリンデ、そしてこの隣に立つエイルくらいだ。


「俺もそろそろ前線に出ないとかな」

「いえ、シズル様には魔物たちを探査する重要な役目があります。もし貴方様が出るというなら、その槍であるこの私に命じてください」


 先日以降、完全に自分の下に付く姿勢を見せるエイルに、シズルとしては少しむず痒い部分があったの。


 マールたちのように生まれた時から傍にいる者たちならそこまで思うことはなかったが、こうしてある程度まで実力を高めて名声を得た彼がそういう態度を取るのは、まだまだ慣れない。


 とはいえ、これから一人の貴族として生きていくなら慣れていかなければならないことだろう。


「それじゃあエイル、君も前線であの魔物たちを殲滅してくれるかな?」

「御意!」


 そうして手に持った槍を構えて、鋭い動きを見せながらエイルは魔物に突撃していった。その動きは、当初のものよりもさらに鋭い。シズルの部下になったということが、彼にとって成長に繋がったかのようだ。


『エイルは信頼できそうだね』

「うん、実力も申し分ないし、今度槍も教えてもらおうかな」

『ロザリーが拗ねちゃうよ?』

「ははは、ローザリンデは兄上の世話で手一杯だからさ」


 そんな風に前線の激しさとは異なり、イリスとシズルは穏やかに笑い合う。


「……ぅー」

「うん? どうしたのアポロ?」

「ぅー……」


 普段はぽわぽわといった表現が合う彼が、なにかを警戒した様子を見せる。アポロのこんな仕草はこれまで一度も見たことがなかった。


『アポロ、大丈夫だよ。ここにいるのは、みんな強いから』

「ぅぅぅー……」


 イリスに頭を撫でられると普段は目を細めて落ち着く彼だが、今日は変わらずなにかを警戒し続けている。ヒュドラを前にしてもいつもの態度を崩さなかったというのに、この先の危険には敏感のようだ。


「アポロはこの迷宮で見つかった存在だから、この先にあるなにかを知ってるのかな?」

『あんまり迷宮については覚えてないみたいだけど……』


 この中で唯一アポロと意思疎通を取れるイリスが聞いても、アポロはなぜ迷宮にいたのか、自分が何者なのかはわからないでいた。


 現状でわかっていることと言えば、B級冒険者ですら傷一つ付けられない強靭な肉体と、シズルたちの全力よりも強い力を持っているということ。


 そんな彼がここまで警戒する存在。シズルとしてもかなり覚悟がいるだろう。


「……まあ、だからってここで退けるわけもないんだけどね」


 この迷宮がどこまで続いているのかわからない。だが少なくとも、イリスのマッピングではまだこの層よりも下があるという。


「まずはこの第三層を突破しないとだね」

『うん。頑張ろう』


 見ればエイルたちは前線の魔物たちの討伐を終えている。


 ホムラはまだまだ元気そうだが、エイルを除いたA級冒険者たちはかなり息を切らしていた。どうやら相当激しい戦いだったらしい。


 これだけの実力者たちが集まってなおこれだけの苦戦。


 こんな大迷宮を作り出した錬金術師ヘルメスとは、いったい何者だったのだろうか。


 先ほどのアポロの様子と言い、少しばかり不安に思うシズルであった。

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