第32話 全てを粉砕する巨人の神雷
前後左右、あらゆる角度から向かってくるヒュドラの首。
それらを巨大な雷斧で弾き、斬り裂き、叩き潰しながらシズルはヒュドラにダメージを与えていく。
しかしその度に首は即座に再生してシズルに迫るものだから、シズルとしても中々前に進めなかった。
「無限再生とか、ちょっとズルくない?」
『やつからしたら、シズルの強さもズルいと思うことだろうな』
「ああ……そう!」
ヴリトラと軽口を叩きながら再び迫ってきた首を叩き切る。と、同時に別の首が口元に炎を蓄えているのが見えて、一気に飛び退いた。
シズルとヒュドラの間で燃え盛る火炎を雷で焼き尽くし、再びヒュドラに向かう。今のところ、敵が多数の属性を扱うとはいえ、問題はなかった。
「……ただ、ヒュドラって猛毒を持ってるんだよね」
かつてシズルの世界の神話でも、ヒュドラの毒によって数多の英雄、怪物たちが苦しめられてきた。
ヒュドラを倒したヘラクレスも、最終的にはその毒によって命を落としたと言われている。
この世界の神話と地球の神話が連動してるとは思わないが、それほど強力な毒を持っていると考える方がいいだろう。
「特に、あいつだけは全然こっちに近づいて来ないし」
九つの首のうち、一つだけは徹底的に動かない首がある。他の八つは積極的にシズルを喰らおうと責め立ててくるのに、不自然な行動だ。
他の八つの首たちの属性はすでに把握している。
もし残った最後の首がヒュドラたちの切り札なのだとしたら、それを切られる前に仕留めたいと思う。
「あれが本体……だとしたら」
シズルは雷斧を両手で肩に担ぎ、思い切り背中を逸らす。そして――。
「『轟雷戦斧』! 行っけー!」
全力で投げた雷斧が、凄まじい勢い回りながら轟音を立ててヒュドラに向かって行く。
慌てた様子で他の首たちがそれから守るように割り込むが、まるでだるま落としのように次々と首を落としていきながらその勢いは留まることを知らず突き進んだ。
「グォォォォォ!」
八つの首を斬り落としてなお止まらないその雷斧は、ついに奥でこちらを睨むだけのヒュドラの首に突き刺さる。
魔物らしい激しい叫びをあげながら苦しむヒュドラは、まるでこれまでとは違った動きを見せ始めた。
それは、傷口から噴き出す大量の鮮血。そしえそれらが空気中に霧のように噴き出し、嫌な臭いを部屋の中に充満させる。
「……これは、もしかして!」
『シズル! これは毒だ!』
「やっぱり⁉」
ヒュドラを倒す方法は、本体となる首を落とすこと。その思惑は上手く行ったのだが、どうやらまだまだ終わりではないらしい。
一体どこからそれだけの量が出るのか、霧状に吹き続ける毒血はまだまだ止まることなく吹き出し、このままでは大部屋すべてを包み込む勢いだ。
近くにいたキングオーガやブラックスライムといった魔物たちもその毒にやられて動きを止めて、地面に倒れ込み、そのまま動かなくなる。
それどころか、徐々にその血によって身体中に穴が開き始め、溶けていった。
「こいつは……ヤバイね!」
『いったん退くぞ!』
「うん! みんな! 部屋の外に走って!」
人間よりも遥かに耐久力のありそうなキングオーガですら耐え切れないヒュドラの猛毒。
いかにA級冒険者とはいえ、生身の人間がまともに受ければただでは済まないだろう。
シズルの声に状況を把握した彼らは目の前の魔物を倒すと、そのまま後方の扉へと向かって行く。
だがしかし、その扉が開かれることはなかった。
「シズル! この扉、閉まってやがるぞ!」
「くそ……罠か!」
すでに動きを止めたヒュドラだが、毒の勢いは止まることがない。
恐らくこの部屋を作ったであろうヘルメスは、ヒュドラと他のモンスターで侵入者を殺し、万が一突破できる人間がやってきたら毒殺するつもりだったのだろう。
「ちっ! 俺に任せろぉ!」
A級パーティー『破砕』のリーダーであるグレイオスが巨大な戦斧で扉を破壊しようと振り下ろす。
だがしかし、扉は突然薄く光り輝くと、グレイオスの一撃を吸収するように音もなく止めてしまう。
「なんだぁ⁉」
「これは、扉に魔力が覆われているのでは……?」
「エイル! 俺は魔術関係はあんまりわかんねぇが、どうしたら破れるか答えだけくれ!」
「……私も魔術に関しては、その」
扉の前で困惑するエイルとグレイオス。しかし彼らを責めるのはお門違いと言うものだ。
A級冒険者にはそれ相応の知識が求められる。そこには冒険者として知識や、時には貴族たちとも関わらなければならないため、魔術の知識も必要だ。
だがしかし、基本的に彼らは魔術を使えない。
シズルが見た限り、体内に持っている魔力を自然と使って常人よりも遥かに身体能力が高い彼らだが、それはおそらく過去に貴族の血が混じり、わずかだが魔術の素養があるからだ。
とはいえ、己の意思で魔術を使えるのは貴族のように精霊たちをしっかりと把握できるものだけ。
ましてや魔術に関しては貴族が魔術学園に通ってようやく学べるものであり、市井に広まるようなものではない。
それゆえに、こと魔術に関しての知識はどうしても薄くなってしまう。
「兄上!」
「おう!」
ヒュドラの毒が大部屋に充満し始める。シズルとしてはこれらをなんとかしなければならない。
だからこそ、この場でシズルに次ぐ火力を持つホムラに扉のことを任せ、シズルはヒュドラを睨む。
『シズル⁉ どうするつもりだ⁉」
「この一帯を吹き飛ばす!」
仮に、扉を壊して外に出られたとしても、あのヒュドラの毒血がどこまで続くかわからない。
もしあれが無限に湧き出るのであれば、このダンジョン中を毒で埋め尽くし、そのまま外にまで影響するかもしれないのだ。
それゆえに、この場でヒュドラを完全に消滅させる必要があった。
『だが下手をすれば勢いが増すだけになるぞ!』
「わかってる! だから、一撃で決める!」
『それだけの威力を溜める前に、この部屋の中に毒が充満する――』
『大丈夫――』
ヴリトラとの会話の途中で、イリスが真剣な表情で前に出る。
「イリス……」
『私が、あの毒を全部集める』
うっすら黄緑色の魔力を纏った彼女は、両手を前に出してその力を開放する。
外との繋がりが絶えたはずのダンジョンで、柔らかな風が吹き始める。その風はキラキラと美しく輝き、まるで精霊たちが踊っているようだ。
「……綺麗だ」
「ぅー……」
それを見た冒険者の一人が、魅入るように呟く。そして、アポロもまた、そんなイリスをじっと見つめていた。
『風よ……お願い』
そして、そんなイリスのお願いを聞くように、柔らかい風がヒュドラの周囲に集まりだすと、その毒血を奪う様に一ヵ所に集めだす。
『……これで、しばらくは大丈夫。シズル……あとはお願い』
「うん。やっぱりイリスは凄いね」
そうしてシズルは、己の身体に魔力を充満させる。
目に見える魔力の奔流。荒ぶる神のような破壊の魔力に、普段は魔術に触れない冒険者たちもこれが尋常ではないことに気が付いた。
「おいおいおい……これが人間の力かよ。ったく俺の『剛腕』も『破砕』の名前も、こんな力見たら自信無くすぜ」
「素晴らしい……さすがは我が心を掴んだ英雄」
先ほどまでイリスの魔力に魅入っていた冒険者たちは、今度はシズルの圧倒的な力を秘めた黄金の雷を前に、見て心を引き寄せられていく。
「さあ、ちょっと疲れたからね。とりあえず今日はここでお開きとしよう」
そう言って、シズルは両手を上げると、空中に自身の魔力を込めた巨大な雷斧を顕現させる。
激しいスパークと共に天井付近まで広がっていくその黄金の斧は、まるで空中に浮かぶ島のようにも見え、人知を超えた力を秘めていた。
「これで終わりだ! 『全てを粉砕する巨人の
そして、部屋の中が白く輝くと同時に、その場にいた魔物たちはすべて消滅することになった。
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